
通常国会の会期末を控えて永田町に衆院解散風が吹いた。衆院の議席が過半数に届かない「少数与党」を率いる首相(自民党総裁)の石破茂が「伝家の宝刀」を抜く素振りを見せると、野党側にも主戦論が強まった。7月20日に投開票が予定される参院選に合わせた衆参ダブル選挙も睨んだ神経戦。だが、それは物価高に苦しむ国民の姿はなく財源論なきバラマキ政策などの党利党略の駆け引きに写った。解散風はやんだものの、衆参ダブル選挙になるにせよ、ならないにせよ、いよいよ与野党ともに国民目線に立った本格的な議論を戦わせることが重要になる。
突然の解散風
通常国会の会期末(6月22日)まで3週間を切った6月上旬。永田町にある参院選情勢が駆け巡った。
自民党単独で参院過半数125議席に届かないが、連立を組む公明党と合わせれば10議席は上回る─。そんな情報は自民党が5月中旬に実施した情勢調査の結果だという。
参院の定数は248議席で、今夏は半分の124議席が改選される。そのうち自民党が52議席をもっており、公明党は14議席。情勢では、自公両党とも数議席を減らすものの、合わせて60議席前後を確保。非改選議席の75を足すと、参院で過半数の125議席を維持できるというのだ。
4月中旬の情勢調査では過半数に辛うじて届くとの結果だったとされ、与党に追い風が吹いていると分析された。
そうした背景もあって吹き始めたのが解散風だった。5月21日、「コメを買ったことがない」などの失言で農相を辞任した江藤拓の後任に元環境相の小泉進次郎が就き、コメ高騰対策を矢継ぎ早に取り組んだことも拍車をかけた。
小泉は「備蓄米は5キロ2000円で店頭に並べたい」とし、従来の「一般競争入札」方式を転換して、スーパーなどの小売業者との「随意契約」方式に転換。6月に入ると銘柄米に比べて大幅に安い5キロ2000円程度の備蓄米が店頭に並んだ。
小泉の対応は国民の好感を呼び、下落傾向にあった石破内閣の支持率は微増する。TBSの世論調査(5月31日~6月1日実施)では前回調査から1.3ポイント上昇の34.6%となった。テレビ朝日の調査(6月7~8日実施)でも34.4%となり、前月比で6.8ポイントも増加した。
参院選に合わせて衆院選を7月8日に公示し、7月20日投開票で衆参ダブル選挙─。そんな選挙日程がまことしやかに囁かれた。
そうした中で、実際に衆参ダブル選挙の可能性を口にしたのが、日本維新の会共同代表・前原誠司だった。
前原は6月5日の記者会見で、石破が首相になってから2人で何度か会ったことを明らかにした上で、「首相は一貫して『内閣不信任決議案が出れば解散する』と言っていた。そこはぶれていないだろう」と〝暴露〟したのだ。
通常国会終盤に野党が内閣不信任決議案を提出するのは恒例行事といえる。過去10年を振り返っても、提出しなかったのは第4次安倍晋三内閣時代の2020年くらいだ。23年、24年は通常国会だけでなく、秋の臨時国会でも野党が提出している。
内閣不信任決議案は否決されるのも恒例だが、石破政権は衆院で過半数をもたない「少数与党」のため、今回は野党が結束すれば可決することができる。可決されれば10日以内に内閣総辞職か衆院解散をしなければならない。
そのため、自民党内からも「そういう事態に陥ったら、これは国民に堂々と信を問うべきだ。それが基本ではないか」(総務会長の鈴木俊一)といった見方のほか、「内閣不信任決議案が提出された段階で衆院解散も選択肢として十分にある」などの声が相次いだ。
主戦論と慎重論
もっとも、国会終盤で大きな混乱を避けるため「野党を牽制するブラフ」(与党中堅)との見方もあった。立憲民主党など野党にとっては、衆院選の準備はおろか、政権を担当する態勢も整っていない中で、可決が現実味を帯びる決議案の提出は、どうしても慎重にならざるを得なかった。
内閣不信任決議案の提出には衆院議員51人以上の賛同者が必要なため、野党の中で唯一、単独で51議席以上を持つ立憲民主党の対応が注目された。
立憲民主党衆院議員の小沢一郎は「野党は衆院解散・総選挙を喜ばなければならない。政権をとるチャンスだから。(決議案を)出すべきだし、出してケジメを付ける。通るかもしれないときにやらないなんて馬鹿じゃないか」と主戦論を展開。別の議員も「出さなければ石破内閣を信任することになり、参院選を前に対決姿勢がとれない」と主張した。
その一方で、「勝算があるわけでもないのに、あえて衆院解散の引き金を引く必要はない」「米国と関税交渉を進めている最中に衆参ダブル選挙を行うのは国益を損なう」などの慎重論も根強かった。
賛否の板挟みになりながら、立憲民主党代表の野田佳彦は「国難の状況で(内閣総辞職や衆院解散による)政治空白を作らせることが責任ある態度かどうか」と慎重に見極める構えを強調。「適時適切に総合的に判断する」と繰り返し、腹のうちを明かさなかった。
