
「ブルガリア人はとてもフレキシブルで、寛容な精神があります」─。こう話すのは駐日ブルガリア大使のアラバジエヴァ・マリエタ氏。人口650万人の同国は、日本では「ブルガリアヨーグルト」で広く一般国民に知られている。そのブルガリアと日本は、古来からの共生の思想など共通点が多くあると大使は指摘する。IT大国のブルガリアと日本は、今後戦略的パートナーシップを強化していく方向。そのブルガリアの魅力とは─。
ヨーロッパで最も古い町
─ ブルガリアといえば、われわれ日本人にはヨーグルトでも非常に馴染みが深い国です。日本でのヨーグルトの浸透は前回の1970年の万博がきっかけでしたね。
マリエタ はい。万博の3年後、1973年から明治がヨーグルトを発売し始めました。今回の大阪・関西万博でのパビリオン出展では、ブルガリアのモノではなく、あまり広く知られていないブルガリアのストーリーをメインに紹介しました。
例えば、9世紀に生まれたキリル文字は実はブルガリア発祥です。現在、東欧・中央アジアを中心に23カ国がキリル文字を使用しています。面白いことに、ブルガリアの歴史を遡ってみると、意外に日本の歴史と共通点が出てきます。
─ 例えばどういうところですか。
マリエタ 現在のブルガリアでは、トラキア文明(紀元前2千年~)からの古墳が残されています。ユネスコの世界文化遺産になっています。形は弥生、縄文時代の古墳に似ています。
日本で天皇を中心とした中央集権国家体制の確立をした聖徳太子も7世紀の人物ですが、ブルガリアが建国されたのも7世紀、681年でここも重なっています。
─ 面白い指摘ですね。
マリエタ ブルガリアは本当に歴史が長い国で、あまり知られていませんが、人が継続的に住み続けているヨーロッパで最も古い町はブルガリアの第二の都市プロブディフであり、8000年もの歴史があると言われています。
また、世界最古で最大級の金を加工した宝物が発見されたのはブルガリアの黒海に面した都市、ヴァルナです。ヴァルナ・ネクロポリス遺跡は先史時代の墓地で、その歴史は紀元前5千年半ばまで遡ります。
─ ブルガリアが現在まで1300年以上国として残ってきた強さはなんだと考えますか。
マリエタ ブルガリア人はとてもフレキシブルで、寛容な精神があります。昔から宗教はブルガリア正教ですが、イスラム教もユダヤ教も共存しています。首都・ソフィアのまちに行けば、中心にはモスクと教会とユダヤのシナゴーグが同じ場所に建っています。
─ 共存しているわけですね。日本には神道があり、その後、仏教が中国から伝わってきました。神道というのは、生きとし生けるすべてのものと、共に生きているという共生の思想があるので、仏教と神道は共生しました。
マリエタ ブルガリアは文明のクロスロードと言われています。ブルガリアの国は、アジア系の古代ブルガリア人、スラブ人とトラキア人の、3つの民族で建国されました。
ですから、ブルガリアの遺伝子には異なる民族の文化が混じっていて、そこがブルガリアの生命力の強さになっているのかもしれません。こうした共生の思想があるのも日本と似ていると思います。
今でもブルガリア人は、新しいものを受け入れて、融合させることが得意です。日本人もそれは得意なことだと思いますから、そこも似ていますね。
ブルガリアは小さい国ですから、今日のダイナミックに変化する世界と共生するためには、柔軟な思想や創造性がとても大事だと考えています。
日本に関心を持ったきっかけ
─ 大使の経歴を振り返ると、若い頃から大阪外語大、中国の復旦、英国オックスフォードと各国の大学で勉強されていますね。その後、日本での駐在期間、大使としての勤務も含め非常に長いですね。
マリエタ そうですね。赴任は今回で4回目です。日本とのつながりは、1995年に最初に通ったブルガリアのソフィア大学で、日本学科を専攻していた頃からです。
わたしは本を読むのが好きで、高校生の時に日本の文学と出会ったんですね。ブルガリアでは日本の有名作家の著書はほとんど翻訳されています。川端康成や、三島由紀夫、谷崎潤一郎、芥川龍之介、大江健三郎などを読んで、日本文化に関心を持ちました。今大人気の漫画は当時はまだありませんでしたから。
─ 日本文化のどういったところに関心を持ったんですか。
マリエタ わびさびの思想ですね。大学で日本学科に入ってからは、女流文学に関心を持ちました。清少納言の枕草子は非常に面白かったです。
日本には、平安時代にはあんなに強くてパワフルで本当に活躍した女性がいました。高市首相が就任されて、平安時代の日本女性のパワーが復活したように思います(笑)。
─ そうですね。今回女性初の首相・高市内閣が誕生したわけですが、率直に大使の感想はいかがですか。
マリエタ 非常に期待していますね。ブルガリアでは、女性議員、大臣が多く、現在の議会議長も女性です。また、経済、科学技術分野でもブルガリアの女性の役割が大きいです。
一方女性は、国にかかわらず、家族を支える存在です。そこで、ワークライフバランスが重要になります。
高市総理は演説で「働いて、働いて、働いてまいります」とおっしゃいました。周りの人のワークライフバランスを整えるためには、リーダーが誰よりもよく働く必要があると思います。
ですから、国民のために働くという高市さんの言葉は、わたしにとってはすごく響きました。自分の責任も改めて感じたところです。
