12月4日に開催された「TECH+フォーラム エンタープライズDay 2025 Dec. 先進企業の変革のフロンティア デジタル革新の結晶」に、富士フイルムホールディングス 執行役員 チーフ・デジタル・オフィサー(CDO) ICT戦略部長の杉本征剛氏と、AIST Solutions Vice CTO(デジタル庁 シニアエキスパート兼務)の和泉憲明氏が登壇。「変革のリアル─変わり続ける力の実装」と題し、富士フイルムがかつての危機を乗り越えるために行ったデジタル化による変革をテーマに対談した。
企業の構造を転換させた富士フイルムの改革
対談の冒頭で和泉氏は、経産省在籍時に自らが提唱した「2025年の崖」問題について、「多くの企業がITインフラに継続投資してきたおかげで2025年問題(昭和100年問題)という社会的危機は回避できたようだが、デジタル中心のビジネスモデルへの変革にまで至っていないことが多いため、50点である」と自己評価。そのうえで、「これからのデジタル変革最終期において、民がどうやって競争力を強化していくのかが重要であり、富士フイルムの事例が参考になる」と述べた。
「技術の棚卸しを行ったうえで将来から現在へバックキャストし、ヘルスケアや高機能材料などの分野に経営資源を集中投下することで、新たな成長を実現してきました。その結果、イメージング中心の企業から、複数の事業領域で成長を続けるコングロマリットへ大きく転換したという評価をいただいています。実は、売上が2000年から落ちることは80年代から想定しており、ずっと考え続けていたことなのです」(杉本氏)
祖業を伸ばすためのデジタル化
第二の創業ともいえるこの変革では、既存の屋台骨であった祖業をしっかり伸ばしていくことを重視していた。それを支える基盤となったのがデジタル化である。デジタルは道具ではなく新規事業の競争力を生むコア技術だと定義し、医療やイメージング、複合機(コピー・プリンター・スキャナー・FAXなど、複数の機能がひとつにまとまった機器)といった事業を徹底してデジタル化した。そこには、“モノ売り”からネットワーク化へと移行し、最終的にビジネスエコシステムをつくるという考えがあった。
例えば医療事業においては、世界初のコンピューター処理を用いたデジタルX線画像診断装置を開発し、その後「PACS(Picture Archiving and Communication System)」と呼ばれる医療用画像の電子管理・共有システムをつくった。これがモノ売りからネットワーク化への移行である。現在は、医療機関・研究機関における画像診断支援AI技術の開発を支援するプラットフォームを提供するなど、医用画像におけるAI技術開発の民主化・社会実装を加速させ、医療AI開発のインフラ・エコシステムを構築している。またビジネスイノベーション事業では、デジタル複合機という“モノ”をつくり、次にリモートメンテナンスというネットワーク化を行った。そしてコンビニエンスストア店頭でのネットプリントや、行政機関の証明書交付サービスといったエコシステムの構築へと進んできた。
「コンビニのコピー機で住民票が取り出せるサービスも、国のニーズがあったからやったわけではなく、先に仕掛けていらっしゃいました。“モノ売りからコト売りへ”を抽象論ではなく社会実装し、製造業からサービス企業への転換を早くから実践されていたのが素晴らしいですね」(和泉氏)
「化粧品や医薬品といった新規事業の話ばかりが有名ですが、イメージング事業では5400億円の売上があります。“モノ売りからコト売りへ”をやって祖業をしっかり伸ばしてきたことが重要でした」(杉本氏)
「デジタルというと、新たなビジネスモデルや新しい付加価値に注目しがちで、祖業を考えないことが多いんです。しかし、祖業にエクセレンスがあるのなら、それをネットワーク化すればいい。これは極めて分かりやすい公式です」(和泉氏)
トップダウンとボトムアップを融合したDX推進体制
ここから話はDXに移った。富士フイルムは2021年にCEOを議長に据えた「All-Fujifilm DX推進プログラム」を立ち上げ、グループ横断DXを推進している。DXは現場主導の変革がボトムアップで進む一方で、経営視点で見ると効果が見えにくい。そこで、大きなテーマを上から浸透させるトップダウンと、従来進めてきたボトムアップの両方を融合させる方針とした。
「CEOを議長とするDX戦略会議でテーマをしっかり選び、常任メンバーと事業トップが戦略にきっちりコミットするようにしています。このDX戦略会議で経営と現場をつなぐことで、細切れになりがちなDX課題を大きくしていく狙いがあります」(杉本氏)
「例えば生成AIの活用でボトムのプログラマーの作業が効率化したというように、DX推進の過程ではボトムアップの活動で成果が出ているように見えてしまいます。しかし価値向上という経営レベルの成果には結び付かないことも多いものです。また、デジタルによる新たな価値を探求して経営レベルからトップダウンに指示を落としても、着地点が見つかるとは限りません。ですから、コーポレート部門やICT戦略部がボトムアップ活動とトップダウン活動を仲介する形で、事業部門を支援する体制は素晴らしいですね」(和泉氏)
「現場と経営トップをつなぐ接着剤として、この支援がすごく重要な役割を果たしているのは間違いありません」(杉本氏)
CDOの役割は経営層と現場をつなぐこと
DXを推進する過程において、杉本氏が個人的に反省したケースもあったそうだ。初期のころはRPA(Robotic Process Automation)や自動化ツールの導入により従業員の作業時間短縮を図ったが、いくら作業時間を大幅に短縮しても実際に何人分かの仕事がなくなるわけではなく、直接的なコスト削減や利益向上にはつながらない。経営陣からは「真水の効果がない」と評価された。導入直後は現場が働きやすくなったとしてもその効果は時間が経つと見えなくなるし、導入したツールの維持管理費用はIT負債として残ってしまう。
「このとき、DXの目的を工数削減による業務効率化にとどめるのではなく、企業の経営指標をゴールとしてプロジェクトをしっかり設定しなければならないと強く感じました」(杉本氏)
「既存のプロセスやビジネスにデジタルを足し算しても、アウトプットが変わらなければROI(Return On Investment:投資対効果・費用対効果)を圧縮するだけです。デジタルで業務が消失させられると、優秀な人材をはがすことができます。そのはがした人がどんな活躍をしてどんな付加価値を生むか、そこに着目すべきなのです」(和泉氏)
人材育成については、事業サイドとITサイドの連携がうまくいかないという当初の課題を解決するために、3つの類型で人材を育成する仕組みをつくった。重視したのがハイブリッド人材で、メンバーはITの専門家ではなく、事業部門の課長クラスから選抜した。事業内容を熟知し、かつITの専門家と組んでDX推進ができる人材だからだ。このハイブリット人材を支えるのがIT専門人材と、全従業員を対象とするDX活用人材である。
「先端機器やAIを“選ばれし者のツール”と位置付けた企業は失敗しています。インフラを整備したうえで、デジタルを全員で使おうと全社に働きかけることが重要です。その点で、業務を起点にテクノロジーを語れるハイブリッド人材を置く体制はとても良いですね」(和泉氏)
最後に杉本氏は、CDOの役割は経営層と現場をつなぐことだと改めて強調した。
「経営層と現場は基本的に離れているんです。それゆえ細切れになりがちなDXプロジェクトの効果を最大化するような意思決定の基盤を用意していかなければなりません。そのためには経営層と現場をしっかりつなぐ推進体制をつくっていくことが重要です。戦略の本質を考え抜いて、経営層にも現場にも説明していくことがCDOの役割です。未来を開くリーダーの方たちはぜひ、経営層と現場を密接につなぐ接着剤になっていきましょう」(杉本氏)




