
備蓄米放出で米価が下落する中、東京都議選では自民党が惨敗した。一時は「参院選での過半数維持」を楽観した与党の動揺は深い。G7での合意が期待された日米関税交渉が不発に終わる中、今度はGDP(国民総生産)比5%の防衛支出という要求が米側から示された。大統領・トランプ主導のイラン攻撃は早期の停戦合意に至ったが、中東の混迷は日本の物価高を加速させる恐れがある。参院選では与野党が給付や減税を主張し、歳出増の圧力は強まるばかり。首相の石破茂には、日本経済再興の方策が求められる。
「コメ3000円台」は実現
農相・小泉進次郎が例の高揚した表情で記者団の前に現れたのは、6月23日の午後6時前のことだ。6月9~15日の全国のスーパー約1000点店で販売されたコメ5キロ当たりの平均価格が3920円となった、との発表のためだった。
前週より256円安く、小泉は「前週比100円を超える低下は、毎週の公表を始めた令和4年(2022年)3月以来初めて」と強調。翌週も下落が続くとの見通しを示した上で「6月の中旬に3000円台半ば、という総理のお話されてきたことは達成できたということです」と胸を張った。
政局の不安定要因にさえなっていた米価に関し、備蓄米放出で下落傾向が出てきたという成果が示された。だが自民党内の喜びは薄かった。
その前日に投開票された東京都議選で、大惨敗を喫したからだ。都知事の小池百合子が「都民ファーストの会」旋風に見舞われた17年の過去最低議席である23議席を下回り、追加公認を入れてさえ、21議席にとどまった。
5月21日の小泉の農相就任後、石破内閣の支持率は上昇に転じた。自民党はコメの一大消費地・東京の選挙に小泉の応援演説は有効と見て、激戦区に集中的に投入した。さらに各種情勢調査でも自民党が都議会第1会派を維持するとの結果が示されていた。
油断した自民党を襲ったのが、この大惨敗だ。党内では「やはり甘くなかった」(中堅)、「参院選も過半数どころじゃないだろう」(衆院若手)などの動揺が広がる。都民ファーストに向かった票が、参院選では自民に戻るとみる楽観論も一部にあるが、多くは「参政党に相当持って行かれるのではないか」と疑問視している。
都議選で目立ったのが、新興勢力の台頭だ。参政党は4人擁立のうち3人が当選し、初議席を得た。陰謀論を封印し、「日本人ファースト」を掲げる右派的主張が受けた。
昨年の都知事選で2位となった石丸伸二が立ち上げた「再生の道」は、獲得議席はなかったことだけが報じられがちだが、実は42人の候補者の得票総数は40万7000票に及んだ。石丸自身の都知事選での得票166万票からは激減したが、それでも9議席を獲得した国民民主の18候補の得票36万7000票を上回る。複数候補を擁立した世田ケ谷区と杉並区では、得票を合計すると当選圏に届いていた。
立憲民主党のベテランで衆院予算委員長の安住淳は、自らのLINEアカウントで「既成政党は軒並み敗北したと言っても過言ではない」と喝破し、参政党の躍進に触れた上で「排他主義的な考えが、静かに着実に、底流で広まっていることを都議選は証明した」と指摘した。
蘇る宇野首相の記憶
その都議選、石破に応援演説の要請はほとんど入らなかった。最終日に2カ所入ったのみだ。この情景は、1989年の都議選に重なる。
4年に一度の都議選と、3年に一度の参院選は、12年に1回、連続して行われる。12年前の2013年は、前年末に発足した第2次安倍晋三政権の勢いで圧勝。その12年前の01年も4月に発足した小泉政権の8割前後に達する支持率で勝利した。そしていずれも直後の参院選で自民は大勝した。
一方、36年前の1989年当時の首相は宇野宗佑。6月23日告示の都議選の20日前に政権が発足したが、発足3日後に女性問題が発覚した。自民都連が「首相の応援演説は求めない」と機関決定するほどの不人気ぶりを示し、翌月の参院選では自民が惨敗。社会党委員長・土井たか子の「山が動いた」との言葉が歴史に残る。
2025年の参院選は1989年の再来となるのか。自民党内は、6月23日午後9時からの石破の記者会見での打ち出しに期待した。冒頭の小泉の発言から約3時間後だ。そもそもこの会見、本来は20日金曜日に行うはずだった。通常国会閉会を受けての恒例のものだ。本来の会期末は22日だが、日曜だったため、「事実上の会期末」である20日に予定されていた。
だが野党提出のガソリン税の暫定税率廃止法案が20日にハプニング的に衆院で可決されて参院に送られてしまった。参院は異例の「土曜審議」で対応することとなり、金曜夜の首相会見が流れたのだ。
日曜も参院審議が行われる可能性があり、月曜日は戦後80年の沖縄慰霊の日。翌24日にはNATO(北大西洋条約機構)首脳会議に出発する予定で、23日夜にしか日程がなかった。
