
「黄金株」で拒否権 米政府の体面保つ
「日本の製造業の新たな発展の形になり得る」─こう話すのは日本製鉄会長の橋本英二氏。
2025年6月18日、日本製鉄による米鉄鋼大手・USスチールの買収手続きが完了、完全子会社化した。23年12月の買収発表から約1年半、紆余曲折がありながら買収に漕ぎ着けた。
25年1月、バイデン前大統領が買収に中止命令を出したことで、日鉄は厳しい立場に立たされた。大統領候補だったトランプ現大統領も買収を「阻止する」と語るなど四面楚歌の状況。
だが、トランプ大統領が誕生し、「米国製造業の復活」を掲げ、相互関税政策などを打ち出すと、徐々に風向きが変わる。買収阻止を叫んでいたトランプ大統領だったが、日鉄の「投資」なら歓迎するというスタンスに変化。
日鉄としては、自らの最先端技術でUSスチールを復活させることを目指しており、完全子会社化でなければ技術流出の恐れが残るだけに譲れない一線。
そのせめぎ合いの中で浮上したのが「黄金株」。会社の合併などの重要議決を否決できる特別な株式。日本では資源開発を手掛けるINPEXが発行し、経済産業大臣が保有。1株でも強い権限があり、米政府としてもUSスチールに影響力を行使することができるという考え方。
また、日鉄は米国での現地生産で相互関税による恩恵を受けられるが、買収金額約2兆円に加えて、約1兆5800億円にも上る追加投資が財務上の負担としてのしかかる。
だが橋本氏は「先進国では圧倒的に大きな市場であり、今後も伸びが期待できるのみならず、当社の技術力が生かせる高級鋼のウエイトが大きい有望市場。今後実行する設備投資は、USスチールの企業価値を高めていくのに必要なものばかり。採算性に何ら心配ない」と強調。
米国での事業に高い政治リスクがあることが浮き彫りになった今回の買収劇。橋本氏は「どこの国においても政府の関与が強まっていくという前提に立った経営戦略が求められていく」と話し、今後も海外でのさらなる事業拡大に意欲を見せる。世界で数少ない鉄鋼の成長市場・米国で日鉄の真価が問われる。