日本の良さと課題
─ 日本の良さと課題はどういうところにありますか。
マリエタ わたしも家族も、本当に日本が大好きです。現在50歳ですが、この50年間の内、30年間は日本と関わってきました。
日本人は自分のアイデンティティや自分たちの文化を守りながら国を発展させてきました。古いものを大事にする金継ぎのような文化もありますし、モノに対してだけではなく人や自然を大事にするところも好きです。
─ 反対に日本の課題はどう言う点にあると思いますか。
マリエタ 少子化と女性の活躍については課題が多いと感じます。日本人女性は多くが大学に進学します。高いレベルの教育を受けた女の子たちが社会で活躍できないのはもったいないと思います。
ある意味、日本は居心地の良い国でものすごく安定していますから、困ることが少ない。でも海外に行くといろいろな困難と向き合う場面が多く、努力が必要です。やはり努力しないと発展できないと思います。
ブルガリア人の若い人たちは、留学する人が多いです。海外に行くのは大変ですが、新しいことを学び新しい体験や経験を積んで、ブルガリアに帰ってくると、より国のための貢献になります。もっと日本の若い人たちも留学してほしいですし、ブルガリアにも是非来てもらいたいです。
─ ブルガリアは親日国ですし、学生間の交流をもっと深めていけるといいですね。
マリエタ はい。最近では群馬女子大学や早稲田大学の学生たちが来てくれています。ブルガリアも非常に治安の良い国ですから、日本人の留学に向いていると思います。
ブルガリアと日本は2国関係の歴史が長いです。 昨年は交流の開始から115周年でした。
─ 聞くところによれば、このブルガリア大使公邸がもとは石坂泰三さん(第二代経団連会長)の家だったというのは驚きです。石坂氏は東芝の社長・会長、第一生命の社長・会長も務めた人物で、戦後日本の財界を発展させたリーダーの1人です。
その家をブルガリア大使館が受け継いでいるというのは、縁を感じます。
世界トップクラスのIT大国
─ ブルガリアの産業で大きいのはどの分野ですか。
マリエタ イノベーションやIT、AI分野が強いです。実はブルガリアはIT、AIに関してはヨーロッパではリーダーの立場なのです。
宇宙工学も進んでいて、1970年代に宇宙に人を送っていますので、その頃から宇宙食を作っていました。
例えばブルガリアのEnduroSatという会社は、ナノサテライト(超小型サテライト)を作っていて、その分野で世界トップを争っています。来年東京にも支店を開設します。NASA、スペースXも彼らのサテライトを使っています。
もう1つ例を挙げますと、Dronamicsはカーゴドローンの会社です。同社のドローンは300キロの荷物を運べます。これは世界でDronamicsだけが持つ技術です。興味深いことに、同社のドローンエンジンは日本のカワサキモータース製で、カーボンは東レ製です。
─ もともと物理学者や精密工学の技術者が多いんですか。
マリエタ IT専門家、工学者、技術者が非常に多いです。コンピューター工学が発展しています。アメリカで世界初のコンピューターを発明した2人の研究者のうち、1人はジョン・アタナソフというブルガリア系の人です。
ブルガリアの学校では、コンピューターの授業、IT授業は小学校から始まっていて、ITエンジニア関係の技術者になる人たちは非常に多いです。いま世界でIT大国の1つがブルガリアというのは常識になってきています。
─ もともとITに熱心な国なんですね。
マリエタ はい。かなり前から進んでいます。ブルガリアにINSAITという世界トップのAI研究所があります。INSAITは、日本の理研と提携していますし、トヨタも一緒に企画をしています。
ブルガリアのGATE研究所は筑波大学、東京大学とビッグデータ、デジタルツインの分野で提携しています。
ちなみに、技術者の30%以上は女性です。これはブルガリアの特徴の1つで、技術、IT専門家の女性の割合が多いことでは、ヨーロッパの中でトップです。
また、ブルガリアにとってエネルギーが戦略的な課題です。脱炭素化を実現するために大規模エネルギー貯蔵プロジェクトに力を入れています。そのために5カ所新しい水力発電所をつくる計画があります。
今年の9月、ブルガリアのエネルギー省の役人が来日した時に、日本のエネルギー会社といろいろ議論をしました。経済面でお互いに連携できるポテンシャルは非常に大きいと思います。日本の技術力と経験に期待しています。
─ 日本の企業はどれくらい進出しているんですか。
マリエタ セガ、NTTデータビジネスソリューションズなどやはりIT関係が多いですね。工場だと矢崎総業があり、デジタルとオートモーティブ関連がすごく盛んです。
自動車部品製作会社も多いです。ヨーロッパで90%の車には、ブルガリアでつくられた部品が入っています。ですからサプライチェーンには欠かせない国です。
ブルガリアはEU、NATO、シェンゲンのメンバーです。2026年1月1日からはユーロ圏の仲間入りです。日本とのビジネスの可能性がより広がるでしょう。
今年の5月、ブルガリアと日本の関係は、戦略的パートナーシップに格上げされました。今後、日本とは戦略的パートナーシップを強化していき、経済、イノベーション、防衛、安全保障も一緒に進めていくことになっています。
日本とは、今後もより関係を深めていければ嬉しいです。