約300社のグループ企業と約62万人の従業員を抱える巨大企業イオンが、全社を挙げて取り組むデジタル人材開発。その根底には、創業以来受け継がれる「教育は最大の福祉」という思想があった。

11月18日~19日に開催されたウェビナー「TECH+セミナー デジタル人材不足の処方箋 2025 Nov. 変革を止めない組織へ」で、イオン 人材育成部 キャリア開発グループ マネジャー 青野真也氏は、「育成」と「発掘」を2本柱に据えた、同社の戦略的な人材開発について紹介した。

イオンが目指す「イオン生活圏」とデジタル人材の重要性

講演の冒頭、青野氏はイオンが現在目指す成長戦略について語った。それは、店舗とデジタルが融合されたシームレスな体験を通じて顧客の体験価値を高め、あらゆるサービスがストレスフリーに利用できる「イオン生活圏」を形成していくという壮大なビジョンだ。

「お客さまを中心に各事業をつなぎ合わせた円を描き、サービスを回遊しながら利用できる生活圏を形成していきます。そのためには、共通DX基盤としてのシステムや業務、そして組織の一体化が不可欠です」(青野氏)

このビジョンを実現するうえで重要となるのがデジタル人材だ。イオンでは、デジタル人材開発の大きなテーマとして「育成」と「発掘」の2つを掲げている。

「育成」とは、志を持つ人材への機会提供だ。業務課題の解決を目指す人、テクノロジーに興味を持つ人など、意欲の度合いや方向性はさまざまだが、少しでも学びたいという意志のある従業員を幅広く支援する。

一方で、「意欲のある人材だけでなく、素養のある人材を『発掘』することも重要だと考えている」と同氏は強調する。論理的思考力や数学的アプローチ、リーダーシップといった潜在能力を持つ人材を見つけ出し、育成の機会へとつなげていく。本講演では、この2つの柱に沿って具体的な取り組みが紹介された。

第一の柱「育成」:自律的キャリアを支える3つの仕組み

イオンの人材育成の根幹には、「教育は最大の福祉」という価値観がある。その歴史は古く、約60年前に企業内大学「オカダヤ・マネジメント・カレッジ」(現・イオンビジネススクール)を創設したことに遡る。従業員のスキルを向上させ、より良い商品・サービスを顧客に提供し、それが結果として収益と従業員の所得向上につながるという好循環を目指す思想だ。

この思想に基づき、従業員には自らのキャリアを自分で切り開くことを求めてきた。会社がキャリアを示す時代から、本人が主役となってキャリアをデザインする時代へと変化するなかで、同社は従業員の自律的な学びを支援する3つの仕組みを整備している。

1. イオンスタディプラットフォーム(AStP)
グループ従業員なら誰でもアクセスできる学習管理システム。社員だけでなく、パートやアルバイトにもIDが付与され、約1000の学習コンテンツをいつでも学ぶことができる。

2. デジタルアカデミー
「デジアカLAB」や「デジタルカフェ」といったオンラインイベントを頻繁に開催し、従業員がデジタルに触れるきっかけづくりを行っている。とくにデジアカLABでは、社内外の有識者を招いた講座を実施。これまでに延べ1万8000人以上が参加し、AIの最前線などについて学んだという。

3. イオンビジネススクール(ABS)デジタルコース
より専門的なデジタル人材を育成するための実践的な訓練プログラム。経済産業省とIPAが定める「DX推進スキル標準」に準拠し、イオン独自に開発したカリキュラムが特徴だ。

対象は、プロダクトマネージャーやデータサイエンティストなど6職種で、それぞれに「ジュニア」「ミドル」「ハイ」の3つのレベルが設定されている。現在の職務や経歴に応じてクラス分けされ、各社のDX推進に必要な人材を計画的に育成している。

  • イオンビジネススクール(ABS)デジタルコースの概要

    イオンビジネススクール(ABS)デジタルコースの概要

イオンが実践する「マナビ3.0」とは?

