人手不足が進む中、人材活用に悩む管理職や経営者も多い。限られた人員で最大限の成果を生み出すには、自律的であり自走できる組織の形成が欠かせない。そうしたテーマで開催されたイベントが、サイボウズの主催する「DX経営 スペシャルセミナー 2025」だ。

このイベントはサイボウズと全国の地域金融機関が連携して開催するもので、各地で効果的なDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現している企業の事例などが紹介される。

本稿ではサイボウズ仙台オフィスで開催されたイベントの中から、サイボウズ 代表取締役社長の青野慶久氏と、モノづくりの現場にkintoneを導入して業務変革と業績向上を果たした京屋染物店 代表取締役の蜂谷悠介氏による対談をレポートする。なお、対談の様子は動画で投影された。

  • セミナー会場

    セミナー会場

ホワイトボードと付箋紙による案件管理で課題が発生

セミナーではまず、京屋染物店の蜂谷悠介氏が実際に取り組んだkintone導入のストーリーと、その成果が紹介された。岩手県一関市にある京屋染物店は、大正7年創業で100年以上の歴史を刻んできた老舗企業。地域の祭りを支える法被や半纏、浴衣、手ぬぐいなどの他に、民俗芸能「鹿踊(ししおどり)」の衣装などを手掛ける。

  • 京屋染物店の製品例

    京屋染物店の製品例

kintoneを導入する前、同社では営業担当者が顧客との打ち合わせの内容を紙に手書きで記録し、ファイリングして情報共有していたという。しかし、打ち合わせの段階ではその内容が現場に伝わらないため、現場では受注と同時に案件が舞い込んで来るような状況だった。

そのため、製造の現場では急な案件にも対応するべく、多様な生地の在庫を多量に確保していた。これにより、在庫過多、過剰な仕入れによる現金不足、業績悪化、業務の進捗が把握できないことによる残業の増加などにつながっていたそうだ。

  • 案件を管理していた手書きのメモ用紙

    案件を管理していた手書きのメモ用紙

そこで蜂谷氏は、ホワイトボードと付箋紙を利用したプロセス管理を考案。相談段階から検討中、デザイン出し、連絡待ち、未入金など、現場に案件情報が届く前から全社員が進捗を確認できる仕組みを作った。ホワイトボードの左側から、プロセスが進むに連れて右側へと付箋紙を移していく仕組みだ。

  • ホワイトボードを用いた進捗管理

    ホワイトボードを用いた進捗管理

ところが、このプロセス管理の仕組みを開始してから、納品が滞る場面が増えてクレームも増加したという。その理由は、付箋紙の粘着力がなくなり落ちてしまったり紛失したりと、現場まで情報が届かないことが増えたからだ。

「そのとき、アナログでの案件管理に限界を感じ、システム導入を検討した。当時の当社にとって大金となる100万円を使い、外部の会社にシステム開発を依頼した」と、蜂谷氏は振り返った。

  • 京屋染物店 代表取締役 蜂谷悠介氏

    京屋染物店 代表取締役 蜂谷悠介氏

しかしながら、その外注の管理システムも結局のところ本格運用には至らなかったという。蜂谷氏の構想の下で基本となるシステムを作った後に、現場の声を取り入れながら改良していたのだが、現場担当者からの「この部分を変えてほしい」という意見を反映するたびに、外注のコストと時間が発生していた。それが原因となり、「やっぱりこう使いたい」「これは直してほしい」という要望には対応しきれなかったのが失敗の主な要因だと、同氏は反省している。

kintoneを導入して3つのアプリを開発、最大の価値は情報格差がなくなったこと

そうした悩みを抱える中で、京屋染物店はkintoneを導入する。ノーコードで業務アプリを構築できるというkintoneの強みが、導入のきっかけとなった。

蜂谷氏は「kintone導入当初は、プログラミングやITの知識がなく、業務システムを使った経験すらなかったので、何から始めたら良いのかが分からなかった。先にkintoneを導入している会社の知人が教えてくれたので、活用を開始できた」と、伴走パートナーの必要性を訴えた。

同社はまず、顧客管理アプリ、販売管理アプリ、受注管理アプリの3つを構築。このうち顧客管理アプリは取引先の情報だけでなく、メール履歴や販売管理アプリとも連携しているため、過去の案件情報も一元管理している。

