《 生産性を高めるのは何か 》「負荷なきところに成長なし」識学社長・安藤広大が警鐘を鳴らすワークライフバランスの幻想

労働生産性を上げる 組織の効率化と意識改革

 世の中全般が働き方、生き方改革で残業廃止、副業推奨が進む。しかし、長く働いてはいけない、一生懸命に働くことが損だという風潮がないだろうか。こうした風潮に「もっと企業の成長に向けて頑張る方向に持っていかなければいけないのではないか」と一石を投じるのは、コンサルティング事業を行う識学社長・安藤広大氏。

「今の日本社会では、労働時間を減らし社員のストレスを取り除き、負荷をかけないのが正しいとされている。しかし、負荷がなければ人は成長せず、企業も成長しない。経営者が従業員や会社のために良かれと思ってやっていることが、実は企業の成長を阻害している。大事なのは労働時間の減少ではなく、制約を設けた分、これまで以上に生産性を上げること」

 同社は意識構造学(以下『識学』)を基にした組織マネジメント事業を行い、企業の生産性向上を実現している。2019年にグロース市場に上場、2025年まで約4800社の組織コンサルティングを行ってきた。『識学』は人の意識構造を分析し、思考の癖から生じる誤解や錯覚をなくす解決策を体系化し、組織の生産性を高めるという同社の開発した独自理論である。

『識学』導入後の企業では、正しい場所に従業員のリソースを割くことができるようになり業績が向上。今年1月から4月に実施した同社の分析データ(49社)によれば導入期間平均35カ月で、売上改善率は平均188.2%、利益改善率は232.2%、社員数増加率173%の改善が見られ、全体の9割近くの企業が売上改善に成功(未回答企業除く)。日本の99%を占める中小企業が顧客の大半だが大企業での導入も進む。

 安藤氏の識学理論に関する著書は、累計発行部数173万(7月時点)を突破。企業のコンプライアンスやガバナンスが強化される中で、主な読者であるリーダー層の関心は高く、それだけ組織のマネジメントに悩む人が多いということだろう。

 個人の生産性の総和が企業の力。個人が日々1%でも力を多く出せば、1年間でみれば大きな企業の成長になる。多くはこの個人の積み上げの力を知らずに、新たなツールや施策に飛びつきがちである。しかし、同社は改めて原点に立ち返り、今いる従業員個人の成果を高める組織改革を提案している。

 生産性をどう高めるかという命題に、日本企業の多くは、労働、資本、設備投資を見直し、AIやロボットを活用したDX化を推進中だ。日本生産性本部名誉会長の茂木友三郎氏も「企業の生産性を上げるには、効率を良くして付加価値を高めること。唯一無二の商品やサービスを開発するということ」と以前より語っている。商品やサービスの付加価値向上も当然だが、それ以前に個人の仕事の付加価値を高めることが企業の生産性向上には必須である。

ハラスメントをどう防ぐ?

 では社員の成果を引き出す「負荷」は、どうかけるのが適切なのか。昨今ハラスメント問題に発展することを恐れ、経営層をはじめとした管理職の多くは、部下の指導に悩む。この問題について安藤氏は、「ハラスメント問題は、一対一の人間に戻り、人間力でマネジメントをしようとするため発生する。『識学』に則り、職場において上司と部下がそれぞれの立場と役割を正しく認識し行動せざるを得ない仕組みの中では、ハラスメントは起き得ない。人間力で管理するのではなく、その組織で働く上でのルールと仕組み化が最も重要」だと語る。

 現在日本のマネジメントでよく用いられている1on1ミーティング、部下の悩みを聞くことは、一対一の人間としてのコミュニケーションを生む。これはお互いの立場を崩すようなもので、マネジメントの難易度を上げていると安藤氏は指摘する。一見優しさのように見えることが、ハラスメントの因子となり、問題発展の巣窟となっているというのだ。

 本来従業員は会社から給与をもらうため会社に貢献するのは当然だが、今は人手不足の背景もあり、従業員個人の権利の主張が拡大傾向にある。

「仕事は糧を稼ぐ場所であり、糧を稼げなければ人生を充実し続けることはできない。この現実から目を背けてはいけない」と安藤氏。だからこそ企業は従業員に立場を正しく認識させ、目標を明確に設定し、定量的な評価制度をもつことが、最終的にハラスメントを防ぐことにつながるのだという。

 同社はこれまで『識学』の概念を経営者層にアプローチをして改革してきたが、従業員層へこの概念を浸透させ、企業改革のスピードを上げていく方針。そのため7月からBtoC向けに『識学』を学べる新サービス(月額550円)を開始した。企業の生産性向上に向け、社会人としての心得を改めて見直し、自ら考え行動する人材育成を狙いとしている。

 日本中でワークライフバランスという言葉が独り歩きする今、改めて成長とは何か、働くとは何か、生きるとは何かという本質的な問いを、一人一人が考え直すべきときに来ている。

 近年の闇バイトにも代表されるように、「楽して稼げる」という言葉に流されてしまうのが人の弱さ。しかし、人の成長という側面からは楽をして得られるものは少ない。日本全体のこのゆるみに対し、自ら背筋を正そうという安藤氏の訴えである。