今年、「AI元年」ののろしを上げたアイウェアを提供するジンズ(JINS)。同社は、6月25日・26日に開催されたアマゾン ウェブ サービス(AWS)ジャパンの年次イベント「AWS Summit Japan」で、「アイウエア接客の未来を拓く〜生成AIで進化するあたらしい店舗体験への挑戦~」というタイトルの下、講演を行った。
あわせてJINSは6月25日、自社開発の生成AIサービス「JINS AI」の実証実験を本格化することを発表。
講演を行ったジンズホールディングス AI 推進室 常務執行役員 松田真一郎 氏、ジンズ AI 推進室 プロダクトマネジャー 黒尾玲奈氏に直接話を伺ったので、「JINS AI」を中心に、同社のAI活用についてお伝えしたい。
CEOの陣頭の下、AIプロジェクトが始動
両氏が所属しているAI推進室は「AIは経営に直結する」との判断から、デジタル部門の傘下ではなく、社長の直下に置かれている。その背景について、松田氏は次のように説明した。
「私たちはAIが時代を変えていく波であり、だからこそ、AIにおいて先端を走っている必要があると考えています。執行役員としてAIにどうコミットするかを吟味したところ、チャレンジしなければならないとわかっていることを先伸ばしにするのはよくないという判断に至り、執行役員全員一致でAI推進室を新設することに決まりました。お客様向けのサービスは一番難しい領域ですが、チャレンジすることにしました」
2024年11月にAI推進室が立ち上がり、2025年1月、CEOの田中仁氏が「2025年はAI元年」と宣言した。
AI推進室のメンバーは公募で決まった。黒尾氏は「JINSとして新しい顧客体験を提供したい」「自身のキャリアをアップしたい」という考えから、AI推進室に応募したそうだ。社内公募で決まったメンバーは3名と、AI推進室はスモールスタートで活動を開始した。
顧客の3つの「わからない」をAIで解決
そしてCEOと共に、AIによって、お客様がメガネを購入する際に抱く3つの「わからない」を解決することを決めたという。3つの「わからない」とは、「いつ買っていいかわからない」「メガネの買い方がわからない」「自分に合ったメガネがわからない」だ。いずれも、メガネを買ったことがある人なら、納得する課題だろう。
AIを活用することで、メガネ購入のきっかけを作り、来店した際は、顧客に適した方法での接客を実施し、目的にピッタリなフレームやレンズを提案するなど、一連のメガネの購買体験に寄り添うことを狙う。
こうした背景の下で開発されたサービスが「JINS AI」だ。同サービスは、生成AIを活用した多言語対応の対話型接客サービス。顧客の「わからない」が集中している「フレーム、レンズ選び」の支援にフォーカスしている。顧客がスマホアプリで入力したメガネ購入に関する疑問や悩みに対し、店舗スタッフの接客のように、瞬時に回答や提案を行う。
「JINS AI」では、画像で類似のメガネを検索可能であり、提案は3商品ずつカードで表示する。会話を続けやすいよう、質問のサジェスト機能も備えている。多言語でも回答可能であり、一般的な英語や中国語以外の言語にも対応している。
JINSはインバウンドの顧客の来店が多いことから、「JINS AI」には多言語に対応することで、彼らの接客を行うというミッションもあった。
「JINS AI」は今年1月に企画が立ち上がり、3月に実証を行った後、4月から店舗での実証実験を開始した。今年6月で現在のフェーズが終わるという。 これまで、「JINS AI」は浅草や銀座を含む全国10店舗で展開してきたが、このたび、実証実験店舗の拡大が発表された。
生成AIサービス開発におけるハードルと工夫
「JINS AI」は、AWSの生成AIサービス「Amazon Bedrock」を活用して開発された。「Amazon Bedrock」で提供されている最新のモデルを使っており、「Amazon Bedrock」に意図判断を付加しているという。また、「Amazon OpenSearch Service」によってRAGを構築し、商品データや接客マニュアルと連携した回答を実現している。
黒尾氏は、「エンドユーザーであるお客様向けの生成AIサービス、事業会社が開発したサービスは少ないです」と述べ、次の5つの点で工夫を凝らしたと語った。
ブランド方針に合わせたAIの人格設定
