SNSという新しいメディアの発展により情報配信と拡散のスピードが増し、人と社会のつながりがより大きくなり、コミュニケーションが活発化する一方でその弊害ともいうべき「誹謗中傷」の被害もまた増加している。

タレントの木村花さんやタレントの春名風花さん、お笑いタレントのスマイリーキクチさんなどが受けた痛ましい被害は記憶に新しい。政界でも2024年の兵庫県知事選挙でのデマ、中傷などが選挙結果に大きく影響したことが報じられ、一種の社会問題となっている。

弁護士ドットコム 代表取締役社長 兼CEOであり弁護士である元榮太一郎さんは、Authense法律事務所を運営し、誹謗中傷の解決に力を入れてきた。創業20周年を迎えるにあたって記念企画として「炎上・中傷シンポジウム」を開催することにした。

シンポジウムでは、同社のプロフェッショナルテック総研の首席リサーチャー 新志 有裕さんによる政治家版の誹謗中傷実態調査をもとに「データで読み解く誹謗中傷の現状」を発表。

加えて、2つのパネルディスカッションが開催された。第1部のパネルディスカッション「誹謗中傷の実態を聞く」は十代の若者に影響力を持つインフルエンサーMINAMIさんと誹謗中傷問題で活躍する弁護士の清水陽平さんが参加。第2部は、元フジテレビアナウンサーで現在タレント業を営む渡邊渚さんと自由民主党 衆議院議員 大空幸星さんらが「誹謗中傷のない社会をつくるには」というテーマの下、トークを繰り広げた。以下、シンポジウムの模様をお届けしよう。

  • 「炎上・中傷シンポジウム」

MINAMIさん、渡邉渚さんが受けた誹謗中傷とは

第1部のパネルディスカッションには、インフルエンサーのMINAMIさん、誹謗中傷に関する専門家であり法律事務所アルシエンの弁護士・清水陽平さんが登壇。弁護士.comニュース編集長 山口紗貴子さんが司会を務め、MINAMIさんが誹謗中傷の被害を報告したほか、清水弁護士が対処法や法的解釈、状況の分析などを説明した。

MINAMIさんは、小学6年生から始めたTikTokやInstagramでの活動から人気に火が付き、カラーコンタクトのイメージモデルなどを通しインフルエンサーとして活動するほか、現在YouTubeチャンネルや芸能、歌手などもこなすマルチタレント。彼女が体験した誹謗中傷は、YouTubeチャンネルを開設する際の紹介欄のコメントに対する容姿の揶揄から始まった。さらに、動画内での食事のマナーについてのコメントで誹謗中傷の内容がエスカレートし、いわゆる「炎上」状態となったという。

  • インフルエンサーのMINAMIさん

誹謗中傷は一緒に出演していた家族にまで広がり、その被害は住所をさらされる事態にまで拡大した。最終的には、殺害予告にまで発展することになった。 一方、「めざましテレビ」「もしもツアーズ」などフジテレビの人気番組を担当した元アナウンサー渡邊渚さんは、当時SNSのコメント欄での応援の書き込みがPTSDからの回復に大きな励みになっていたという。

彼女が受けた被害は、SNSでの人格否定な書き込みや根拠のない噂の書き込みとそれを信じた人たちによる書き込みだった。書き込みは徐々に過激となり、自身に対する脅迫や殺害予告、果ては家族の殺害、学生時代の友人への加害予告へとエスカレートし、包丁の写真を送り付けられるに至り、自身の身の危険を真剣に感じたとのこと。

  • 当時の状況を語る渡邉渚さん

その後、家から出るにも恐怖を感じ、行動範囲は狭められ日常生活にも影響が出始めた。嫌がらせは執拗で仕事の取引先にまで及び、契約更新が出来ない事態に発見。法的対策を取ること、警察に相談している旨を告知し、その後誹謗中傷は随分落ち着いてきたという。

その一方で、被害のエスカレートを止めるため泣く泣くコメント欄を閉じざるを得なかったとして、渡邉さんは「いつか必ずもう一度コメント欄を再開したい」と希望を語った。

誹謗中傷対策は証拠固めから、コメントの日付とURLをスクリーンキャプチャ

では、このような事態に対してどのような対策を取るのが正解なのだろうか?

