「DIGITALIZE YOUR ARMS(デジタルを武装せよ)」——日清食品グループに掲げられたこの力強いメッセージは、「チキンラーメン」や「カップヌードル」で知られる老舗食品メーカーの本気度を物語っている。
8月26日~29日に開催されたオンラインイベント「TECH+ フォーラム データ活用 EXPO 2025 Aug. データを実装し、ビジネスを駆動させる時代」に、日清食品ホールディングス 執行役員・CIO(グループ情報責任者)の成田敏博氏、情報企画部 データサイエンス室 室長の小郷和希氏が登壇。従来の製造業の枠を超え、IT企業顔負けのデジタル活用を推進する同社の変革ストーリーが明かされた。
イノベーションの精神とデジタル武装への覚悟
講演の冒頭、成田氏は日清食品の歴史に触れ、創業者・安藤百福氏が「チキンラーメン」や「カップヌードル」を世に送り出したイノベーションの精神が、今も会社の文化として受け継がれていると語った。そしてそれは、現代におけるデジタル戦略にも色濃く反映されている。
「私自身、6年前に入社したときに社内で目にしたのが『DIGITIZE YOUR ARMS(デジタルを武装せよ)※』のポスターでした。これは当時、経営トップが『我々のような食品メーカーであっても、今後デジタルを最大限活用しなければグローバルカンパニーとして生き残れない』という強い思いを社内に伝えるために作成したものです」(成田氏)
※2024年に「DIGITALIZE YOUR ARMS」に変更。
このスローガンの下、2019年を「脱・紙文化元年」と位置付け、2020年の「エブリデイテレワーク」や2023年の「ルーチンワークの50%減」、そして2025年の「完全無人ラインの成立」といった、当時としては達成困難に思える高い目標を次々と掲げた。経営トップが示す強い覚悟が、全社のデジタル化を牽引してきたのだ。
昨年、このビジュアルは5年ぶりにリニューアルされた。「自己研鑽なき者に未来はない」という日清食品グループの行動指針として掲げている日清10則の言葉を添え、新たに「NISSIN DIGITAL ACADEMY」の取り組みを本格化させた。これは、非IT企業である同社が全従業員のデジタルスキル向上を目指すための教育プログラムであり、現在は「feat. Generative AI」として生成AIの活用にも力を入れている。
組織面では、グループ全体の情報システムを統括する情報システムプラットフォーム内に、データドリブン経営の中核を担うデータサイエンス室を新設。データ利活用の推進、分析基盤の構築、データ連携などを専門的に担う組織として、ここ数年で取り組みを軌道に乗せてきたという。
成田氏は2030年に向けたIT領域の5つの重点施策として「サイバーセキュリティ」「グローバルITガバナンス」「現場部門主導のデジタル活用」「先進ネットワーク/モバイルデバイスの活用」、そして「データドリブン経営に寄与する基盤の整備」を挙げた。なかでも最も道のりが険しいのが、「データドリブン経営に寄与する基盤の整備」だと語る。
「社内に散在するデータを集約し、ユーザー自身がそれを活用できるリテラシーを育成し、さらにAIがデータを読み解く世界観を実現していきます。道のりは非常に長いですが、着実に軌道に乗ってきていると感じています」(成田氏)
データの散在から「全社統合データベース」へ
講演の後半では、データサイエンス室の小郷氏が具体的な取り組み事例を紹介した。同社では「全社統合データベース」という名称でデータ基盤の構築を進めており、Snowflakeを中心とした統合的なデータ管理システムを構築している。
データ基盤構築以前の課題について、同氏は次のように説明する。
「最大の課題は、ビジネスプロセスごとにデータが散在していたことです。計画、出荷、納品、販売といった各工程のデータが別々のシステムにあり、統合的なデータ活用が進みませんでした。さらに、データを閲覧するツールも多種多様で、担当者がそれぞれのローカル環境でデータの突合を行っており、非常に非効率な状態でした」(小郷氏)
これらの課題解決のため、同社ではビジネスプロセスを横断してデータを集約し、データとユーザーの接点を用途に応じて整備するアプローチを採用した。具体的な成果として、資材情報統合データベースとグローバル経営ダッシュボードの2つの事例が紹介された。
資材情報統合データベースでは、従来各所に点在していた資材関連データを一元化し、データに基づいた調達戦略やBCP戦略の策定、サプライチェーンのリスク管理を先回りして行えるようになった。
一方、グローバル経営ダッシュボードでは、従来手動で行われていた海外現地法人データの集約作業を自動化し、経営数値の正確かつ迅速な提供を実現している。
生成AIとデータの掛け合わせで見えた可能性と課題
データの可視化の次なるステップとして、日清食品グループが注力しているのが生成AIの活用だ。グループ専用のChatGPT環境「NISSIN AI-chat powered by GPT-4o」を整備し、全社統合データベースと連携させることで、データの自動分析と分析業務のサポートという2つのアプローチで挑戦を進めている。
データの自動分析では、生成AIがSnowflakeのデータに対してクエリを投げかけ、トレンド、ピーク、季節性、対前年比較といった多角的な分析結果を返す仕組みを実現した。
ただし、現状の課題について小郷氏は「この生成AIが返した結果は、一見正しそうに見えますが、実はファクトチェックを行うと正しい答えではなく、いわゆるハルシネーションを起こしている」と明かす。
この課題に対して、同社は生成AIがより解釈しやすいデータを事前に準備する方針で対策を進めている。AIに解釈させるデータの範囲を限定したり、分析の補強となる統計データやビジネスメタデータを付与することで、出力の精度向上を図っているという。
分析業務のサポートでは、BIツールと生成AIを組み合わせ、分析の効率化と高度化を目指している。具体的には、Power BIで可視化されたデータに対し、AIが各商品の実績値を分析。注視すべき度合いを0~3の4段階で評価し、その判断根拠を文章で説明する。
「例えば、『この商品の4月13日の値は、過去1カ月の最小値を下回っているため異常と判断した』といったように、AIが根拠を提示します。これにより、一般的なデータの可視化だけでは見落としがちな異常を補足し、担当者が具体的なアクションを起こすきっかけをつくっています」(小郷氏)
成功の鍵は「技術」の前後にあり
これらのプロジェクト推進における成功のポイントとして、小郷氏は、「ユーザーの課題に焦点を当てたユースケースの選定」と「データ分析を基にしたビジネスサイドとIT部門の効果的なコミュニケーション」の2点を挙げた。
とくに重要なのは、技術的な実装だけでなく、前後の工程への注力である。「前半のデータ準備では、まずしっかりとデータを観察し、データの品質が保たれているかを確認する。また後半では、我々IT部門だけで事例を生み出すのではなく、実際の業務現場と協力し、業務ニーズを満たすアウトプットを定義することが重要 」 と小郷氏は強調した。
最後に展望として、データドリブン経営をさらに強化していく決意が語られた。目指すのは、AIが単にデータを分析するだけでなく、ビジネスアクションにつながるアドバイスまで行う世界観だ。
「データの説明から分析、そして最終的にはAIによるアドバイスを基に、日清食品グループの社員がビジネスアクションを起こします。ハルシネーションのリスクを認識しながらも、生成AIの次なる活用に日々チャレンジしていきたいと考えています」(小郷氏)
今後は、セールスやサプライチェーンにとどまらず、マーケティング、人事、会計といったあらゆる領域にデータとAIの活用を広げ、洞察の創出を高速化していく考えだ。創業から受け継がれるイノベーションの精神を胸に、日清食品グループの“デジタル武装”は、これからも加速していく。







