早稲田大学、東京都市大学、TISインテックグループのTIS、岡山理科大学、工学院大学は7月9日、ビデオ通話やVR(Virtual Reality:仮想現実)などのオンラインコミュニケーションが普及する現状をふまえ、対面、ビデオ通話、リアルアバター、非リアルアバターの4つのコミュニケーションメディアに対し、人間関係を築く際に中心的役割を果たす「自己開示」について定量的な測定を実施した結果を発表した。

検証の背景

教育や仕事などのさまざまな場面において、オンラインでのコミュニケーションが普及している。人間関係の構築や維持に不可欠とされる自己開示が、オンラインとリアルのコミュニケーションで異なるのかを理解することは、新たなコミュニケーションツールを考える上で重要となる。

そこで、早稲田大学人間科学学術院教授の市野順子氏、TIS テクノロジー&イノベーション本部セクションチーフの井出将弘氏、岡山理科大学経営学部教授の横山ひとみ氏、工学院大学情報学部准教授の淺野裕俊氏、東京都市大学メディア情報学部教授の宮地英生氏、同学部教授の岡部大介氏らの研究グループは、対面、ビデオ通話、本人に似ているリアルアバター、本人に似ていない非リアルアバターの4つのコミュニケーションメディアを介した対話を比較した。

具体的には、ビデオ通話やバーチャルはリアルと比べてどの程度自己開示が促されるか、また、性別の組み合わせはこれにどのように影響するかを調査した。

検証の概要

今回の研究では、72ペア(144人)の参加者を対象に、対面、ビデオ通話、本人に似ているリアルアバター、本人に似ていない非リアルアバターの4つのコミュニケーションメディアのいずれか一つを用いて、「記憶から消してしまいたい出来事」など個人的な話題についてペアで対話する実験を実施した。

参加者の自己開示の程度を、言語行動、非言語行動、生理的反応、参加者自身の認識(アンケート)など、複数の観点から定量的に評価。それらのうち、言語行動と参加者の認識の結果が示された。

  • 4つのコミュニケーションメディア。プライバシー保護のためぼかし加工済み

    4つのコミュニケーションメディア。プライバシー保護のためぼかし加工済み

バーチャルはリアルより個人的な感情の開示の程度が高い

発話ごとに情報、思考、感情の3つのカテゴリについて自己開示のレベルを評定し、自己開示のスコアを求めた。その結果、開示されにくいカテゴリになるほど両者の差は開き、統計的な有意差が見られたのは不安、不満、憂鬱、恥、恐怖といった感情のカテゴリだった。一方、ビデオ通話はリアルと大きな違いは見られなかった。

また、対話相手にどの程度自己開示できたか参加者の認識と、対話相手どの程度自己開示できそうかという将来に対する認識についても、複数のアンケートを用いて測定。その結果、いずれのアンケートでも、コミュニケーションメディア間で大きな違いは見られなかった。

参加者の認識による主観的データと、言語行動の結果による客観的データを照らし合わせると、バーチャル空間では、人は特別な意識を払うことなく自己開示を行える可能性が示唆された。

  • 自己開示のスコア(コミュニケーションメディア間の比較)

    自己開示のスコア(コミュニケーションメディア間の比較)

  • 対話相手にどの程度自己開示できたかなどについてのアンケート(コミュニケーションメディア間の比較)

    対話相手にどの程度自己開示できたかなどについてのアンケート(コミュニケーションメディア間の比較)

  • 対話相手に将来どの程度自己開示できそうかについてのアンケート(コミュニケーションメディア間の比較)

    対話相手に将来どの程度自己開示できそうかについてのアンケート(コミュニケーションメディア間の比較)

自己開示の程度が最も高い性別の組み合わせは女性同士

自己開示のスコアを求めた結果、女性同士、異性同士、男性同士の順にスコアが高く、本人の外見、性格、経験、家族といった情報のカテゴリの開示でその傾向が顕著であった。これらの結果は、リアルでの対話を調査した多くの社会心理学の知見と一致する。

参加者の認識を複数のアンケートで測定した結果、ほぼすべての項目で、最も高い評定値を示したのは女性同士であった。一方で最も低い評定値を示したのは、男性同士ではなく女性から男性への情報開示だった。

この結果から、参加者の認識の結果による主観的データと、言語行動の結果による客観的データは必ずしも一致せず、女性は男性との対話において心理的には警戒しているものの、その警戒心は自己開示行動に必ずしも反映されないことがうかがえる。

  • 自己開示のスコア(性別組み合わせ間の比較)

    自己開示のスコア(性別組み合わせ間の比較)

  • 対話相手にどの程度自己開示できたかなどについてのアンケート(性別組み合わせ間の比較)

    対話相手にどの程度自己開示できたかなどについてのアンケート(性別組み合わせ間の比較)

  • 対話相手に将来どの程度自己開示できそうかについてのアンケート(性別組み合わせ間の比較)

    対話相手に将来どの程度自己開示できそうかについてのアンケート(性別組み合わせ間の比較)

研究の結果と社会への影響

研究の結果、自己開示の程度はリアルよりもバーチャルで、特に非リアルアバターの場合に統計的に有意に高く、ビデオ通話とリアルとの間には大きな違いがないことが明らかになった。また、性別の組み合わせも自己開示に影響を与え、コミュニケーションメディアを問わず、最も自己開示の程度が高いのは女性同士の組み合わせであることが明らかになった。

バーチャルはリアルと比べて個人的な感情に関する自己開示が促されるという結果から、感情表出に関連するさまざまなVRサービスへの発展的な適用が期待される。自己開示は心の健康に深く関わる要素であり、その支援に対する需要は今後も高まると予想される。

うつ病・認知症・がん・適応障害・不安障害などの患者や、さまざまな心の症状を持つクライアントがセラピストと対話するカウンセリングや心理療法を提供するサービスや、認知症や寝たきりの高齢者を介護する人々のためのケアギバーカフェ、体調や人間関係に関する不安や悩みを聴いてくれるストレス解消サービスなどへの適用も期待できる。

さらに、バーチャル空間では特別な意識を払うことなく自己開示が行える可能性が示唆されたことから、上司が部下の悩みや不安を引き出したい1on1ミーティングなど、他者の率直な思考や感情を理解したい場面でも有用である可能性がある。