
中期経営計画を1年前倒しで終える
「いつでもどこでも行く。やるしかない。大事なのはスピード」─こう話すのは、大和ハウス工業会長CEO(最高経営責任者)の芳井敬一氏。
2025年4月から、大和ハウス工業の新体制が動き出した。社長COO(最高執行責任者)に大友浩嗣氏が就き、芳井氏は会長CEOとなった。注目されているのは、芳井氏のもう1つの肩書、「海外本部長」だ。
海外本部長の前任は社長に就いた大友氏で、米国での住宅事業を推し進めてきた。今は大友氏が社長として国内事業全般を統括し、芳井氏が海外展開を自ら陣頭指揮する体制。
それというのも、大和ハウス工業にとって海外事業が、今後の成長のカギを握っているから。25年3月期の売上高5兆4348億円のうち、海外事業の売上高は9050億円を占める。26年3月期も売上高5兆6000億円のうち、海外事業は9400億円を見通している。
大和ハウスの業績は堅調。現在進行中の第7次中期経営計画は27年3月期までとしており、売上高5兆5000億円、営業利益5000億円を目標としてきたが、25年3月期でほぼ達成。そこで中期経営計画を1年前倒しで終えることを決めた。
同社には、創業者・石橋信夫氏が前会長の樋口武男氏に託した「創業100周年の2055年に売上高10兆円」という目標があり、当然芳井氏もこれを引き継いでいる。
ただ、芳井氏は「今の事業だけで、創業100周年の売上高10兆円は超えられるとは思っていない」と話し、成長事業の必要性を語ってきた。海外事業は、新たに出てきて、成長した事業の1つ。
この海外事業は芳井氏が先頭に立って推進してきた。80年代に米国から一度撤退した大和ハウスだが、11年に再進出。この時、海外事業部長に就いたのが芳井氏。まさに「ゼロからの再挑戦」だった。
17年には戸建て住宅を手掛けるスタンレー・マーチン社を買収。その後2社を買収して3社を中心に事業を拡大してきた。芳井氏はこの攻略地域を「北西部(シアトル)から南部(ヒューストン)、東部(ワシントンD.C)にかけての『スマイルカーブエリア』で取り組む」と説明してきた。
ただ、米国市場はトランプ大統領の登場以降、様々な面でリスク要因が大きい。芳井氏は現在、米国市場の動向をどう見ているのか。
「東海岸、西海岸は心配していない。高価格帯がターゲットのため、金利動向がそれほど大きく影響しない」とする一方、「実需で動いているダラスでは人口は増えているが、『下がる』と言われてきた金利の据え置きが続き、様子見になっている方が多い」と懸念する。
他の日本勢も存在感を増す中で…
その市場にあって、現地勢に加えて日本勢の住友林業、積水ハウスも存在感を高めており、どう差別化するかが大きな課題。
それに対して、芳井氏は「ミニ版大和ハウス工業をつくっていく」ことが差別化につながると話す。実際、大和ハウスはテキサス州、イリノイ州、マサチューセッツ州、ワシントン州、テネシー州、アリゾナ州で賃貸住宅事業、ニューヨーク州で分譲マンション事業、カリフォルニア州で商業施設事業、テキサス州で物流施設開発に着手。
それに加えて、24年11月には米国で賃貸住宅事業を行うアライアンス・レジデンシャルに出資し、事業提携。賃貸住宅に力を入れている。
「米国では戸建て住宅の状況が悪化すると、賃貸住宅のマーケットが非常によくなる。これは歴然」として、多様な事業を持つ強さを強調。そして、米国で手掛けて間もない物流施設などの事業については、「野球に例えると『オープン戦』を積み重ねているところ」(芳井氏)。つまり、練習試合のような実戦を積み重ねることで経験を蓄積しようという考え方。
日本で戸建て住宅からスタートしてアパート建設、その他の事業を拡大してきた流れと同様、米国でも多様な事業を手掛けることが差別化につながるという考え方。「実際、日本では十分差別化できている。米国でも、この方向に進んでいる」(芳井氏)
もう1つの差別化ポイントは「工業化」。日本における「工業化住宅」の原点は、大和ハウスが1959年に発売した「ミゼットハウス」だと言われている。現場で一から施工するのではなく、工場でパネルを製造し、現場での施工時間を大幅に短縮。
日本だけでなく、米国でも人手不足が言われる中、「労働力が不足しているのであれば、工業化比率を上げるしかない。この工業化は我々の一番得意な分野。これは米国にとどまらず、海外事業全体で徹底して進めていく」と芳井氏。
今、芳井氏は、海外本部長として「信じられないくらい、飛び回っている」(大和ハウス幹部)。芳井氏自身「言ったからにはやる」と意気込む。
海外は芳井氏、国内は大友氏という「二人三脚」体制。今後、さらなる提携や買収も含め、海外でどんな手を打つか。芳井氏の動向が注視されている。