日本IBMは9月17日、都内で日本法人による年次イベント「Think Japan」を開催。本稿では、同社 代表取締役社長の山口明夫氏の講演、ゲストとして登壇した富士通 代表取締役社長 CEOの時田隆仁氏との対談、そして米国本社から来日したIBM 上級副社長 ソフトウェア兼CMOのロブ・トーマス氏の話を紹介する。
日本IBM 山口社長が示す、エンタープライズAI推進の3つの鍵
最初に登壇した山口氏は、生成AIが急速に浸透・普及していく状況下において、エンタープライズAIを推進するためには「安心・安全にAIエージェントやデータを活用できる環境、ハイブリッドなインフラ環境で柔軟な業務の変革、基礎技術の研究開発と進化の3つが鍵になる」と話す。
安心・安全に活用できる環境では、AIエージェントやアプリに加え、企業内外のさまざまなAIモデル、データをいかに管理しながら利用していくかが重要だという。同氏は「データを整理すればAIエージェントの効果が飛躍的に高まる」と話す。
ハイブリッドなインフラ環境で柔軟な業務の変革では、オンプレミス、パブリッククラウド、プライベートクラウドなど、さまざまな環境をハイブリッドクラウドと自動化基盤で柔軟なインフラとすることで業務の変革が図れるとしている。基礎技術の研究開発と進化では、省電力化や高速化、微細化など、常にテクノロジーの進化を捉える必要を説いている。
山口氏は日本の労働生産性について「2012年~2021年の1人あたりの労働生産性は日本は0.0%、OECDは1.2%だったが、2021年~2023年では日本は1.0%、OECDは0.4%となり、生産性は改善傾向にある。しかし、1時間あたりの労働生産性は米国が83.6ポイントであるものの、日本は51.0ポイントとなっている。この差に大きな成長機会があると考えている。そのためにはIBM単体ではなく、顧客やパートナーとともに進めていく必要がある」と指摘。
富士通とIBMがAI・クラウド・ヘルスケアで協業検討
ここで、山口氏に促されて時田氏が登壇し、対談が行われた。山口氏は「日本のDXは遅れているという話もあるが、本当に役立つ仕事をしたいと常々考えており、富士通さんと共闘することで新しい波が起こせるのではないかと考えた」と述べた。
時田氏も呼応するように「コロナ禍の時、メディアでは『デジタル敗戦国』という見出しが多く、非常に残念に思った。一方で、変わる決意も見て取れた。しかし、富士通にも責任の一端があり、日本では技術革新がなかなか生まれない。十分に力を発揮できなかったことは反省している」と振り返った。
続けて、時田氏は「さまざまな社会の変化が大きく、日本がこれから一歩先に出るような国になるためには、日本企業が恐れずにチャレンジしていくことが必要であり、社会実装をしてクリアにしていくことが重要」と強調した。
こうした現状認識のもと、両社は日本が抱える社会課題をテクノロジーを活用して解決し、より良い社会の実現を目指すことを目的に、両社が有するテクノロジーや知見を組み合わせ、共創を通じて新しい価値の創出で変革を加速するため、日本市場における「AI」「ハイブリッドクラウド」「ヘルスケア」の領域で協業を検討することに合意した。
協業検討の3領域
AI
AIについては、業種・業務特化型のAIによる生産性向上と競争優位性への期待が高まっている一方で、AI基盤の整備が喫緊の課題となっているため、両社の強みを活かしてAI時代における社会システムの革新に貢献することを図る。
検討内容は業務知見や日本語強化LLM(大規模言語モデル)、横断的なAIガバナンスやAIオーケストレーションなどの価値やアセットを持ち寄り、業種・業務特化型AIの開発、統合AI基盤の構築における協業を進める。
ハイブリッドクラウド
ハイブリッドクラウドに関しては、ITシステムのハイブリッドクラウド化が進展し、データセンターレベルでの運用高度化とコスト最適化、現行システムのモダナイゼーションなどが課題となっているため、協業を通じてハイブリッドクラウド環境における社会システムの革新に貢献することを目指す。