ネットでの中傷・炎上など情報開示請求、損害賠償請求、刑事告訴などを専門とする法律事務所アルシエンの清水陽平弁護士が、誹謗中傷への対策について説明した。

  • 法律事務所アルシエンの清水陽平弁護士

まず、清水弁護士は誹謗中傷について「誹謗中傷という法的概念がない」と指摘。公職選挙法に一部記載があるが詳細は明確ではなく、その概念が実はあいまいであるという。そのあいまいさゆえに法的な対応が難しいところがあるというわけだ。

だが、そのような状況でもできることはある。まず、誹謗中傷の書き込みをした者を特定するためSNS事業者に開示請求をすることだ。これによりさまざまな対処が可能になる。対象者がステアカ(匿名アカウント)からの書き込みを行っていてもIPアドレスをたどることで本人を特定することが可能で、書き込みの削除や損害倍書や慰謝料を請求するための第一歩となる。そのためには重要なことは書き込みの証拠を保存することだ。

清水弁護士によれば、書き込まれた先のURLと投稿された時間(何日、何時、何分)がはっきりわかる画面のスクリーンショットをPDFファイルにすれば十分な証拠となるという。SNS各社の開示請求への対応は大きく異なっており、Instagramを運営するMetaは、開示請求に柔軟に対応してくれる一方、X(旧Twitter)は対応が遅く開示されるまで2カ月ぐらいかかるという。「プロバイダーのログの保存期間は3カ月しかないので、対応もギリギリになってしまう」と、清水弁護士は厳しい現状を語った。

  • 開示請求のための証拠収集の精神的負担を語る渡邊渚さん

加えて、開示請求のための証拠収集は常に不快なコメント欄を監視して、証拠として保存しなければならないため、時間的・精神的負担が大きい。この作業について、渡邊さんは「自分が見ていやなものを自らチェックして、それを保存する作業は、個人的に非常につらい作業だった」と自身の体験を語った。

清水弁護士は相談者への助言として、「被害者は精神的に追い詰められてしまうことが多いので1人で悩まない。身近な人に相談することで心にゆとりができる」として、近親者へ相談が重要と述べた。

誰も加害者になりうる、過半数が誹謗中傷と認識せずに投稿

このように2人を苦しめてきた誹謗中傷の加害者たちはどのような人たちなのだろうか? プロフェッショナルテック総研の首席リサーチャー 新志有裕さんが、調査データから加害者の人間像を公開した。

  • プロフェッショナルテック総研 首席リサーチャー 新志有裕さん

プロフェッショナルテック総研は2024年12月11日から25日にかけて、弁護士ドットコムの一般会員を対象にWebアンケートを実施し、1,329名より回答が得られた。その内容は、「誹謗中傷加害経験の実態調査:2024年版」(https://www.bengo4.com/corporate/news/article/k5mz4nbhm/)、「誹誇中傷被害経験の実態調査:2024年版」(https://www.bengo4.com/corporate/news/article/z-maymjh5/)として公開されている。

同調査によれば、1329人中約100人にあたる7%が誹謗中傷をしたことが「ある」と回答。「ある」と回答した人の52.7%「自分の投稿が誹謗中傷と認識していなかった」と答えた。

  • 52.7%が誹謗中傷していたことを認識していなかった

誹謗中傷の動機は、「イライラする感情を発散したかったから」が36.6%、「嫌がらせをしたかったから」が15.1%と、大方の予想と違い正義感により行われた書き込みは7.5%と少なく、過半数は衝動的な感情で誹謗中傷していることがわかった。

清水弁護士も自身の経験より「一見、正義感からコメントをしている人が多いように感じられるが、現実は特に深くは考えず、衝動的な感情のもと書き込みしている傾向が強い」と語った。

悪意をもったコメントもあるが、ちょっと不快に思ったからコメントしたといった軽い気持ちからの書き込みや、感想を何も考えずに入力したといったケースがほとんどだという。これにはいわゆる「割れ窓理論」も関係しており、荒廃、炎上しているサイトなら誹謗中傷コメントをしても問題ないという意識が働いてしまうことも結構あるのではとのことだ。

  • 誹謗中傷の投稿をした動機は次のどれにあてはまりますか?