揃わない足並み
かつて前原は「クビは取れるときに取りにいかなければ、取ることはできない」などと内閣不信任決議案を提出し、石破政権を追い込むべきだとのスタンスをとってきた。
国民民主党代表の玉木雄一郎も内閣不信任決議案を巡る対応について「政治、経済状況を踏まえて総合的に判断する。基本的には厳しい姿勢で臨む」と語るなど、提出された場合は賛成することを示唆していた。
ところが、衆院解散風が強まるとトーンダウンした。前原は「出すと決めることができるのは野党第一党だ」と述べ、野田の判断に委ねる構えに転じた。衆参ダブル選挙で議席増が見込めないままでは慎重にならざるを得なかったようだ。
一時の勢いに陰りのみえる国民民主党も事情は同じ。玉木は「まず立憲民主党の考えを伺いたい」と語った。また、共産党書記局長の小池晃も記者会見で、不信任決議案に賛成する考えを示しつつも、「いまは参院選で国民の信を問うことが王道だ」と述べた。
「どうしても内閣不信任決議を通したいんだったら、共同提出するつもりはありますかということだ。我々だけに何かをしろではなく、ご自身たちはどうなのかと問いたい」
野田は6月6日の記者会見で、他の野党幹部の煮え切らない態度にいらだちを隠さなかった。そして「物事を実現するためには事前に話をするのは、どの党との関係でもあると考えている」として、野党勢力の結束の必要性をにじませた。
立憲民主党代表代行の辻元清美も6月9日の記者会見で「他の野党もしっかり腹を固めてくれるのかが大事だ。(内閣不信任決議案が)可決されたら内閣総辞職か衆院解散になる。総辞職になったら、首班指名は一緒に行くのか。衆院選になったら、今の政権をひっくり返すために、一緒に選挙協力をして戦うのか。それだけの重みを持っている」と訴えた。
解散風に怯えながらの神経戦が続いた国会終盤の攻防。もっとも、石破は6月に入ってからは米国との関税協議に注力していたとされる。カナダで開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)に合わせた米大統領・トランプとの首脳会談で合意できるかどうかが最大の関心事だったという。石破周辺は「内閣不信任決議案が可決されたらどうしようと考える余裕はないはずだ」と語っていた。
実際、米側は日本よりも中国との貿易交渉を優先させるのではないかとの観測が広がっていた。相互関税一律10%の上乗せ分(24%)の発動停止は7月9日まで。それまでに合意できなければ石破の外交手腕が問われることになり、支持率も再び下落に転じる可能性がある。
ただ、逆に合意を急いでは不利な条件を飲まされかねない。石破は「国益を犠牲にしてまで急ぐつもりはない」と強調。難しい舵取りを強いられている。
焦点の経済対策
対米交渉だけではない。石破政権の取り組むべき課題は山積している。特に物価高に対する国民の不満は強い。内閣支持率が上昇に転じたとはいえ、低空飛行が続くのは、今年3月に「強力な物価高対策」を打ち出しながらも、その効果が感じられないことが一因といえる。
厚生労働省が6月5日に公表した毎月勤労統計調査によると、今年4月の1人当たりの現金給与総額は平均30万2453円で、40カ月連続のプラスだったが、物価変動を反映させた実質賃金は4カ月連続でマイナスとなった。コメなどの食料品や光熱費の高騰に賃上げが追い付いていない状況が続いているのが現実だ。
石破政権は経済財政運営の基本方針「骨太の方針」で「賃上げを起点とした成長型経済の実現」を掲げ、実質賃金の年1%程度の上昇を打ち出した。賃上げを中小企業や地方への波及させるため、29年度までに官民で60兆円程度の投資を実現させることも盛り込んだ。
さらに、自民、公明両党は6月10日、物価高対策として24年度の税収の上振れを財源とした国民1人あたり2万~4万円の「給付」を実施することで合意した。
今年4月に1人あたり3万~5万円を給付する案が浮上したが、バラマキ批判を受けて見送っている。再び給付を持ち出したのは、参院選公約の目玉がない中での「苦肉の策」といえる。
これに対し、立憲民主党は参院選公約に食料品の消費税率を来年4月から原則1年間は0%とすることを明記。日本維新の会は食料品の消費税を2年間0%にすることを打ち出し、国民民主党は消費税率の一律5%への引き下げを訴えている。
いずれも選挙を前にして減税に否定的な与党との対立軸を明確にする狙いがある。今後は物価高対策、減税の是非で激しい駆け引きが始まる。だが、国会終盤の内閣不信任決議案を巡る駆け引きの延長戦では、国民を置き去りにしたままの党利党略となる。与野党とも国民本位の議論を戦わせるときといえる。
(敬称略)