黒尾氏は「メガネ販売の接客には、信頼や安心感が求められます」と述べ、ブランドイメージをAIの人格として、チューニングを行っていると説明した。
また、「Honest」というJINSのブランドイメージを棄損しない、AIのトンマナや言葉遣いのガイドラインを詳細に決めたという。
応答精度を上げる
ユーザーの意図を判断して的確な答えを出すことは難しいが、快適に使ってもらうため、応答精度を上げることに取り組んだ。エンドユーザーを対象としたサービスではユーザーの利便性を損なわないことが求められるので、重要な施策と言える。
具体的には、エージェンティックワークフローを構築した。1つのノードにいろんな情報を挟むと精度が下がる可能性があることから、ノードを分割して精度を担保したそうだ。
RAGについては、クエリ書き換え、検索範囲最適化、リランキングという3工程を追加することで、精度の向上を図った。
意図しない内容を生成しない
生成AIを活用する上で、意図しない回答の生成を防ぐことも重要だ。顧客を対象としたサービスでは、一層注意が必要と言える。「JINS AI」においては、入力バリデーションを定義し、LLMへのプロンプトチューニングを軸とした対策を実施している。
また、データをクリーンに保つことにも最大の注意を払っている。「個人情報が含まれる可能性があるので、最終的には目視で確認しています」と黒尾氏は話した。
ガバナンスの確保
生成AIには、不適切な出力や不快にさせる出力を行う可能性がある。また、対話の中で個人情報を取得してしまう可能性もある。
こうしたレピュテーションリスクや個人情報取り扱いにおけるリスクへの対応として、利用規約を作成して同意を得たという。
どうやったら使ってもらえるか
最後の課題は、「いかにして使ってもらう」かだ。どんなによいサービスも使ってもらえなければ、意味がない。
黒尾氏は「いろいろなデジタルサービスを展開してきましたが、ただ、サービスのQRコードを置くだけでは使ってもらえません」と語った。
そこで、利用シーンを想定したツールデザインを採用するとともに、対象ユーザーやシーンに店員から声がけで案内し、店内各所にツールを設置したという。
顧客にサービスをローンチする上での判断基準
一言で生成AIサービスといっても、社内向けのサービスと顧客向けのサービスでは気の遣いようが違うだろう。状況によっては、顧客を便利にするどころか、顧客を失うことにもなりかねない。
黒尾氏は、「JINS AI」をローンチしたポイントを紹介した。15名の社内検証を通じて、「ずれた回答をしないこと」をテストした結果、課題はあるものの、最低限必要な応対がクリアできることを確認したという。また、顧客を不快にする、間違っているといった「意図しない内容を生成・回答しないこと」の確認も行われた。
最終的には、プロジェクトオーナーである社長の判断により、試験導入開始が決まった。
実証では、インバウンドの顧客、1人で来店中の顧客を中心に活用してもらった。多言語のユーザーに母国語で接客できる点で、スタッフからも好評だったという。
利用の傾向としては、想定通り、フレームやレンズの購買に役立てるための質問が多く、約2割が購買に向かっているようなやり取りが見られたとのことだ。
顧客に喜んでもらうために、AIがスタッフをサポート
先に述べたように、実証実験は今年6月をもって第1フェーズが終わる。次のフェーズは顧客の同意を得たうえで、一人一人に合ったメガネのレコメンデーションにチャレンジする。PoCを実施したうえで、サービスを改善していく。第2フェーズで問題がないことを確認出来たら、正式提供を開始するそうだ。
松田氏は、「JINS AI」について、「現在は新人スタッフのレベルですが、今後、改良を重ねて、どこに出しても恥ずかしくない、最上位レベルのスタッフを作り上げたいです」と語った。
そして、「グローバルNO.1の顧客体験」を作ることを目指す。しかし、「JINS AIは店舗のスタッフを置き換えるものではありません」と松田氏はいう。
「JINS AIがスタッフをサポートすると、スタッフが笑顔になる。その結果、お客様が喜んでくださる。そんな世界を目指しています」と松田氏。
人しかできない接客を実現するために、AIがサポートする。人と人が触れ合う店舗における顧客体験だからこそ、AIが活躍する場があるように思う。