今年4月にAI戦略「Money Forward AI Vision 2025」を発表し「No.1バックオフィスAIカンパニーを目指す」と宣言した、マネーフォワード 代表取締役社長 グループCEOの辻庸介氏。その宣言から半年以上が経過するが、AIカンパニーを目指すうえでも社内での活用は欠かせない。本稿では現状の同社における生成AIの活用について、マネーフォワード 執行役員 AI活用推進担当の工藤裕之氏と、同横断BizOps本部 AIOps部 MLエンジニアの竹下虎太朗氏の2人に話を聞いた。
マネーフォワードにおけるAI推進室の設立と社内AI活用の方針
マネーフォワードでは、2024年8月に全社横断組織として「AI推進室(現・AX推進本部)」を立ち上げ、時期を同じくして工藤氏は、社内におけるAI活用の推進をリードしていくため現職に就いた。同氏は「今年4月にも公表していますが、2028年までに1人当たりの売上高を2024年比2倍以上の3000万円以上にしていく目標を掲げています。この目標に向けてオペレーション、セールス、開発の各組織における生産性向上の目標を設定しています」と話す。
具体的に、オペレーションではカスタマーサポート業務の対応効率を、セールスでは1人あたりの商談獲得数を、開発ではコーディングエージェントの活用による開発生産性の向上をそれぞれ2倍以上とすることに加え、AIを活用した新機能や新プロダクトを提供していく方針を示している。
工藤氏は「当社でCoE(Center of Excellence)を設けて、施策を進めることは割とユニークです。ただ、AIは事業を大きく変えていくターニングポイントになり得る技術のため、CoEによるトップダウンで推進スピードを向上していくことを目的に立ち上げています。一方で当社は現場の意思が強く、ボトムアップで事業を進めていくことに長けているので、各組織にフィットしたAI活用のアイデアを吸い上げるなど、良き文化を活かしています」と語る。
ボトムアップの取り組みでは、各部署にAI推進リーダーを配置し、全体ミーティングで各部署のナレッジシェアやAI推進リーダー向けのAIツール勉強会などを行っている。また、Slackのオープンチャンネルで各組織に必要なAI機能をAI推進室に相談したり、AIに関する疑問、要望を吸い上げている。
AI推進室は、現場がすぐに実行できるよう、開発支援やセキュリティ対応、ガイドライン策定を行っている。また、AI活用の土台作りとして、社内のAIアイデアプランコンテスト「みんなのMirAIフェス」を開催し、アイデアを現場から募り、文化を醸成。
工藤氏は「2024年度はどのようなアイデアでも問わない形とし、応募件数は500件でした。今年はプロダクトに絞り、難易度が高いテーマではありましたが、倍増の1000件の応募があり、特徴的なフェーズに入る予感がしています」と期待を口にする。
ただ、蓄積されたナレッジを広く周知する方法に課題感もあるようだ。どの組織に言えることではあるが、例えばITツールを導入したはいいものの、使えていない場合が役員、役職者も含めて一定数は存在しているという。そのため、同社は閲覧すれば使えるようになれる3分程度の動画コンテンツを作成し、最近では1分未満のショート動画も作成。これにより、ナレッジの共有を促進することに努めているとのことだ。
生成AI活用の現状と成果
ここまでAI推進室の役割について説明したが、ここからは生成AIの活用という核心部分について触れていきたい。
AI推進室の設置後に同社は社内のニーズ受けて、さまざまツールを活用してみたがフィットしないということがあり、すでに開発していた内製ツールを「Azure OpenAI Service」の裏側で活用することにした。
工藤氏は「既存のサービスをさまざま使いましたが、弊社が重視していたプロンプトベースの精度が高い議事録が作成されないという課題がありました。そこで内製ツールを使ったところ、Zoomの商談後には議事録が作成されているなど、やりたいことができました」と振り返る。
同氏によると、内製したツールと社内で利用するZoomをはじめとしたSaaSをAPIでつなげて自動化していくプロジェクトを立ち上げ、ビジネスサイドの運用チームとともに取り組んだことで大きく前進したという。
各部署でのAI活用事例と効果
こうした取り組みの結果、インサイドセールスでは架電内容の自動文字起こし・要約作成や架電前の下調べ・トークスクリプト作成プロンプトの開発により、2025年1月~4月における1人あたりの獲得商談数が32%増加し、自動議事録作成による削減時間は4680時間を見込める効果が確認された。
インサイドセールスの成果を皮切りに同社では他部署にも横展開。エンジニアでは「Github Copilot」で生成されたソースコードの活用や、AI支援機能を搭載したコードエディタ「Cursor」の活用で前年同期比で1人当たり最大30%の開発量の向上、10%のリードタイム短縮を可能とした。
