生成AI技術を活用したAIエージェントの社会実装を推進し、顧客体験(CX)の変革を目指すAICX(AI Customer Experience)協会は、2025年7月9日~11日の3日間、AIエージェントに特化したカンファレンス「AI Agent Day 2025 summer」をオンラインで開催し、さまざまな活用事例を紹介した。
初日の7月9日には、損害保険ジャパン DX推進部 開発推進グループ リーダー 石川隼輔氏が、「その問い合わせ対応、本当に“人”がやる必要がありますか? 損害保険ジャパンが仕掛けるAIエージェント革命」と題して、同社が2025年6月に全国の営業店や本社に向けてリリースした生成AI紹介応答システム「おしそんLLM」について説明した。
AIエージェントが注目を集めている理由
冒頭、石川氏は最近、注目が高まっている「AIエージェント」について、そもそも何なのか、なぜ注目されているのかを説明した。
石川氏は、AIエージェントをユーザーから与えられた指示に対して、自律的に問題解決やタスク実行を行うシステムと定義。生成AIがこのようなことができるようになってきた理由を3点挙げた。
1つ目の理由は、生成AI自体がこの1年間で急激に進化したためだ。
「マルチモーダルモデルと呼ばれるものが登場し、PDFなどの構造化していないドキュメントでも、そのままGeminiやChatGPTに渡して、それに対して何か質問するといったことができるようになってきました。生成AIに外部の知識を簡単に渡せるようになった点が1つの革命だったと思います」(石川氏)
2つ目は、Reasoning Model(リーズニングモデル)により、モデルそのものの考え方が進化したことだ。
「今までのモデルは、思いついたことを一から話していく感じで、途中で間違うとそのまま話が違う方向に行って答えを間違えるといったことが起きていました。Reasoning Modelは、頭の中で話すことを反すうして、状況に合っている発言なのか、問題は起きないのか、PDCAを頭の中で回してから話せるようになっています。最新の生成AIモデルはすべてこの機能が搭載されていると考えていいです。これによって、複雑な問題を生成AIに考えさせることが可能になっています」(石川氏)
3つ目は、生成AIが外部アクションを起こせるようになったことで、Googleの検索を呼ぶ、社内のデータを検索にいく、メールを送るといったことができるようになってきたことだ。
「おしそんLLM」とは
同社が6月にリリースした生成AI紹介応答システム「おしそんLLM」は、保険の代理店経由での顧客からの問い合わせに対する答えを生成するシステムだ。損害保険ジャパンが保有する膨大なマニュアルやQ&Aデータなどを学習し、照会内容に最適な回答案を自動生成する。
これまで損保ジャパンの営業店の社員は、代理店からの紹介対応に1日あたり平均53分費やしており、本社ではこれらを合計した紹介対応が年間40万件発生していたという。
損害保険ジャパンにはもともと「教えて!SOMPO」というソフトがあり、顧客や代理店の人が質問を入れると、Q&Aが見つかればアンサーを返し、見つからない場合は、約款や保険情報に関する文書を提供する仕組みを持っていた。「教えて!SOMPO」による照会は、年間67万件に上り、回答業務の効率化・負荷軽減が大きな課題となっていたという。
「検索できないと、すぐに電話をかける人もいます。教えて!SOMPOで答えが見つかるのはQ&Aがある時だけなので、Q&Aをたくさんメンテナンスしたり、作ったりする点が大変でした。質問を入力したら文章を検索して答えを作るところまでを生成AIに実行させるのが『おしそんLLM』になります」(石川氏)
「おしそんLLM」は現在、営業店担当者と本社商品部担当者の約9,000人が利用している。
「おしそんLLM」はメールシステムのような仕組みになっている。メールボックスに問い合わせが入っており、それを押して質問を確認して回答を書いていくが、メールを開いた瞬間にドラフトの回答が作成されている状態になっているという。
「回答が間違っていたら使わなければよいので、ユーザーの手間にはなりません。また、答えが間違っていても文章は使えるので、それだけで助かるというフィードバックもあります。質問に対する回答のドラフトと本当の回答がペアで分かるので、それをどんどん蓄積していくことによって、継続的に精度が向上します」(石川氏)
ただ、難しい質問には回答できていないので、同社は今後、AIエージェント化することでこの課題を解決していくという。
「おしそんLLM」が成功したポイント
「おしそんLLM」プロジェクトの成功のポイントは「スモールスタート」と、石川氏は述べた。
「スモールスタートで始めましたが、作るたびにビジネス部門の人に動きを見てもらいました。回答するためのプロンプトもビジネス部門の人とエンジニアが動くものを作りながら、少しずつ育てていくことが大事だと思っています」(石川氏)
石川氏は、「おしそんLLM」の回答精度を高めるうえで、生成AIが何を根拠に、何を考えて、どう判断してこの答えになったのかを知ることが必要だと説明した。ただ、最近のReasoning Modelでは、思考過程が見えたり、ユーザーとのやり取りの履歴も見られたりするので、こうした点も精度向上につながると考えているという。
同社は今後、「おしそんLLM」をSJ紹介エージェントに進化させることを考えている。それについて、石川氏は「一つの大きな窓口エージェントみたいなものがあり、お客様からの問い合わせはこのエージェントが受け、振り分けをいろいろやりながら学習し、必要に応じてそれぞれの専門エージェントに答えを聞きにいくといった構想で進めています。人でなくても解けるような問題はエージェントに補佐させていくことが、当社のエージェント革命と考えています」と語っていた。