
「ミッドライフ・クライシス」からの脱却で幸せな人生を!
わたしは二つのギネス世界記録を持っている。一つは、三つの異なる宇宙船(スペースシャトル、ソユーズ、クルードラゴン)で宇宙から帰還した世界初の宇宙飛行士であること。もう一つは、二回の船外活動における15年214日という期間が、最も長いインターバルとして認定されている。
世界初、世界一と認めてもらえたことは大変嬉しいのだが、二度目のフライトを終えた2010年頃から約十年間、私が閉塞感に苛まれ、将来展望を持てない日々を過ごしていたことを知らない方も多いのではないか。NASA(米航空宇宙局)を始め欧米各地で長く勤務してきた私にとって、日本特有の組織風土は異常に感じられたのである。
多くの日本企業では、会社が社員の配属部署=居場所を決め、給料を決め、大切な価値観=コア・バリューまで決めていく。やがて社員にとって会社は無くてはならない運命共同体となる。不満があっても自分を押し殺し、全て受け入れて定年まで同じ会社に勤め上げることが美徳に思えてしまい、会社に居続けることだけが人生の目的になってしまう。こういう労働観に染まってしまうと、なかなか組織の呪縛から抜け出せない。私はこれが日本の閉塞感を生み、”失われた30年”となった原因だと思っている。
よく「ミッドライフ・クライシス(中年の危機)」と言われるが、50代になり、収入・アイデンティティ・モチベーションの”三重沈下”に悩んでいる人たちは本当に多い。現状に不満を持ったまま、惰性で会社に居続ける人生でよいのか。そんな人生は、成果を出せてないという意味で組織に甘えているし、評価されないままスキルを眠らせているという意味では実にもったいない。これに対する疑問提起として、今回、私なりの考えをまとめることにした。
大事なことは、まず自分で評価軸を持ち、他者に左右されず自分がやりたいことを確立すること。そして、自分が持っている能力や資産を見極める”棚卸し”をすることだ。自分自身を外から見ることによって、スキルや個性といった自己資産を”見える化”していく。自分だけの評価軸を持ち、スキルの棚卸しができれば、能力を最大限発揮できる得意領域や分野で活躍することができるはずだ。
もちろん、転職すれば問題が全て解決するというのは甘い考えだろう。それでも、組織の呪縛を解いて、自分が持つコア・バリューとスキルが分かれば、自然に得意技が見えてくる。そこに集中することが、結果的に幸せな人生をおくることにつながるのではないだろうか。
本著が50代や、その前の30~40代の方を含めて、転職や第二の人生へ飛び込んでいくことに迷ったり、逡巡したりしている人たちの背中を押してあげることができれば嬉しく思う。
『宇宙飛行士・野口聡一の着陸哲学に学ぶ 50歳からはじめる定年前退職』
野口聡一著 主婦の友社 定価1870円(税込)