ABSデジタルコースにおいて、イオンがとくに重視しているのが「学び方」そのものの変革だ。青野氏は、学びの進化を3つのステージで説明する。

  • マナビ1.0:インプットが中心の学び(~2000年代)
  • マナビ2.0:アウトプットやグループワークを重視する学び(2010年代~)
  • マナビ3.0:キャリア自律を前提に、他者と助け合い、学び合う環境で育つ学び(現在)

「生成AIの登場など変化の激しい時代において、スキルはどんどん陳腐化していきます。重要なのは、研修修了後も受講生同士で学び合える環境のなかで成長し続けていくことです」(青野氏)

この「マナビ3.0」を体現するのが、IT人材育成のトレノケートと共に開発を行った「私のマナビの計画ワークショップ」だ。

  • 私のマナビの計画ワークショップの概要

    私のマナビの計画ワークショップの概要

研修初回に約6時間をかけて行われるワークショップの中で、受講者はまず、自身の現状(Will/Can/Must)を分析し、5年後(2030年)の在りたい姿やキャリアビジョンを言語化する。特徴的なのは、「ワクワクする未来」として社会や会社への貢献を考え、「組織でどう貢献するのか」を明確にする点だ。研修は会社が費用を負担している以上、セルフスタディであってはならないという考えからである。

さらに、「学びの相互支援(Help you/Help me)」のパートでは、「自分は他者に何を提供できるか」「他者から何を助けてほしいか」を共有し、受講生同士が助け合う関係性を構築する。これにより、自律的かつ協調的な学習コミュニティが形成されるのだ。同氏は、「このマインドセットが、その後の学習効果や卒業後の活躍に大きく影響する」と、同ワークショップの重要性を力説した。

第二の柱「発掘」:潜在能力を見出し、適材適所へ

育成と並行してイオンが注力するのが、社内に眠るデジタル人材の「発掘」だ。

1. セルフチェックとアセスメントによる可視化
発掘のツールとして、独自の「イオンDXタレントチェック」と、民間のアセスメントツール「DIA3.0」の2つを活用している。タレントチェックでは、自己評価と上司・メンターによるダブルチェックで客観性を担保。アセスメントでは、DXに関する思考特性とスキルを測定し、従業員のポテンシャルを可視化する。

「とくに重視しているのが、『DXに向いている(思考特性がある)が、現状スキルがない』という人材です。こうしたポテンシャル人材を発掘し、ABSなどの育成プログラムへとつなげていくことが重要です」(青野氏)

このアセスメントは、個人の発掘だけでなく、組織課題の発見にもつながっている。グループ会社のある事例では、20代は「変化への適応」意欲が高い一方で「意思決定」のスコアが低く、50代はその逆の傾向が見られた。これは、「20代の意欲ある若手が、組織の意思決定プロセスに参加できていないのではないか」という仮説を生み、組織改善のきっかけになったという。

2. 採用における人材要件の共通化
発掘は社内だけではない。社外からの採用においても、戦略的な取り組みを進めている。「デジタル人材採用マニュアル」をグループ各社に配布し、DX推進スキル標準に準拠した職種・レベル定義を社内と採用で共通化。これにより、「どの職種の、どのレベルの人材が、何人足りないのか」を具体的に把握し、計画的な採用活動が可能になった。

全社でサイクルを回す「デジタル人材開発ステップ」

講演の最後に青野氏は、これら「育成」と「発掘」の取り組みを統合した「デジタル人材開発ステップ」の全体像を示した。

  • デジタル人材開発ステップの全体像

    デジタル人材開発ステップの全体像

まず、事業戦略に基づき、内製化すべき人材像を定義する(STEP1:人材定義)。次に、アセスメントで現状の人材を把握し、ポテンシャルを持つ人材を選抜する(STEP2:現状把握・選抜)。そして、選抜された人材をABSデジタルコースで育成し、次期リーダー候補へと引き上げていく(STEP3:育成)。このサイクルを回す土台として、全従業員を対象としたリテラシー教育(AStPなど)が存在する。

「DX戦略、つまりデジタルで何を解決したいのかを明確にし、解像度を上げることが全ての出発点です。そのうえで、会社は文化を醸成し、従業員は自らのキャリアを考える。この両輪のマインドセットこそが最も重要であり、あとは地道な一歩一歩の積み重ねに他なりません」(青野氏)

イオンはこれからも、「教育は最大の福祉」という揺るぎない理念とカルチャーを土台に、戦略的かつ体系的な仕組みでデジタル人材の育成・発掘に取り組んでいく。