さらに、クラウドストレージサービスのboxとも連携し、デザインなどの情報も顧客管理アプリとひも付けている。一般的に、デザインやメール履歴などは特定の担当者だけが保存し属人化してしまう例も多いが、同社はkintoneによって一元管理を実現した。

  • 顧客管理アプリの画面例

    顧客管理アプリの画面例

受注管理のアプリでは、各案件の進捗を部署ごとに可視化。各工程のタスクをグラフで閲覧できるようにしたことで、どの部署を手伝うべきかが一目で分かるようになった。すると、助け合いの文化が醸成され、全社員でスループットを増加させるよう自主的に柔軟な対応が可能になったとのことだ。

  • 進捗管理の可視化イメージ

    進捗管理の可視化イメージ

さらに同社では、月次の固定費や利益、総労働時間なども全社員が閲覧できる仕組みも作った。これを社内に公開したことで、全社員が利益の増加に向けた自律的な行動が実現されたという。

蜂谷氏は「以前はアナログな会社で、セクションごとに部署の壁が厚かった。しかしkintoneを導入したことでその壁がなくなり、みんなで一つのゴールに向かって進む組織になった。コロナ禍で祭りの開催が激減する中、コロナ前と比較してコロナ後には113%の業績向上を実現できた。これは現場の社員が自ら考え、変化に対応し続けた結果だ」と紹介した。

また、「社内基幹システムにkintoneを導入した最大の価値は、情報格差をなくし主体性を育めたこと。社長と同じ情報を現場の人間も見れるようにしたからこそ、その情報に現場の目を組み合わせて臨機応変に対応できた」とも、話していた。

その他にも、生地在庫が減ったことでキャッシュフローが月100万円ほど改善されたり、在庫を探す手間や確認待ちの時間が削減され人件費が削減されたりと、具体的な効果が出ている。これにより、以前と比べて人員を増やさずに飲食事業や観光事業など、新規事業展開にも着手できている。

  • 京屋染物店におけるkintone導入効果

    京屋染物店におけるkintone導入効果

「情報はあくまで信号」 - 自律的な現場に経営者の目線を浸透させる仕組みとは?

ここから、青野氏と蜂谷氏の対談の模様をお届けする。ちなみに、動画内で青野氏が着用しているジャケットとパンツは、京屋染物店で仕立てたものだという。

京屋染物店が目指す組織のあり方

青野氏:蜂谷さんには、2017年にkintoneのユーザー事例共有イベント「kintone hive」に登壇いただき、そこから8年ほど経過しました。当時と比較してもかなり進化していますね。

蜂谷氏:当時は導入からまだ1年程度だったので、作ったアプリは顧客管理アプリ、販売管理アプリ、受注管理アプリだけでした。今は現場の各社員が独自でアプリを作っていますので、多数のアプリが存在しています。

ただし、それらのアプリはやみくもに作られているわけではなく、相互に連携させながら社員がそれぞれ独自に構築しています。

  • (左から)京屋染物店 代表取締役 蜂谷悠介氏、サイボウズ 代表取締役社長 青野慶久氏

    (左から)京屋染物店 代表取締役 蜂谷悠介氏、サイボウズ 代表取締役社長 青野慶久氏

青野氏:顧客の情報や各案件のデザインだけでなく、各部署のタスク量や生産性まで可視化しているのが特徴的ですね。

蜂谷氏:企業がさまざまな活動をする中で、私は組織には責任が必要だと考えています。その責任が何から生まれるかというと、主体性ではないでしょうか。むしろ、主体性からしか生まれないと思います。主体的に物事に取り組もうとするから、そこに自然と責任が生まれます。

当社は業績や金額の目標も当然ありますが、業績はコロナ禍のような外部要因に影響を受けることが多くコントロールが難しいです。しかし、業績目標に対する行動そのものはコントロール可能です。行動を軌道修正するにも、指標となるバロメータが見えないと、その行動が正しかったのか間違えていたのか分かりませんよね。

当社は業績や生産性や案件数を、すぐに確認できる仕組みを作りました。つまり、操縦桿を握ったパイロットが社内にたくさんいる状態です。いまの高度と速度がわからないパイロットは航空機を操縦できないのと一緒です。現場に必要なデータは開示するようにしています。