誹謗中傷に対する政府の対応と情報流通プラットフォーム対処法とは

このような誹謗中傷に対し、日本政府はどのような対策を講じてきたのだろうか。2024年10月第50回衆議院総選挙で自民党より初当選した衆議院議員の大空幸星さんが、日本政府が行ってきた誹謗中傷に対する法改正と現状について説明した。

  • 衆議院議員 大空幸星さん

現在、開示請求は裁判所がSNS事業者にプロバイダー情報の提供を命令し、次にプロバイダーに開示命令をするという2つの裁判手続きが必要だ。大空議員によると、それぞれ早くて3~4カ月、通常6~8カ月ぐらいかかり短縮も難しいという。だが、一部のSNS事業者は電話番号を保持しているので、それを開示できれば2カ月以内に対応できる。「すべての事業者が電話番号情報を登録していればより迅速な手続きにつながる」と同氏は語っていた。

  • 発信者情報開示請求の流れ

被害者側としては、ネットで根も葉もない噂を広げられないようにデマなどの書き込みはできるだけ早く削除したい。そのためにはできるだけ早く情報の開示をしてほしい。そこでクローズアップされるのが情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)だ。

同法はSNS事業者に対して削除申し立てへの迅速な対応と運用状況の透明化を義務付ける法律で、2025年4月1日に施行された。これにより大規模SNS事業者は削除の申し立てに対して原則7日以内に対応すること、削除規定の公開、運用状況の公表などを行わなければならなくなるなど、かなり踏み込んだ内容となっている。

大空議員は誹謗中傷の加害者サイドの認識の変革も重要と指摘した。同氏がNPT活動で相談窓口の対応をしたとき、被害者だけでなく、加害者側も自身が加害行為についてどのように対応するべきかについての問い合わせが多くあったという。

加害者には明確な意識をもってそれを行った人と、もしかすると自分のコメントが誹謗中傷と受け取られてしまったかもしれないと感じている人、自分が誹謗中傷したという認識のない人が存在している。そのような人に対しても情プラ法の削除基準の開示は有効で、何が誹謗中傷にあたるかをはっきりさせることで、何を書き込んではいけないかユーザーははっきり分かるようになるとのことだ。

だが、削除基準の明確化は本当に可能なのだろうか。清水弁護士は懐疑的であり、「言葉というものは単語で切り取るのではなく、文脈で意味が違ってくることは多く、前後の文脈や人間関係を考慮に入れなければ、厳密な意味での誹謗中傷の明確化にはつながらない」と主張。特に、意見や感想についての半田はさらに難しくなると語った。

これに対して大空議員は、前後の文脈や過去の発言などをAIに学習させることで特定可能になると回答。事例として、NECが災害発生時のSNS情報から正誤確認を行うソリューションを開発したことを紹介し、同様の技術を活用することで対処可能になると語った。

誹謗中傷のない社会を作るにはどうすればよいのか

誹謗中傷はメディアの報道が引き金になることも多い。渡邊さんは、誹謗中傷が多かった媒体としてYahoo!ニュースのコメント欄について言及。「ニュースメディアの運営するコメント欄での誹謗中傷は、まるでメディアが情報を自ら拡散しているように見えた」と疑問を呈した。

メディアが誹謗中傷の舞台になっていることについて、弁護士ドットコムニュースの編集長山口紗貴子さんは、ニュースメディアのコメント欄は荒れがちであり、そういった傾向が強く表れやすい場所となっていること認め、それについては日々葛藤があると述べた。

  • 弁護士ドットコムニュースの編集長山口紗貴子さん

山口氏はプラットフォーム側での対処が望ましいと語り、炎上や誹謗中傷があった場合、積極的にコメントを閉じてしまうことで防止できると主張した。清水弁護士は「Yahoo!ニュースなどの有名なニュースメディアのコメント欄は荒れることが多かったが、最近は電話番号の登録が必要となったことで比較的穏やかになっており、コメント欄も積極的に閉じる傾向にある」と新法の影響により事態が好転していることを紹介した。