検討内容としては、両社が有する汎用および業種・業務に特化したクラウド環境やその高度化方法などの価値やアセットを持ち寄り、国内関連法令・規制に適合したシステム環境の構築を目的とした、データセンターにおける連携や自動化(オートメーション)、FinOpsの適用に取り組む。また、モダナイゼーションのためのハイブリッドクラウド環境への移行作業についても検討を開始する。
時田氏は「企業のシステムの中で、あらゆる種類のAIを使っている。そのため、富士通やIBMのAIだけが動く状況はあり得ない。ハイブリッドなクラウド環境・プラットフォームを用意し、ニーズに対応していく」と説明した。
ヘルスケア
ヘルスケアでは、日本は持続的な医療体制の維持やドラッグロスなどヘルスケアに関わるさまざまな課題に直面しており、AIを用いた医療データの利活用は課題解決の一助にはなるが、現状は利活用できる医療データが十分ではなく、AIについても多岐にわたる課題を解決するまでには社会実装されていない。そうしたことから、これらの課題解決に貢献することを目指す。
検討内容は、医療データ主体の権利保護と適切な法令順守を前提に、ヘルスケア領域における課題解決のために両社の医療データプラットフォームを互いに連携させることを検討するとともに、当該医療データプラットフォームを活用したAIサービスに関する協業検討も開始する方針だ。
山口氏は「両社ともにヘルスケアでは競合関係にあるが、『なんとかならないか?』と多くの要望をもらっており、重要なテーマ。ITが変革の足を引っ張ってはいけない。医療は競合関係にあるが、世の中のためになる領域は協力していく」との認識を示している。
時田氏も「ヘルスケアは双方にとって重要であり、いかにウェルビーイングの向上を高めていくかが重要になる。日本の医療業界はシステムやデータの利活用、共有ができていない状況だ。データの利活用や共有が医学にどのような進歩をもたらすかは医療関係者が一番理解しており、政府も認識して議論が始まっている。競争だけでなく、共創していく必要性がある」と応じた。
「AI+」とエージェント中心の時代へ
最後に、登壇したトーマス氏はAIが日本の生産性向上と経済成長に果たす役割について語った。
同氏は、今後3~4年でAIが10億の新しいアプリケーションを生み出すとの調査結果を示し「AIエージェントなどは私たちの働き方を根本変える技術が、すぐそこまで来ている。ただ、日本には課題があるとも指摘。IBMの調査では日本企業のAI導入率は55%にとどまっている一方、米国、中国、ドイツなどの企業においては90%であり、大きなギャップがある」と指摘。
続けて、トーマス氏は「GDPの成長は人口、資本、生産性の成長により決まるが、日本は人口減少が進み、成長の源泉は生産性の向上しかありません。そのため、AIこそが生産性を飛躍的に高める成長ドライバー」との見立てだ。そのため、重要になるものがIBMが以前から提唱している「+AI」から「AI+」への転換となる。
これは、既存業務にAIを加えるのではなく、すべての業務プロセスに対してAIを前提に再設計することであり、日本は精度や倫理性を重視する文化だがAIはそれらの価値を損なうものではなく、むしろAI技術の進化で精度と効率を両立できる時代だという。
AIを構成する要素は「データ」「モデル」「エージェント」の3つとなり、データはAIの原材料ではあるものの、2025年現在でも企業におけるデータのうち基盤モデルに活用されているのは1%未満となっている。モデルはデータを意味ある情報に変換する仕組みであり、エージェントはモデルで得た知見を業務自動化に結び付けるものとのことだ。
また、AIの進化は第1フェーズとしてデータ管理や機械学習など「データ中心の時代」、第2フェーズとしてLLMやChatGPTの登場といった「モデル中心の時代」、第3フェーズは業務プロセスの自動化をはじめとした「エージェント中心の時代」と3つのフェーズに分類している。
同氏は「現在、私たちは第3フェーズに突入している。エージェントは単なるQ&Aや文書理解を超えて、企業の業務そのものを自動化する。将来的に、一人ひとりが数百、数千のエージェントを持ち業務を補完する世界が訪れる」と話す。
