エクサウィザーズは10月21日、生成AIを活用して組織の文化やプロセス、人の意識そのものの変化に挑戦する人に向けたイベント「AI Innovators Forum 2025」を開催した。同イベントには将棋棋士(九段)の羽生善治氏も参加し、棋士の視点を通じてAI時代における人間の価値を論じたトークセッションを繰り広げた。
前編ではそのトークセッションから、羽生氏が感じたAIの特徴や、AlphaGo(アルファ碁)が登場してからの10年間に起こった将棋界への影響について紹介した。後編となる本稿では、生成AI時代の教育や若手棋士の学習する姿勢について、お届けする。
AIの登場で問われる「棋士の価値」
石山氏:ここからは、将棋連盟の会長としてのお話を伺います。将棋連盟という組織の長として、AIについて取り組んでいますか。
羽生氏:将棋が他の業界と異なるのは、とても伝統的な世界であるということです。将棋としては1000年以上、今のルールになってから400年以上の歴史がある中で、最近になってAIというテクノロジーの影響を受けている稀有な例です。そのため、そのユニークさを生かすことが重要だと思っています。
反対に、ピンチだと感じる側面もあります。これだけAIが強くなってしまうと、「棋士の存在意義」や「棋士の価値」が問われてしまいます。将棋連盟としては、どれだけ新しい存在意義や価値を作り出せるのかが課題になっています。
石山氏:将棋連盟は経営的にも安定していると聞きました。秘訣はあるのでしょうか。
羽生氏:一般の企業ではあり得ないことですが、将棋界にはボランティアとして支援してくださる方がとても多いです。寄付だけでなく人的なサポートなど、将棋はすごく多くの方に支えられています。これは数字では表せない財産であり、だからこそこれまで続けられたのだと痛感します。
AIは接待将棋ができない
石山氏:私たちは、8年前にも対談しましたよね。その際に羽生さんが「人工知能に接待将棋はできない」と話していました。8年が経って、考え方は変わりましたか。
羽生氏:AIはわざと相手に負けることはできると思いますが、それを気付かれないようにできるのかは疑問です。これこそが、接待の極意だと思います(笑)。その点はまだまだAIには難しいと感じます。単にAIを強くするとか、処理を速くするとか、そうではない観点でAIが進歩するのもおもしろいですね。
石山氏:当時、羽生さんは「将棋は文化的な側面もある」と話していたのが記憶にあります。文化的な観点で、考え方の変化はありましたか。
羽生氏:AIは将棋の歴史などに関係なく、その場面で最善の手を指します。それは一つの考えとして正しいですし、ビジネスにおいてもドラスティックに変えなければいけない場面はあると思います。
将棋の世界にはこれまで積み上げられてきた歴史や伝統があり、今後も残していくべきです。盤上の技術はどんどん刷新して前に進んで良いと思いますが、将棋にはせっかく長い歴史がありますので、これを大事にする気持ちは残したいです。
現在はAI時代における教育の社会実験中
石山氏:羽生さんは教育者として指導する立場もありながら、お子さんの父親としての立場もあります。将棋に限らない話題だと思いますが、生成AI時代における教育についてどのように考えているのでしょうか。
羽生氏:今は壮大な社会実験をしている途中だと思います。最近はAIの進歩によって、すぐに答えや答えのようなものが得られるようになりました。
どんな世界にも先生やコーチ、師匠がいますが、そうした方は答えだけでなく考え方や発想の方法なども教えてくれます。これからの若い人たちが、そういった情報を抜きにしてAIの回答を吸収して新しい技術を生み出す側になれるのか、あるいはやはり人間的なサポートも必要なのか、どうなるのか興味深いです。
今後はAIを活用する教育が前提になると思いますが、先生や師匠と呼ばれる立場の方がどうなっていくのか非常に楽しみです。
石山氏:将棋の世界では、その美的センスのようなものも師匠が教えてくれるのですか。
羽生氏:時代にもよると思いますが、住み込みで内弟子として教わっている時代は、教えてくれなかったと思います。その後、時代が進んで「背中を見て学べ」だけではうまくいかないケースも出てきたので、直接教えるようになったのだと思います。
難しいのが、美的センスは「何をやるか」よりも「何をやらないか」だという点です。指す手を見た瞬間にバサッと切り捨てられる感覚は、教える側としても技術が要求されます。相手の立場や理解のレベルに合わせて伝えなければいけません。
AI時代に学ぶ人の姿勢はどう変わるのか?
石山氏:これからの世代の人は、生成AIですぐに正解が見つかる中でも美的センスを磨かなければいけません。これまでの教育と比較して、どのように変化するとお考えですか。
羽生氏:生成AIを相手に壁打ちを続ける中で、自分のスタイルやセンスを確立するというのは、これからの世代には十分にあり得る話です。答えをそのままコピーするのではなく、自分の感覚や創造性を加味してブラッシュアップしていくようになるでしょう。
ただし、生成AIではなくいろんな人に交わって人間との対話の中で感覚が補正されていくことも同様にあり得ますので、そこで迷子になってしまうケースもあると思います。
石山氏:羽生さんから見て、将棋界の若手の中で美的センスに生成AIの影響を感じますか。
羽生氏:一言で表現するのは難しいですが、特に若手棋士の棋譜を見ていると、AIの影響を感じる場面があります。だからと言って画一的で没個性になるわけではなく、それぞれが自身のスタイルを追求しています。
石山氏:反対に、羽生さんがもし今10代だったら、AIを使ってどのような学習をするのでしょうか。
羽生氏:私が10代だったとき、江戸時代の古典的な詰め将棋をずっと解いていました。今の時代に10代だったらそんなことはせず、普通にAIを活用して将棋を研究していると思います。
石山氏:これからの10年を考えて、将棋界はAIによってどのように変化するとお考えですか。
羽生氏:技術がどんどん高まっていくと、一般的に伝えることが難しくなってしまいます。将棋の魅力が伝わるのか、ファンが増えるかといった危惧があると思います。
一方で、他のさまざまなジャンルの方とコラボレーションをして将棋の新たな価値を見出す可能性には期待しています。例えば郵便番号は、日本地図を二次元にして7桁の番号を割り当てたものです。二次元情報の処理は、実は囲碁や将棋にもつながります。
つまり、これまで関係がなく交流がなかった業界同士が、AIを介して交わり新たな価値を生み出していく時代になるはずです。
石山氏:最後に、会場に集まったビジネスサイドの皆さんにメッセージをお願いします。
羽生氏:将棋の世界だけでなく、AIの影響はどの業界でも避けられないことです。そうした中で何を生み出していくのかは、誰も経験したことがありません。そこに大きなフロンティアがあると信じて私自身も進んでいきたいです。お互いに頑張りましょう。