ところが23日午後にはそのNATO出席を石破は中止。理由は、トランプが日韓豪首脳との会談を欠席することと、中東情勢への対応だった。政権をうまく運営し、政局を乗り切る際に最も重要とされる「カレンダー」を作れない石破政権の姿が如実になった会期末だった。
肝心の記者会見も中身が薄かった。側近たちは「よかった」と胸をなで下ろしていたが、50分に及んだ記者会見は全く話題にならなかった。
石破は国民生活改善のために「3つのアプローチで取り組む」としたが、その3つのタイトルは「今日の悩みを取り除く」「明日への不安を払拭する」「希望ある未来をつくる」。自民党内でさえ「あんなもん、政治家として当たり前のことだ」と酷評が出たほどだ。
「空文」の自民公約
この記者会見に先立つ6月19日に、自民党は参院選公約を発表した。「日本を動かす 暮らしを豊かに」を掲げ、2040年までに名目国内総生産(GDP)を今の1.5倍以上の「1000兆円」に増やし、平均所得の「5割以上アップ」を目指すと記している。途中段階として、30年度には「賃金が約100万円増加することを目指す」とした。
だが、実現に向けた方策は「成長分野に大胆に投資、全国に100カ所の企業城下町を展開」「理系学部・大学院を強化し、AI・データサイエンスエンジニア人材の育成に特化した投資を行い、競争力と成長力を高める」などで、ほぼ空文。党内の「これでは参院選を戦えない」の声は深まるばかりだ。
ちなみに自民党は安倍政権時代の13年に、政府の成長戦略の柱として1人当たり国民総所得(GNI)を150万円以上増やす計画を定めた。期限は10年後。つまり23年だ。現状、野党はここに攻撃の矛先を向けていないが、参院選期間中にここに焦点が当たった場合、さらに情勢は厳しくなる。
参院選期間中に到来するのが、トランプによる相互関税の上乗せ分の停止期限だ。相互関税は全ての国に一律に課される10%と、国別の貿易赤字額に応じた上乗せ分があり、日本は計24%。停止が延長されずに7月9日に即発動ともなれば、日本経済は大混乱。自公には大ダメージだ。
6月16日(現地時間)に石破はカナダ・カナナスキスでのG7でトランプと約30分会談したが、合意に至らなかった。石破自身が「今なお双方の認識は一致していない」「いつまでに(合意できる)ということを申し上げるのは困難」と語らざるを得ないほど、日米の距離は縮まっていない。
唯一の好材料は、日本製鉄によるUSスチールの買収完了だろう。141億ドル(約2兆円)を投じてUSスチールの普通株をすべて取得し、完全子会社化した。条件は、経営上の重要事項について通常より強い拒否権を持つ「黄金株」を、米政府が1株持つことだ。
日鉄は28年までにUSスチールに約110億ドルを投資する。日本政府は、他の日本企業による投資を促進するためにも関税撤廃が得策だと米側にアピールしている。だが、外務省関係者は「トランプは関税をかければかけるほど投資が増えると思っているフシがある」とぼやく。
関税について正統的な知識を共有しているかも危ういトランプとの交渉は至難だ。正気とは思えない発言を繰り返すことで譲歩を迫る「マッドマンセオリー」に対し、有効な対策はどの国も見つけていない。
迫る防衛費5%圧力
関税に続いて日本に迫るのは、防衛費の増額圧力だ。NATOは6月25日の首脳会議で、加盟国の防衛費を35年までにGDP比5%に引き上げる目標で合意した。この合意の直前の21日、米国はアジアの同盟国にも同様の要求を突きつけた。
米国防総省のパーネル報道官が、同様に「5%」に引き上げるべきだとの認識を示したのだ。これに先立つ20日、英フィナンシャル・タイムズは、既に日本には3.5%への増額が要求されていると報じた。政府関係者は「数字を目標にするのはナンセンス。何が防衛に必要かを積み上げていくことが重要だ」と火消しに躍起だ。
そんな日本の反応をあざ笑うかのように、中東情勢の悪化が同時進行していた。イスラエルは6月13日にイランを先制攻撃。米国はイランを批判しながら仲裁に入る姿勢を見せたと思ったら、21日に突如として核施設3カ所を空爆。地下施設攻撃用のミサイル「バンカーバスター」が実戦で初めて使用された。
「第三次世界大戦」の兆しに世界がおびえたが、急転直下の停戦合意が23日に成立し、急騰していた原油価格は一転して下落した。「12日間戦争」との別称も付き、今回の戦火は収まったかに見える。
とはいえこれは、イラン側のイスラエルに打ち込むミサイルと、イスラエル側の迎撃ミサイルがそれぞれ尽きかけていることが背景にあることは見逃せない。中東危機は今後もいつ混迷を増すか、目を離せない状況が続く。
国内外の難局を石破が切り抜けるために求められるのは、一にも二にも日本経済復興を視野に入れた政策だ。給付と減税を超える、成長戦略を示すことが石破には求められる。
(敬称略)