2022年11月のOpenAIの「ChatGPT」公開は(一部のウォッチャーらは予期していたようだが)、驚きを持って迎えられた。その前とその後で語られるシンボリックなイベントと言える。その時を「興奮した。窓が開いたと思ったから」と振り返るのは、Google、AlphabetのCEOを務めるSundar Pichai(スンダー・ピチャイ)氏。Salesforceの共同創業者兼CEO、Marc Benioff(マーク・ベニオフ)氏との対談で振り返った。
ピチャイ氏の生い立ちから渡米、Chromeを立ち上げるまで
Salesforceが毎年秋に米サンフランシスコで開催する年次イベント「Dreamforce」(2025年は10月14日~16日開催)は、Salesforceが最新の製品を発表する場であるだけでなく、豪華なゲストで知られる。
Benioff氏の人脈のなせる技だが、今年の目玉の1つがピチャイ氏とベニオフ氏との対談だ。Benioff氏が質問する形で、40分の対談は進行した。内容は、南インドで生誕したピチャイ氏の生い立ちから渡米、キャリア、そしてAI、量子などの技術トレンドと、多岐にわたる。ここでは技術の話を中心にまとめたい。
2004年に「半導体に魅力を感じたからシリコンバレーにきた」というピチャイ氏は、Applied Materialsの半導体エンジニアからGoogleに入社した。
「世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにする」--。このミッションステートメントが、南インドでの子供時代に電話を手にいれるまで5年を要したり、コンピュータに触れる機会が限られていたピチャイ氏の原体験と深く共鳴したからだ。
入社後、ピチャイ氏は当時のCEOだったEric Schmidt(エリック・シュミット)氏の反対を押し切って、ブラウザ開発を推進した。「ブラウザ作成と成功に何が必要か分かっているのか?」とシュミット氏に問われながらも、小さなチームでChromeを立ち上げた。
その完成度を見たシュミット氏、そしてGoogleの共同創業者であるSergey Brin(セルゲイ・ブリン)氏と、Larry Page(ラリー・ペイジ)氏は支持者に。このように“技術を消費者に近づけること”こそがピチャイ氏を貫く情熱のようだ。
AIファーストへのシフトを決断した2017年
ピチャイ氏は2015年、ペイジ氏の後任としてGoogleのCEOに就任し「CEO就任時にあったことの1つがAIファーストの企業にシフト。Googleはそれまでの10年間、モバイルファーストの企業としてやってきたあと、AIファーストを推進したかった。そこで、2017年にそれに着手した」と振り返る。
AIファーストに舵を切る決断をする前、Pichai氏は4つの決定的瞬間を経験していたという。
2010年、ペイジ氏とともに自動運転車のデモを視察した。Google X Labの共同ファウンダーでもあるSebastian Thrun氏が率いるチームが2005年のDARPA(国防高等研究計画局)による自動運転車レースの「DARPAグランド・チャレンジ」で優勝した車を見て「可能な進歩」を確信したという。
2012年、Jeff Dean氏(Google DeepMindとGoogle Researchのチーフサイエンティスト、Gemini開発リードも務める)が当時率いていたAI専門チーム「Google Brain」で、ニューラルネットワークを使って猫を認識する能力を見た。当時のAI研究において、大きな進展とされている。
2014年、Demis Hassabis氏(2024年のノーベル化学賞受賞者)率いるDeepMindチームとの出会いがあった。そして2016年の囲碁AIの「AlphaGo」が世界最強の棋士を破った。
ピチャイ氏は「これらすべてを見て、(Googleが)幸運なことに有利な地点にいることは明らかだった。だから2017年、会社として本格的にAIに焦点を当てなければならないと話した」と振り返る。そして、同氏が下した決断は「フルスタックアプローチ」だった。
「インフラから投資していた。独自のチップ(TPU)を構築し、Google Research、Google Brain、Google DeepMindという世界クラスの研究チームを持ち、モデル開発に至るまでフルスタックでAIを推進する」と説明する。第一世代TPUの発表も2017年だった。「これにより、今後AIの10年になることは明白だった」(Pichai氏)。
ChatGPT登場でピチャイ氏が感じたこと
だがAIが本格的に人々に浸透するための扉を開けたのは、Googleではなかった。2022年11月、OpenAIがChatGPTを公開したとき、GoogleはAI競争で遅れをとったと見る向きもあった。
ベニオフ氏が「その時、どう感じた?この3年間を振り返ってください」と尋ねると、ピチャイi氏は「外部の人々が感じたこととは反対に、私は興奮していた。なぜなら、窓が開いたとわかったからだ」と答えた。
