「ブランディング領域には300以上の罠や誤解がある」——そう語るのは、Strategy Partners 代表取締役社長 西口一希氏だ。とくに「〇〇ブランディング」という用語は150以上にも及び、その曖昧さが混乱を生んでいると指摘する。
P&G、ロート製薬、ロクシタン、SmartNewsという名だたる企業で30年以上にわたりマーケティングの最前線に立ち続けた同氏。8月5日に開催されたオンラインイベント「TECH+セミナー Marketing Day 2025 Aug. シン・ブランド戦略」では、ブランディングに関する誤解を解くべく、ブランド戦略の本質を解説した。
マーケティングの基本単位は「Who・What・How」
西口氏はまず、マーケティングの基本構造について説明。「ビジネスの最小単位を突き詰めると、顧客(Who)とその顧客が入手する商品・サービス(What)、すなわち『Who』と『What』の2つの関係になる。そして、この2つを効率的・効果的に結び付けるためのさまざまなマーケティング活動や営業活動が『How』」と語り、この「Who・What・How」の関係がマーケティング全体の基本的な枠組みであることを強調した。
このフレームワークは、顧客の購買プロセスにおいて2つの局面で機能する。まず、顧客が商品を初めて認知し購入する初回購入の段階で、商品の価値が評価される。しかし、ビジネスの成否を分けるのはその先だ。
「初回購入を経て商品を体験・使用すると、顧客は『本当に期待したものだったか』という価値の再評価を行います。この再評価を乗り越えて初めて、継続購入につながるのです。このサイクルをうまく回し、既存顧客を増やしつつ、そこから得られる利益を新規顧客獲得に再投資していくこと。これこそが、あらゆるビジネスが目指すべき右肩上がりの成長の姿です」(西口氏)
こうした「Who・What・How」の関係がうまく回れば、少ない「How」への投資で売上につながり、投資対効果が向上する。そして、このサイクルを力強く後押しするものこそが、「ブランディング」だ。
「ブランディング」の目的は3つしかない
本講演の中核となったのは、ブランディングの本質についての議論である。西口氏はマクドナルドのロゴと、マクドナルドがロシアから撤退した後の後継店で使用されている類似ロゴを例に挙げ、「マクドナルドのマークを見れば食欲が喚起されるが、類似ロゴでは何も起きない。なぜなら、私たちはこのマークのもとで提供される商品を体験したことがないから」と説明。記憶にないものに対しては反応ができないことを実例で示した。
そのうえで、同氏はブランディングの3つの目的を以下のように整理する。
目的1:機能的な便益・独自性の記憶化と想起率の向上
これは最も基本的かつ重要な目的である。「潜在顧客および既存顧客に対して、その商品の便益(買う理由)と独自性(他を選ばずその商品を選ぶ理由)が明確に『記憶』され、必要なときに『想起』してもらえる状態をつくること」と同氏は説明する。
目的2:情緒的・心理的な付加価値の追加
目的1が達成されたうえで、次に取り組むのが付加価値の追加だ。これは機能的な便益に、感情的・情緒的・心理的な価値を上乗せする行為を指す。
ユニクロは、機能性を訴求する一方で、CMにタレントを起用することで、ブランドに情緒的な価値を加えている。この目的を突き詰めた先にあるのが、ラグジュアリーブランドの世界だ。
「ラグジュアリーブランドは、商品の機能性以上に『そのブランドを持つとどんな気分になるか』という情緒的・心理的な価値を大きくつくり上げています。しかし、注意すべきはその順番です。あくまで目的1が達成されたうえで追加されるものであり、この順番を間違えてラグジュアリーブランドの真似事をしても、効果は期待できません」(西口氏)
目的3:社内外の利害関係者への働きかけ
3つ目の目的は、目的1と2とは異なり、対象(Who)が顧客ではない点がポイントだ。社員や採用候補者、株主といったステークホルダーに対し、会社のパーパスやビジョンを伝え、サポーターになってもらうための活動となる。いわゆるインナーブランディングや採用、IR、PR活動がこれにあたる。これは商品の売上とは直接的な関係を持たない、まったく別の目的である。
同氏は「ブランディング活動を行う際は、まずこの3つのうちどれを目指すのかを明確に設定しなければ結果の検証はできない。目的が決まって初めて、顧客数を増やすのか、社員満足度を上げるのか、といった具体的なKPIを設定できる」と目的設定の重要性を強調した。
安易なリブランディングは危険
西口氏は次に、安易に行われがちな「リブランディング」の危険性に警鐘を鳴らす。ジュースブランド「トロピカーナ」がパッケージデザインを変更し、売上を劇的に落とした有名な失敗事例を挙げ、「リブランディングとは、既存ブランドの価値の仕組みそのものを見直すことであり、安易なデザイン変更ではない」と忠告した。
そのうえで、自身がロート製薬時代に手掛けた「メラノCC」の事例を紹介。売れ行きが芳しくなかったシミ対策商品の価値を再発掘し、パッケージと商品名を刷新したことで大ヒットブランドへと再生させた経験を語った。
「もともとのシミ対策商品について調査すると、一部のロイヤルユーザーがビタミン系の成分を強く支持していることが分かりました。そこで中身は変えずに、どこから見てもビタミンC配合であることが伝わる黄色いパッケージに刷新し名称を変更したところ、ヒットしました。これは機能としての便益が十分に伝わっていなかったということです。リブランディングを考える際は、何を達成するのか、過去の失敗事例から何を学ぶべきかを十分に検討し、3つの目的のどれを強化するのかを整理していくことが大切です」(西口氏)
未来を予測する指標「NPI(Next Purchase Intention)」
講演の終盤、西口氏はブランディングの成果を測定するための極めてシンプルかつ強力な指標として「NPI(Next Purchase Intention:次回購入意向)」を提案した。NPIは、商品やサービスに対して「次に購入したい」という顧客の意思を数値化したものだ。認知度や満足度のような過去や現在の結果指標とは異なり、ブランドの未来を予測する先行指標となり得る。
NPIを基にした「9segs」という顧客セグメンテーションで見ると、購入頻度が高く、かつNPIも高い「積極ロイヤル顧客」が増えるほど、ブランドは強くなっていくという。
実際に同氏が関わったブランドでも、NPIを指標として投資対効果を検証するようになってから、3年で売上が4倍になったスキンケアブランドなど多くの成功事例が生まれている。
「ブランド」とは、ブランディングという“手段”による“結果”
そもそも「ブランド」とは何なのか。西口氏は、フィリップ・コトラーの理論に基づき、「プロダクトを通じて提供する便益や独自性が顧客に伝わり、価値として評価され、記号(シンボル)として記憶化され、その使用が生活や習慣の一部になった状態」であると定義について説明。「重要なのは、ブランドとは“結果”であるということ。ブランディングという“手段”によって売上が上がり、健全な状態になった“結果”がブランド」と強調した。
そして同氏は、華やかな成功事例に目を奪われがちなマーケターに対し、その本質を見つめるよう、次のように強く促した。
「皆さんが憧れるグローバルトップブランドの華やかな成功理由を読む前に、ぜひ創業から10年の歴史を調べてみてください。そこには、プロダクトを生み出し、顧客価値を成立させ、それを記憶・想起させるかたちにしてきた地道な戦いの歴史があります。その歴史を学ぶことで、ブランディングが“結果”であることが腑に落ちるはずです」(西口氏)





