
なぜ、企業が人権を尊重しなくてはいけないのか
企業が儲けさえすれば良いという風潮は既に昔の話である。日本ではバブル期に「企業の社会的責任」(CSR)として推奨され、企業の寄付や、芸術・文化を支援するメセナが注目された。2006年からは、環境(Environment)社会(Social)ガバナンス(Governance)が企業の持続的な成長を目指すための3要素とされ、ESG投資が脚光を浴びた。
15年にはSustainable Development Goals(SDGs)が国連サミットで採択され、30年までに世界が達成すべき17の目標が掲げられた。このアジェンダには多様性(D)、公平性(E)、包摂性(I)が含まれていたが、米国のドナルド・トランプ大統領の登場により連邦政府は(DEI)を終了、マイノリティの優遇は禁止される。
人権はかように流動的である。そこで、著者は「人権」を国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に限定する。「尊重」とは「尊重される側の個人の自由にさせる」とした上で、企業の人権尊重責任は「害をなさない」ことに止まると割り切る。
著者は企業が責任を負う場合として①自ら人権侵害し、助長する場合②人権侵害が取引関係(サプライチェーン・バリューチェーン)により事業、製品、サービスと直接繋がっている場合を例示する。
本書は、国連の指導原則そのものはプリンシプルベースのソフトローであり、遵守義務を課せられた強行法規ではないとして独自のアプローチを求める。その反面、著者は欧米各国がビジネスで優位に立つためのツールとしてハードローも含めて、人権問題を活用する傾向は否定できないとも論じている。
死刑制度を存置し、男女差別が歴然として残る、人権感覚の鈍いわが国の企業が、世界中で人権侵害を回避し、助長せず、人権デューデリを行って、是正・予防・軽減することができるのか、著者の失敗例も含めて警鐘を鳴らす好著である。