大空議員は、プラットフォーム側に削除規定を明確していくように要請することを強く主張し、党に提言として挙げていると述べた。外資系企業が多くを占めるSNSプラットフォームが国内で営利展開をしている状況はある意味異常であり、このような環境では、プラットフォーム側でも社会的責任を積極的に果たす努力が必要だと主張した。同氏は、センセーショナルな有害情報が放置されるXなどの現状に言及し、「過激な情報に経済的利益が発生し、その情報の拡散がまた利益となる、そういった利益構造が確立されている」と非難し、SNS事業者には社会的責任をきっちり果たしてもらいたいと語った。

清水弁護士も、EUでは「デジタルサービス法(DSA)」が制定され対処が進んでおり、その一方で日本ではまだ対策が進んでいないことに言及。同氏は日本政府のSNS事業者に対する影響力が低いことを指摘しながらも、「EUなどのように制裁金がかけられない現状も考慮入れつつ、政府には頑張ってもらいたい」とエールを送った。

また、自覚がない加害者は有名人に対して何をいってもいいと考える傾向があり、意識の変革も必要だ。渡邊さんは「面と向かって言えないことがSNSなら許されるということはない。自分が言われては嫌なことは、他人に言ってはいけないという基本原理はSNSでも同じだということを理解してほしい」と語った。そして、SNSで誹謗中傷に苦しむ人に対して「10の応援コメントより、1つの批判コメントに心が囚われてしまうときがある。だがそれはネットの世界の一部で世界のすべてではない。自分が生きる道はそこだけじゃないから、気にしなくていい」と励ましのコメントを送った。

  • 誹謗中傷の被害にあう人々に励ましの言葉を送る渡邊さん

しかし、大空議員のケースは複雑だ。政治家はSNSだけでなく街頭演説などで面と向かって誹謗中傷されることが多い。同氏は、「与党の立場から政権への意見は、誹謗中傷だろうと真摯に向かい合わねばならない」と語り、どんなひどい内容でも法的な措置を取ることはないと自身の考えを述べた。また、社会的影響力がある人物の意見を封殺するような雰囲気を作り上げてしまうことも避けたいと言及、その矛盾する内容を含めて誹謗中傷のない社会を作り上げていければと自身のこの問題に対する理念を熱く語った。

  • 意見を交える大空議員と清水弁護士

誹謗中傷の予防線として、新サービスを提供

2005年に創業し、今年で20周年を迎える弁護士ドットコム。元榮氏は、2000年代前半の法的サポートが必要な人々の内20%しかサービスを受けられていないという「2割司法」という言葉が蔓延していた当時の日本で、弁護士をより身近なものにしたいと志し、たった1人で自宅開業した思いを述懐した。そして20周年を迎える今年だが、あらためて道半ばと現状を語った。

  • 弁護士ドットコム の代表取締役社長 兼CEO 元榮太一郎さん

同社は、イベントを開催するだけでなく、誹謗中傷の予防線として、新サービス「AI炎上チェッカー」を7月4日にリリースした。同アプリは、SNSなどのサービスでテキスト入力する際、誹謗中傷などがないかAIがチェックしてくれるもの。具体的には、投稿前の下書き状態で入力した内容をチェックすると、内容を攻撃性、差別性、誤解を招く表現の3つの観点より、その内容を5段階で評価し、理由も表示。最後に、文章が適切かどうかを評価してくれる。

元榮氏は、「AI炎上チェッカー」を利用することで無意識に感情に任せて危険なコメントをすることを避けることができるようになるとコメント。同サービスは、一般人が簡単に弁護士サービスを利用できるようにするため初期に無料で提供してきた奉仕の精神に則り、無料で提供するという。

誹謗中傷に関わる法的問題は、言論の自由に影響を及ぼす要因として多くの議論が交わされてきた。最近は、名誉棄損罪や侮辱罪の厳罰化など社会情勢に対応して、求められる対応も変化してきた。そして、SNSという拡散力の強いメディアの登場により、新たな規制が求められるようになっている。新たな立法は言論の自由とのバランスを踏まえ、十分な議論の下で進められる必要があるが、やはりプラットフォーム企業との十分な話し合いも重要だ。今後の政府の活動に期待したい。