自動車業界が大きな変革期を迎えるなか、SUBARUはどのようにデータと向き合い、自社の強みを活かした変革を推進しているのか。
8月26日~29日に開催されたオンラインイベント「TECH+ フォーラム データ活用 EXPO 2025 Aug. データを実装し、ビジネスを駆動させる時代」に、同社 IT戦略本部 DX推進室担当部長 兼 CMzO室担当部長 兼 技術本部車両開発統括部 主査の佐々木礼氏が登壇。エンジン開発の現場からIT戦略へとキャリアを歩んできた視点から、製造業におけるデータ活用の現実的な課題と、それを乗り越えるための具体的なアプローチについて紹介した。
SUBARUを取り巻く3つの課題
SUBARUのルーツは、1917年創業の中島飛行機に遡る。「航空機において、いかに安全にパイロットが帰ってこられるか」という思想は、「人を中心としたクルマづくり」というコンセプトで現代に受け継がれている。そして、その思想は「安心と愉しさ」という提供価値となり、「モノをつくる会社から、笑顔をつくる会社へ」という在りたい姿につながっている。
しかし、その理想を実現するうえでのハードルは高い。コネクティッドカーの登場により、従来の売り切り型ビジネスは変革を迫られているのだ。顧客との接点を持ち続け、新たな価値を創出するためには、データ活用が不可欠である。にもかかわらず、数年前までの同社内は、部門ごとにシステムやプロセスが最適化され、情報が分断されたサイロ化状態にあったという。
佐々木氏は、同社がデータ統合基盤構築に着手した背景として、3つの大きな課題を挙げる。
第一に品質課題への対応だ。製造時から販売後のアフターセールスまで、車両の一生をデータで正確に追跡する必要性が高まっていた。
第二に、ソフトウエアアップデートマネジメントシステム(SUMS)やバッテリー状態管理など、複雑化する法規制への迅速な対応が求められていた。
そして第三に顧客接点の理解である。顧客がクルマをどのように使い、どのような体験をしているかを正しく理解したうえで、製品開発ができているか、という根本的な問いに向き合う必要があった。
これらの課題に対応するため、「車両の企画・開発・製造・販売・アフターセールスまで、車両生涯のライフサイクルマネジメントとしてデータ利活用をしていくことを考えた」と同氏は振り返る。
「システムではなく、データをつなぐ」 - グローバルPLM活動の始動
SUBARUのアプローチで特徴的なのは、従来のシステム統合ではなく、データをつなぐという考え方を採用したことだ。佐々木氏は「時代の変遷とともに、対応領域が多岐にわたり、個々の領域の専門化・分業化が進んだことで、部門間の壁が厚くなった。既存のシステムを新たな統合システムで置き換えることは、コストやスケジュールの規模が大きくなりすぎるだけでなく、完成した頃には陳腐化してしまうという危機感があった」と説明する。
そこで同社は、既存のシステムはそのままに、データを部門横断でつなぎ、全社最適を意識したプロセス改革を推進する方針を採る。「グローバルPLM活動」と名付けられたプロジェクトでは、車両の生涯データを部門横断的に整備し、プロダクトライフサイクル全体でのデータ活用を推進している。誰もが必要なときに必要なデータにアクセスし、業務改善や新たな価値創造につなげられる状態、すなわち「データの民主化」の実現を目指すのだ。
この実現に向けては、データの信頼性を最重要視した。データとデータを掛け合わせて価値を生むには、その元となるデータが「正しい」ことが大前提となる。そのために、データ統合基盤を階層化し、ガバナンスを効かせる仕組みを構築した。
インフラ、ETLツール、データカタログ、BIツールといった技術的な整備と並行して、データの標準化や品質ルールを定めるデータガバナンスを徹底。これにより、安心してデータを流通・利活用できる枠組みを整えた。
さらに、複雑に絡み合った社内のバリューチェーンを「ECM(エンジニアリングチェーン)」「SCM(サプライチェーン)」「CRM(顧客関係)」の3つに整理。それぞれのキーとなる「部品番号」「VIN(Vehicle Identification Number)」「顧客ID」を最優先で接続し、データが連鎖的につながる骨格を形成した。この骨格にさまざまな実績情報を紐付けていくことで、部門を横断した分析を可能にしたのだ。
3階層アーキテクチャとデータガバナンス
技術的な基盤として、SUBARUは3階層のデータベースアーキテクチャを構築した。第1階層のデータストアでは生データをそのまま蓄積・保持し、第2階層のデータウエアハウスでは概念データモデルから論理データモデルを落とし込み、第三正規化やスタースキーマによる適切なデータ配置を実現。第3階層のデータマートでは、業務要件に応じてあらかじめ整理されたデータを提供する。
「無尽蔵にデータを集めるだけでなく、会社で管理すべきデータはしっかりと管理していかなければならない」と佐々木氏が強調するように、データガバナンスの重要性も忘れていない。データマネジメント知識体系であるDMBOK2をベースに、同社に適用するためのカスタマイズを行い、データの標準化や品質、セキュリティを担保するルールづくりを進めた。
縦と横、それぞれの強みを活かすマトリックス型支援
技術的な基盤と同様に重要なのが、組織面での取り組みだ。SUBARUでは、従来型の組織の強さを活かしつつ、データの力で変革をかけていくアプローチを採用した。縦の組織でプロセス改革を推進する一方で、データガバナンス/データマネジメントチームが横串を刺し、データスチュワードが各組織に入り込むマトリックス型の組織支援を行っている。
「縦割り組織の壁の高さを逆に捉えると、強い自己工程保証に対する考えがある。ここは伝統的な強さでもある」と同氏が指摘するように、同社は既存の組織文化を否定するのではなく、それを活かしながらデータによる横連携を実現している。
つないだからこそ分かった課題と、それを乗り越える“SUBARUらしさ”
データ統合を進めるなかで、SUBARUは予想していなかった課題にも直面した。
そこには、同じ意味のデータがシステムごとにデータの桁数が異なるといった物理的な統合の難しさにはじまり、自己工程保証の強い文化がゆえに失敗情報を共有しにくい心理的な障壁があった。さらに、データを組み合わせることで生まれる新たな機密性リスクをどう管理するかという課題や、同じ対象を指していても部門ごとに呼び名が異なる“方言”の問題など、技術だけでは乗り越えられない壁が次々と明らかになったのだ。
佐々木氏は、これを乗り越える鍵は「自分のデータの価値を知ること」と「相互理解」にあると強調する。
「データとデータを掛け合わせることで、無限の新価値が創造できます。その小さな成功体験を積み重ね、変革のうねりを起こすことが重要です。そして何より大切なのは、相互理解です。ITといっても、結局は人と人とのつながりなのです。ドメイン側はITを、IT側はドメインを知ろうと歩み寄ること。これは、SUBARUに根付いている『互いを尊重し合う精神』『考える時は一緒』という風土そのものを大切にすることにつながります」(佐々木氏)
講演の最後で同氏は、「自動車業界の環境変化が目まぐるしいなか、SUBARUらしい取り組みを加速していきたい」と述べ、その基盤となるのが価値あるデータの利活用だと強調。「データが使える状態にあるのか、データを使える人材がいるのか、全社活動として進められるかという3つの観点から、継続的な改善を図っていく方針」だと結んだ。



