グーグル・クラウド・ジャパンは8月5日~6日の期間で東京ビッグサイト(東京都江東区)において「Google Cloud Next Tokyo」を開催している。2日目の基調講演ではNPBエンタープライズによるGoogle Cloudの導入事例が紹介された。

日本のプロ野球界はデータ活用の新しい時代に

日本のプロ野球界はデータ活用の新たな時代を迎えており、打球速度やボールの変化量などの詳細なデータが取得できるようになったことで、これらを試合分析や選手育成だけでなく、選手やプレーをより新しい方法でファンに楽しんでもらうことが可能になっている。

そうした状況を生み出しているのがソニーのグループ会社であるHawk-Eye Innovations(ホークアイ)のトラッキング技術だ。野球のほかにサッカーのVAR(ビデオアシスタントレフェリー)など、25以上のスポーツ競技で審判判定支援サービスを提供し、公平な競技運営を支えている。

プロ野球では各球団がそれぞれ独自にデータを取得し、試合分析や育成強化に利用する個別利用がメインだったが「データで選手の凄さ、プロ野球の凄さを伝える」をビジョンに掲げ、12球団のデータを一括管理するDMP(データマネジメントプラットフォーム)を構築することで、各球団の運用効率化とファンへの新たな価値提案を目指している。

NPBエンタープライズ 執行役員デジタル事業部長の丹羽大介氏は「ドジャースの大谷翔平選手をはじめ、日本人プレイヤーMLBで活躍している。MLBの放送を目にする機会が増える中で打球速度や飛距離、角度、ボールの回転数の変化量といった数字が報道されている。こうしたデータは選手の凄さがファンに伝わると同時に、他選手との比較や新しい楽しみ方ができる。球団はデータを選手育成や強化に活用しており、日本のプロ野球界はまさにデータ活用の新しい時代を迎えたのだと感じている」と述べた。

  • NPBエンタープライズ 執行役員デジタル事業部長の丹羽大介氏

    NPBエンタープライズ 執行役員デジタル事業部長の丹羽大介氏

ホークアイの技術が変える日本のプロ野球

ホークアイのトラッキング技術は、選手やボールの動きを高精度にデータ化でき、審判判定や、選手のパフォーマンス向上、コンディションの把握、次世代選手の育成などのコーチングを目的として活用されている。また、このデータをビジュアライゼーションすることで、これまでに見たことのないデータや角度、視点からプロ野球選手の凄さを伝えるコンテンツの提供が可能になるという。

  • ホークアイのトラッキングカメラ

    ホークアイのトラッキングカメラ

昨シーズン(2024年)には、日本野球機構を構成する全12球団の各本拠地球場へのホークアイシステムの導入が完了。ホークアイから得られる投球、打球、選手のモーション等の膨大なトラッキングデータを最大限に活用するため、NPBとソニーはGoogle Cloudを活用し、CMS(コンテンツマネジメントシステム)とDMPを開発。

CMSはホークアイで投手の球速やボールの軌道、回転数、打者の打球速度・角度、スイング速度などのデータをリアルタイムで可視化・生成し、高品質なコンテンツ制作を実現するとのこと。また、DMPは全12球団の公式戦プレーデータを一元管理し、CMSへのデータ提供を通じてコンテンツ化および活用を実現するという。

  • 投手の配球分布

    投手の配球分布

すでに7月24日に横浜スタジアムで開催され、テレビ朝日で中継した「マイナビオールスターゲーム2025 第2戦」で日本ハムファイターズの清宮幸太郎選手が放った特大ホームランの際に、映像が活用されているほか、12球団のSNSや球場の大型ビジョンでの利用を開始している。

  • ホームランの飛距離・角度・打球速度など

    ホームランの飛距離・角度・打球速度など

ソニー 執行役員の平位文淳氏は「新たな野球体験の実現のカギとなるものが高精度なトラッキング技術と、そのデータを支える強固なクラウド技術。昨シーズンに全球団にホークアイ専用のカメラ、サーバなどを設置し、膨大なトラッキングデータを活用するためにCMSと、データの一元管理に向けてDMPを開発した。これらの基盤として、熟考の末にGoogle Cloudを採用し、今シーズン(2025年)から本格的にシステムを稼動させている」と説明した。

  • ソニー 執行役員の平位文淳氏

    ソニー 執行役員の平位文淳氏

Google Cloudを選定した理由について平位氏は「すでにGoogle CloudはMLBのパートナーとしてホークアイが取得する膨大なデータを瞬時に分析し、選手、コーチ、解説者、そしてファンにリアルタイムで情報提供するシステムの基盤を構築・提供・運用している実績がある。また、膨大なデータの高速処理、試合・プレーのCGコンテンツ化、そして運用コストの最適化を実現できる技術的優位性に加え、包括的な協業関係が築けたことにある」と語った。

Google Cloudが力強く支えるシステム基盤

NPBとソニーが採用したGoogle Cloudの製品は、フルマネージド型のサーバーレス実行環境「Cloud Run」、フルマネージド型のリレーショナルデータベース「Cloud SQL」、オブジェクトストレージ「Cloud Storage」、フルマネージド型のAPI管理プラットフォーム「Apigee」、Google Kubernetes Engine(GKE)のAutopilotモードでGPUを使ったワークロードを簡単に実行できる「GKE Autopilot GPU」の5つだ。

グーグル・クラウド・ジャパン テクノロジー部門 技術部長の安原稔貴氏は「今回のプロジェクトでは、試合に合わせた処理の増減や試合の状況によるリソースの予測が難しかった。従来、このような場合にはリソースを事前に確保してもらうやり方が多いものの、コストが増大する。そのため、GKE Autopilot GPUとCloud Runを組み合わせることで既存のリソースを自動的に拡張・収縮し、人手をかけずにシステムの運用を実現できたことがポイントになる」と強調した。

  • グーグル・クラウド・ジャパン テクノロジー部門 技術部長の安原稔貴氏

    グーグル・クラウド・ジャパン テクノロジー部門 技術部長の安原稔貴氏

また、平位氏は「これらのサービスを最大限活用できたことで短期間でのサービス構築が可能になった。一例としてCGコンテンツはGKE Autopilot GPUで生成しているが、リソースの管理やスケーリングなどの利点を活用し、試合の時間帯はGPUリソースを使って大量のコンテンツを短時間で作成、試合がない日はコストを抑えることが容易になっている。また、DMPへのデータ配信用のAPIはApigeeで構築し、API開発や管理、アクセス解析、データポータルサイトの構築など開発を効率化した」と話す。

CMSとDMPの構築に際しては、将来的な開発の内製化を目指す企業や組織に向けたGoogle Cloudのプログラム「Tech Acceleration Program(TAP)」を活用。

平位氏は「単なる技術提供にとどまらず、包括的な視点からビジネスの未来をともに創造できる協力関係が築けた。こうした開発体制が大規模プロジェクトの鍵であったと確信している。また、サービス開発の早い段階から、Google Cloudの各サービス専門のエンジニアにアーキテクチャ設計や、課題解決に協力してもらい、効率よく開発を進めることができた」と振り返った。

現在では、APIを通じていつでもどこでも詳細データや自動生成されたコンテンツにアクセスできるようになっており、今後は提供媒体を増やし、放送事業者へのデータ提供も視野に入れている。また、コンシューマ向けサービス展開の検討も進めていく予定だ。