リコーは12月8日、AI事業の進捗と今後の展開に関して記者説明会を開催した。同社はLLM(Large Language Models:大規模言語モデル)などモデル単体で提供するのではなく、高齢化や人口減少で失われていくベテランの暗黙知をさまざまな形式で利用可能なAIへ搭載して提供する。
リコーのLLM開発の歴史
以前、オフィス業務の効率化支援を強みとするリコーが、LLM開発に着手する背景について紹介した。
同社が開発を進めるLLMは、自社でゼロから作り出す方式ではなく、米MetaのLlamaシリーズのような海外製のオープンソースモデルを日本語でチューニングして国内向けに提供する方式だ。
まず、同社のAI開発の歴史をさかのぼると、OCR(Optical Character Recognition/Reader:光学文字認識)をはじめとするドキュメント処理の効率化にたどり着く。その後、2010年代にディープラーニングが開発されると、外観検査など画像処理を応用したAI開発に着手した。
さらには、路面性状検査システム、振動モニタリングなど、時系列データを扱えるAIサービスも複数展開してきた。2020年以降は自然言語処理AIのように、現在のLLMや生成AIにもつながる技術開発に取り組んでいる。2021年に提供開始した「仕事のAI」は文書や画像、音声などのデータをAIが処理・分析することで、業務の効率化を支援するソリューション。
同社のLLM開発に目を移すと、2023年3月に6Bのパラメータサイズを持つモデルを発表。2024年1月にLlama-2をベースにチューニングした13Bのモデル、同年8月にはLlama-3をベースとする70Bのモデルをそれぞれ発表した。
2025年4月に発表した70Bのモデルは複数のモデルをマージして開発したもので、ベンチマークではGPT-4oと同程度のスコアを示した。10月にはリーズニング(推論)性能を追加搭載し、GPT-5と同等のベンチマークスコアを記録している。
最近では、LLMだけでなくLMM(Large Multimodal Model:大規模マルチモーダルモデル)の開発も進めている。LMMとは、テキストの他に画像や音声など複数のデータを処理できるモデル。以前からドキュメント処理を得意とするAI開発を進めてきた同社らしく、フローチャートや図表の入ったドキュメントの処理を得意とする。
リコーのAIサービス事業本部で本部長を務める梅津良昭氏は「一つのLLMで高度な処理をするのではなく、複数のモデルを組み合わせて高度な処理をしたいというニーズに当社も対応していく。LLMは画像処理などをする必要があるのでまだ70Bのモデルしかないが、半分くらいのパラメータサイズのものを目指して開発を進めている」と開発の方針を説明した。
「秘伝のタレ」をAI化するプラットフォームを提供
同社がAIソリューションを提供する中で、「社内の暗黙知を活用したい」というニーズが高まっているという。構造化が可能なデータはすでにデータベース化しているものの、それ以外のデータを上手に活用できていない企業が多い様子だ。
企業内にあるデータの70~90%は非構造化データであるという調査結果もあり、営業日報や営業提案資料などの活用は不十分だ。また、少子高齢化が進む中で、退職するベテラン社員の暗黙知の継承を不安視する声も多いそうだ。
「ドキュメントを含めて暗黙知を活用可能な資産にすることを、私たちは『秘伝のタレのAI化』と呼んでいる。AIとデータとコミュニケーションを組み合わせて、企画力や開発力を獲得できるようになる。さらにはフィジカルAIで生産性を上げることで、トップラインの向上を実現していく」(梅津氏)
"秘伝のタレのAI化"を実現するテクノロジーが、その名も「H.D.E.E.N(ひでん:仮称)」だ。Hidden Deep Expertise Engine Nexusの頭文字を取ったもので、秘められた深い専門知識を活用するためのプラットフォームを構成する。
プラットフォームの中心となるのは、複数の専門家エージェントを統合する司令塔AIエージェントだ。司令塔AIエージェントは利用者からの指示や質問に対して、企業独自の情報を学習した複数の専門家AIエージェントにタスクを指示し、最終的な回答を生成する。
少しずつ企業での利用例が増えているRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)だが、最も基本的な機能を持つナイーブRAGだけでなく、図表読解に適したマルチモーダルRAGや、ナレッジグラフにより文書生成に適したグラフRAGなど複数の技術が出現したことで、使い分けが困難になっている。
こうした課題に対し「H.D.E.E.N(仮称)」は、マルチエージェンティックRAG環境を構築し、複数のAIエージェントの回答を司令塔AIが統合することで、より正確な回答が期待できるという。
ロボット開発にプラットフォームを活用するデモを披露
説明会の中で、クローラーロボットの開発に「H.D.E.E.N(仮称)」を用いたという設計のデモが披露された。このクローラーロボットは、工場内を自立走行して異常箇所の点検を行う目的のもの。
前モデルのロボットは、屋外走行のテスト時に大雨で筐体内に浸水したという。そこで防水対策をしようと試みたところ、今度は排熱が追い付かずにオーバーヒートしてしまった。さらに、1回の充電で工場敷地内(約3キロメートル)を走り切りたいという要望も出された。
そこで同社は、クローラーロボットの開発に「H.D.E.E.N(仮称)」を活用した。まず、チャット形式の画面に「クローラの電池寿命を延ばすための設計改善点を教えてほしい」とプロンプトを入力すると、司令塔AIエージェントが複数のAIエージェントに指示を出した。
その後、「電池寿命を延ばすためには消費電力の削減と熱・振動管理が効果的」との回答が得られた。さらに、消費電力を削減するためにはロボットの軽量化が必要だとして、具体的に削減可能な個所とその重量が示された。
専門家AIエージェントは社内に蓄積されたドキュメントを学習しているため、その根拠となったドキュメントもAIの回答からすぐに確認できる。
結果的にロボット開発プロジェクトでは、バッテリーの大型化などの直接的な施策もある中で、防水対策時としては機体重量の軽減に改善の余地があることが明らかになったため、軽量化に関して相談を継続することに決めた。
次に「クローラの軽量化をしたいが、軽量化できそうなパーツはあるか?」と質問。これに対しAIは、過去のシミュレーションデータなどから具体的な対象パーツと軽量化手法を示した。
「キーワード検索ではなく、設計レビューや新しい手法の相談もできるのがH.D.E.E.Nの特徴。ユーザーはドキュメントをアップロードさえすれば、RAGによってAIがいい感じに支援してくれるよう設計している」(梅津氏)
H.D.E.E.N(仮称)のプラットフォームは将来的にフィジカルAI、つまりは製造業のロボットにも活用される予定だ。狭くてAGV(Automated Guided Vehicle:無人搬送車)が入れないクリーンルーム内での運搬など作業支援として、人型ロボットが期待されている。
梅津氏は、「すべての開発ドキュメントを知識化したら、ロボティクスにも応用して生産現場までつないでいく。これにより企業のトップラインを上げる。そうした開発によってしみ出た部分をお客様にも還元して、バリューを届けていきたい」と語った。
梅津氏は説明会の最後に、開発が検討されているロボットを披露した。従来の産業ロボットは動作の順番や姿勢を教える「ティーチング」が必要だったが、このロボットは人の動きをまねる「模倣学習」が可能だという。
デモでは非常にダイナミックで精巧なダンスが披露された。これまでドキュメント処理でオフィスワーカーを中心に業務を支援してきたリコーだが、今後はこうしたロボットにも「H.D.E.E.N(仮称)」を活用することで、工場など現場の担当者にもAIの利便性を届けるとのことだ。
リコー 「H.D.E.E.N(仮称)」によるロボット活用例デモ