そして、Googleへの「誤解」があったとして、自分たちの取り組みを説明した。Googleは2017年、現代のAI革命の基盤となる論文「Attention Is All You Need」を発表していた。その中で扱われている機械学習モデル「Transformer」は、その後のすべての生成AI現象の基礎となっている。
ピチャイ氏は「われわれはTransformerを使い始め、そのパワーを感じていた。検索を劇的に改善したのはTransformer以降だった」と振り返る。「BERT」と「MUM」という2つのTransformerベースのモデルを構築し、検索エンジンの性能を飛躍的に向上させたのだ。同氏は「Google Photosは最初のAIネイティブ製品だ」と述べている。
実はChatGPTの約6カ月前にGoogle内部では「LaMDA」と呼ばれるチャットボットを開発していた。LaMDAは、あるGoogleエンジニアが「知覚を持っている」と主張するほどの完成度だった。
ピチャイ氏は「明らかに、その時点でテクノロジーは近いところにはなかったが、多くの進歩を遂げていた。OpenAIに敬意を表する。彼らが最初に公開した」と述べた。
同時に、当時複数の企業が同じようなことに取り組んでおり「Googleもおそらく数カ月後にチャットボットを立ち上げていただろう。これはテクノロジー史上最大の機会だと気づいた。われわれは信じられないほど良い位置にいた。しかし、その瞬間をつかみ、会社として実行しなければならなかった」との認識をピチャイ氏は示す。
その後、Googleは「Google Gemini」を発表した。Google BrainとGoogle DeepMindを統合し、Geminiへのフォーカスを強めた。「それ以来、急速に反復してきた。今、Gemini 2.5がリリースされている。今年リリースするGemini 3.0に取り組んでいて、進歩は並外れている。2026年の進歩は2025年よりもさらにエキサイティングになる」とピチャイ氏は約束した。
数年で商業的に利用可能な本格的な大規模量子コンピュータ
「長期的な賭けをする」というピチャイ氏、ロボタクシーのWaymoはその象徴とも言える。
同氏は「過去10年間、Waymoに投資し続けてきたことを誇りに思う」とし、3年前にサンフランシスコで展開を開始したときと比べると、台数も範囲も拡大している。当時は珍しかったWaymoは、サンフランシスコでは日常の風景となっている。
もう1つの長期投資が、量子コンピューティングだ。ピチャイ氏は「10年以上、量子コンピューティングに取り組んでいる。われわれのラボは世界をリードしている。実用化については数年で商業的に利用可能な、本格的な大規模量子コンピュータを持つ計画だ。そしてチームはそれに到達するだろう」と述べている。
ベニオフ氏に「10年後には現実になる?」と尋ねられると、ピチャイ氏は「少なくとも自分はそう思う。自信がある」と断言した。
しかし、量子コンピューティングには深刻な課題もある。こうしたベニオフ氏の指摘に対し「3~5年以内に、量子コンピュータが現在の暗号化技術を破れるレベルに到達する瞬間が来るだろう」と認める。
現在の暗号化技術、暗号通貨が危機に瀕することになるが、ピチャイ氏は「脆弱性の瞬間を作り出すだろう。しかし社会として、新しいソリューションを提供する機会も作り出す」と楽観的な見方を示した。
2年連続でGoogleからノーベル賞受賞者、長期的な研究開発
AIでは「デジタル超知能」の可能性を示唆。ピチャイ氏は「確実にデジタル超知能がわれわれ全員の協力者になる。それは現実になる」という。Googleは2年連続でノーベル賞(2024年は先述のHassabis氏、John Jumper氏、Geoffrey Hinton氏、2025年はMichel Devoret氏、John Martinis氏)を輩出している。ピチャイ氏は「われわれは深いレベルでの基礎的なR&D(研究開発)の重要性を信じている。実際の製品に変換する視点を持っている」と力を込める。
終始、楽観的な視点を示したピチャイ氏は、人の適応力を根拠に挙げている。同氏は「10年前のように、チューリングテスト(機械が知能を持つかを判定するテスト)について言われなくなった。人類は驚くほど回復力があり、適応力のある種だ。テクノロジーに適応してきた」としている。
同氏は技術と人間の接点についても言及し「AIが本当に成熟した今、(2012年に発表され、2023年9月に終了したARグラス)Google Glassが復活するだろう。さらに、その先には『脳機械インターフェース』がある。Elon Musk(イーロン・マスク)らがNeuralinkで行っていることは非常に刺激的だ」。障害を持つ人々がコミュニケーションできるようになるなど、私が知る限り、最も感動的なもの」と称賛している。
楽観的な姿勢と合わせて、責任感も示した。ピチャイ氏は「テクノロジーは時間とともに再帰的に自己改善する能力を持つと思う。非常に深遠な問題だ。われわれ全員がその良い管理者でなければならない。いつの時代もテクノロジーは進歩する。それを受け入れ、革新すべきだ。しかしリーダーである私たちの責任は、次の世代のために、自分たちが継承したものよりも世界をより良い状態に残すことだ」と強調していた。


