『iPS細胞』生みの親・山中伸弥教授へ寄付、ユニクロ・柳井正「50億円寄付」の波紋

〝マイiPS細胞〟は 究極の免疫拒絶の回避方法

「患者さんご自身のiPS細胞を提供できる非常にチャレンジングな事業。患者さんに最適なiPS細胞を良心的な価格で届けるという使命を達成するため、一生懸命精進したい」

 こう語るのは、公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団理事長の山中伸弥氏。

 大阪市内に再生医療の新たな製造拠点『Yanai my iPS 製作所』が誕生した。患者自身の血液からiPS細胞を製造するための施設で、5月に近畿厚生局長より、臨床研究用の細胞製造施設としての許可を取得。6月20日に開所式が開かれた。

 実はこの施設、カジュアル衣料品店『ユニクロ』を手掛けるファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏が、個人で寄付をしていることから柳井氏の名前が付いている。柳井氏は今回のプロジェクトに対し、年間5億円で9年間、総額45億円を寄付。施設の総工費約15億円は、この寄付金から賄われている。

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 その柳井氏は「自分の血液からiPS細胞ができるというのは画期的なことだと思い、支援させていただいて良かったという感覚をより強く持てるようになった。夢が膨らむプロジェクトだ」と期待を寄せた。

 再生医療とは、細胞や組織の再生能力や治癒能力を応用し、障害のある組織や臓器を修復する新しい医療。これまで治療が難しかった疾病や外傷を治癒することを目的としている。中でも、山中氏が開発したiPS細胞は「人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)」と言い、頭文字を取ってiPS細胞と呼ばれている。

 山中氏は2006年に、マウスの皮膚細胞からiPS細胞の作製に世界で初めて成功。翌07年にはヒトの皮膚細胞からの作製にも成功した。この功績によって、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。

「マウスのiPS細胞の作製から来年でちょうど20年になる。当初から基礎研究の成果を患者さんに届けるまで20年、30年かかると覚悟して始めてきた。これからが本番。今後、症例数を重ねて、国の承認を得ていかなければならない」(山中氏)

 今回、山中氏が挑むのが「マイiPS細胞」。その特徴の一つが、自分自身(自家)の細胞から作製できること。マイiPS細胞は自家細胞であることから、拒絶反応のリスクを最小化することができると期待されている。

「マイiPS細胞は究極の免疫拒絶の回避方法。実際にマイiPS細胞ができ、ビジネスとして成立しうるところまで実証していき、多くの企業に使ってもらいたい」(山中氏)

 今回のプロジェクトでは、「閉鎖型」と呼ばれる自動培養装置を使って、iPS細胞を自動製造し、製造コストを抑えることを目指して研究開発を進めている。目標は2028年度内の臨床試験開始だ。

 現状、手作業で製造されているiPS細胞は、1製造あたりのコストが5000万円、製造期間も半年ほどかかってしまう。これを工程を自動化することにより、将来的には製造期間を短縮し、コストも100万円程度で提供できるような体制を目指す。

「当財団のミッションは最適なiPS細胞技術を良心的な価格で提供すること。京都大学をはじめとするアカデミアの研究機関、製薬企業など産業界の間を橋渡しすることが非常に大切だ。『Yanai my iPS 製作所』の開設はまさにスタート。ここでつくるマイiPS細胞を、日本だけでなく世界で使ってもらえるようにしたい」(山中氏)

社会の役に立たないと 事業は繫栄しない

 今回のプロジェクトの発端となった寄付。柳井氏は2020年に、山中氏同様、ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑氏の2氏にそれぞれ50億円ずつ、合計100億円を寄付している。本庶氏はがんの研究に、山中氏はiPS細胞の研究に寄付金を役立てるとしていた。

 ただ、2020年に世界的に新型コロナウイルス感染症が拡大したため、山中氏は初年度の5億円は新型コロナの研究に充てた。今回の『Yanai my iPS 製作所』設立やiPS細胞の研究に充てる寄付金が45億円というのは、こうした経緯がある。

 近年、柳井氏は2氏の他、母校・早稲田大学の『早稲田大学国際文学館(通称:村上春樹ライブラリー)』の建設費用約12億円や、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の人文科学部に3100万ドル(約45億円)寄付している。

 米国では2045年までに2000億ドル(約30兆円)を寄付すると発表したマイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏のように、ある程度の成功を収めた企業家がいろいろな分野へ寄付する文化が根付いているが、日本ではあまり馴染みがない。

「事業というのは社会の役に立たないと繫栄しない。特に海外で事業を行う場合、お金儲けだけして、社会貢献しない企業は受け入れられない。iPS細胞のような新しい治療や発見が今からどんどん出てくると思うが、企業や篤志家の寄付がもっと研究に使われないと、未来への投資という意味では、国や行政だけの資金では回っていかないと思う」(柳井氏)

 そうした中での、今回のiPS細胞の研究。現在はパーキンソン病や心臓病、目の網膜や角膜の疾患などへの応用が期待されており、世界中で研究開発が進む。それでも、世界でiPS細胞を使った医薬品が実用化の承認を得た事例はまだ出ていない。

 山中氏のノーベル賞受賞から13年、世界中で新たな医療分野への挑戦が始まる中で、経済人の使命と役割とは何なのか。改めて考えさせられる今回の柳井氏の寄付である。

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