また、フィールドセールスは商談内容の自動文字起こしや要約作成、商談結果の管理ソフトへの入力補助、架電後のメール自動下書き作成、セキュリティチェックシートの自動回答作成などで、2024年11月~2025年3月までに1人あたりの受注数を17%に改善。マーケティングでは生成AIを活用したSEOコンテンツの作成、リスティング広告コスト効率改善といった取り組みで1コンテンツあたり3分の1の制作費用の削減を実現している。
さらに、カスタマーサポートにおいて問合せフォームへのAI機能実装やサポートサイト記事作成のアシスト実装、全社では従業員向けのAI研修、活用事例、勉強会を継続的に実施、2025年下期からはAI、データを活用した生産性改善目標を各部署ごとに設定。こうした取り組みの結果、全社を対象にしたアンケート調査(2025年4月時点)では81.6%の従業員が「生成AIで業務の生産性を実感している」と回答するなど、組織全体において生成AIによる効果が現れている。
セキュリティチェック効率化ツールの開発と仕組み
ここで、竹下氏が開発に携わったセキュリティチェック効率化ツールを説明してもらった。マネーフォワードでは、プロダクト受注時に同社のセキュリティ体制に関するチェックシートの提出が求められる場合があり、チェックシートには全社的なセキュリティに関する質問や各プロダクトに関する質問など、さまざまな質問が記載されている。
竹下氏は「営業担当者が責任を持って回答する必要がありました。最大で数週間は時間を要し、回答難易度も高いため、そもそも心理的な負担が大きいといったことがあります。そこで、一次回答を自動作成するツールを開発し、回答作業の負担を大幅に軽減することを目指しました」と、経緯を説明した。
ツールは、配布したシートのExcelファイルをアップロードするだけで、一次回答を自動作成できるというものだ。これまで、一次回答に1日~数営業日がかかっていたが、15分に短縮し、心理的負担を軽減したという。同氏は「ほぼ修正は必要はなく、修正があったとしても目立った工数にはならないという意見をもらっています」と効果を口にする。
ツールはWebページで提供し、認証も社内のセキュリティに準拠している。シートをアップロードすると、Webページにプレビューや各種設定画面に遷移する。現状では企業ごとにさまざまなフォーマットで受け取っているため、現状で質問の抽出はExcelもしくは直接質問をコピー&ペーストのみでの対応となっており、将来的には多様なシート形式に対応して自動で質問を抽出できるように対応する。
また、RAG(検索拡張生成)についてはCISO(最高情報セキュリティ責任者)標準の回答集と、リーガルソリューション本部の過去回答集を回答に利用し、クラウド契約のデータを参考に回答を生成できるようにしている。AI利活用を行う前に営業チームと目的を共有し、プロセスの理解から着手している。今後は、直近でセキュリティチェックシートの対応があった各プロダクトのデータ整備と回答精度の向上を図る考えだ。
竹下氏は「ハルシネーションについては、データの整備を確実に行い、プロンプトも営業チームと協議し、少しでも判断できない質問があったら、しっかりと『不明』と回答するようにしています。そのため、プロダクトの開発チームとCISOに確認をするというオペレーションにしています。また、過去回答をGoogle スプレッドシートで管理し、更新されるごとにシステムに反映することでデータ整備を容易にしています」と説明する。
セキュリティチェック効率化ツールで利用しているAIはチェックシートの回答生成にGoogleの「Gemini」、ツール作成時のコーディングに「Cursor」(回答の生成にも利用)、RAGに「BigQuery」を活用している。
生成AI導入に悩む企業へのアドバイス
竹下氏は「現在は、Excelもしくは直接質問をコピー&ペーストのみ対応しているため、今後は多様なシート形式に対応して自動で質問を抽出できるようにしていきたいと考えています」と展望を語る。
最後に工藤氏には、生成AIの導入に二の足を踏む企業に対するアドバイスを聞いた。同氏は「RAGに注力していてPoCから次に進まない課題感を持たれている企業さんがいれば、RAGがすべてではありません。難しい技術を使わなくても解決できるところから取り組む、ユーザーに喜んでもらえることを探していったことが、当社において活用できている1つのポイントです」と話す。
そして、同氏は「ハルシネーションが発生した場合は『不明』と回答し、最終判断はユーザーに委ねるべきです。ハルシネーションを理解していないと、AIへの過度な期待から失望し、利用が進まなくなる恐れがあります。だからこそ、まずはAIの効果を実感できる領域から導入を始めることが重要です」と述べていた。