こうした状況をふまえ、トーマス氏はAIで価値を生むためのロードマップを提示。まず、企業データを最大限活用し、構造化データに加え、企業内データの80~90%を占める非構造化データも対象にする。次にハイブリッドクラウドとプラットフォームを採用すること。同氏は「バラバラなツールではROIを得るのは困難」との認識だ。文化とリーダーシップにより、リスクを取る文化、反復改善を許容する文化が不可欠だという。
IBM自身も2020年に「世界で最も生産性の高い企業になる」という目標を掲げ、AIと自動化を徹底的に活用した結果、5年間で45億ドルの価値を創出。これらの経験をベースに、AIエージェント構築のためのプラットフォーム「IBM watsonx Orchestrate」は開発されている。
IBM AI Lab Japanを2025年10月に設立
そして、トーマス氏は日本におけるAI製品・ソリューションの共創を推進する新たな取り組みとして「IBM AI Lab Japan」を2025年10月に立ち上げる計画を発表した。
AI Lab Japanは、顧客やパートナー企業との連携を通じて、AIエージェントを含む業務アプリケーションからAIモデルなどを管理するAIソフトウェア、ハイブリッドクラウド環境で構成されるIT基盤、AIが稼働するためのチップなどのAIハードウェアまでを含む「フルスタックAI」の活用を促進し、日本企業がAIの利点を享受できる環境を提供するとともに、国内におけるソブリンAI(主権を確保したAI)の確立にも取り組む。
IBMの技術、コンサルティング、研究開発の強みを集め、国内のパートナー企業や学術機関との協業を通じて、エンタープライズ向けAIの開発および実装を推進する戦略的拠点と位置付けている。
日本市場向けのAI製品の開発・実装支援として、IBMの東京ラボラトリー内にAIに特化したソフトウェアおよびハードウェアの開発拠点を設置。IBMの海外の開発部門とも連携して、日本企業特有のニーズに即したIBM製品の開発・改良を加速し、ソフトウェア領域では生産性向上を促進するAIエージェントの社会実装を支援し、ハードウェア領域ではAIチップの顧客製品への実装を支援。
AIソリューションの共同開発では、AIエージェントを迅速に活用できるソリューションを提供し、統合AI管理基盤の設計・開発や、規制産業向けのソブリンAI・業界特化型AIの開発にも取り組む。
AIを組み込んだ製品・ソリューションの共同開発については、IBMが提供する業界向けソリューションと、顧客やパートナー企業が提供する製品や業務アプリケーションへのAIの組み込みを促進し、それぞれの製品・ソリューションの付加価値の向上を推進していく。
これらの取り組みで共創された製品・ソリューションは、パートナー企業との協業を通じて、同様の課題を持つ顧客に展開することを目指すことに加え、成果の一部をオープンソースコミュニティーに提供し、日本におけるエンタープライズAIの発展に貢献する考えだ。
さくらインターネット、松尾研究所とパートナーに関する協議を開始
IBM AI Lab Japanは、虎ノ門に設置されているIBM Innovation Studioを起点とし、国内外の研究開発拠点とも連携しながら、物理的・デジタル両面でのコラボレーションスペースを展開。集中的なワークショップやデモ、概念実証などを通じて、顧客やパートナー企業とAIのユースケースを開発し、製品・ソリューションの設計から実装まで伴走する。
すでにAI分野に強みを持つ幅広いパートナーへ参加の呼びかけを開始しており、さくらインターネットとは同社のAI Lab Japanへのエコシステムパートナー企業として、参画に向けた協議を開始。また松尾研究所ともAIパートナーシップ契約の締結に向けて協議を進めている。
トーマス氏は「日本の未来にとって今がまさにAI導入の好機。IBMは87年間、日本とともに歩んでおり、これからも日本の競争力強化とイノベーションの創出に貢献していく」と述べ、講演を締めくくった。