組織が主体的になる価値は

青野氏:まさに経営者目線の社員が現場にたくさんいますね。

蜂谷氏:これは当社だけでなく多くの日本企業の文化に当てはまると思うのですが、力強い単独のリーダーがグッと引っ張るよりも、中間層くらいの複数のリーダーが各組織の強みを生かして面で戦う方が性分に合っている気がします。そんな私が目指す組織の姿を、少しずつ実現できているのかなと感じます。

青野氏:だからこそ、コロナ禍を乗り越えて新しい事業を生み出せているのでしょうか。

蜂谷氏:社長が一人で考えられるアイデアには限りがありますし、それは社長の目線でしか考えられないので、物事は進みません。経営層と同じデータを見ている現場社員が多ければ、その数だけアイデアが生み出せます。

kintoneで基幹システムを構築したことで、コロナ禍という前例のない状況の中でも現場主体でスピード感を持って業務を変革できたことが、その後の成長につながっています。

  • 京屋染物店 代表取締役 蜂谷悠介氏、サイボウズ 代表取締役社長 青野慶久氏

数字を可視化する理由と主体性を育てる組織作り

青野氏:先ほどの蜂谷さんのプレゼンテーションの中で、「タスクを可視化したことでどの部署が忙しいかが見えるようになり、主体的に助け合いの文化が生まれた」という話がありました。情報を可視化することは、組織の主体性につながるのでしょうか。

蜂谷氏:必ずしもそうとは言い切れないのが、難しいところです。情報はあくまで何かの信号です。例えば道路にある信号も、青や赤の意味が分からなければ、赤信号なのに道路を渡ってしまいます。つまり、信号の意味を理解するための教育もセットで必要なのです。

当社では各種の情報が示す意味を伝える機会も定期的に設けており、これはいわば経営者育成の小さな学校です。その他にも、社員が希望すれば資格取得やスキルアップのための受験料を補助しています。情報を開示するだけでなく学ぶ機会もセットで提供することで、現場の主体的な動きにつながっています。

青野氏:単にシステムを導入して情報を共有するのではなく、その意味まで伝えることで、現場の社員もデータを正しく理解して次のアクションに結び付くのですね。

一方で、経営者の中には社内の数字をオープンにすることに否定的な方もいると思います。「会社がもうかっていることがわかったら給料を上げろと言われる」「競合他社に情報が漏れるかもしれない」など、さまざまな理由が考えられます。蜂谷さんはどうお考えですか。

蜂谷氏:私も当初は葛藤がありました。青野さんが指摘するように、「会社の売上高だけを見て、経営状態を勘違いされてしまう」と考えたからです。どれだけ売上高が増えても、人件費や販管費が増えたら最終的に手元に残る利益は変わりません。

そこで当社は、経営やマネジメントをシミュレーションして学べるカードゲームを取り入れました。そのゲームを通じて人件費を払ったり、赤字覚悟の薄利多売をしたり、いろいろな経験ができます。その結果、企業の経営は売上高だけを見ればいいというわけではないことが社員にも伝わりました。

こうしたゲームを通じて、今では給与・人件費を上げるためにはどれだけの利益が必要で、その利益のためにはどれだけの売上を作らなければいけないのか、一人一人が逆算できる組織になっています。だからこそ、安心して社内に情報を開示できます。

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ここまで、京屋染物店におけるkintone導入と活用のストーリーを紹介してきたが、同社の成果は単にkintone導入という手段だけでは語り尽くせない。ホワイトボードと付箋紙に始まり、結局は使われないシステムの開発に100万円以上を費やすなど、多くの苦労も紹介された。

アメリカのエンジニアであるフレデリック・ブルックス氏はソフトウェア開発に関する論文『銀の弾などない— ソフトウェアエンジニアリングの本質と偶有的事項』の中で、魔法のように一発で問題を解決する万能な手段が存在しないという意味で「No Silver Bullet (銀の弾などない)」と述べている。

この論文はソフトウェア開発に関するものだが、ビジネス環境にも当てはまるだろう。しかし悲観することはない。同論文の中では、「苦しいが一貫した努力こそ、飛躍的な改善をもたらすはずだ。王道はない。しかし、道はある。」とも述べられている。

京屋染物店はkintoneというツールの導入に加えて、忙しい部署を可視化する仕組みを作ったり、経営を学べるカードゲームを取り入れたりして、結果的に自律的で自走できる組織を作り上げた。ぜひ京屋染物店のストーリーを参考に、読者の皆様にも各社なりの「道」を探してもらえたらと思う。