
夏の参院選を前に石破茂政権が大きな壁にぶち当たっている。物価高や「トランプ関税」対策として野党が軒並み消費税減税を掲げる中、政府は慎重だ。世論の評判はよくないが、野党第1党の立憲民主党は内閣不信任決議案の提出に躊躇する。提出すれば可決され、内閣総辞職か衆院解散・総選挙の二者択一を迫られる石破が解散を断行し、衆参同日選となる可能性もある。トランプ関税による保護主義がはびこる国際情勢の中、米国との妥結を目指す6~7月に日本の政治は重要な判断を迫られる。
自信深める石破
最近、自民党議員と話した石破は、ためらいなく次のように語ったという。
「やめるつもりはない」
それもそのはず。石破は5度目の挑戦で昨年の自民党総裁選を制した。念願の首相となった後に衆院選に敗れ、少数与党として困難な政権・国会運営を強いられているが、石破自身は「現在の状況でやれることはやっている」との自信があるのだという。
そんな中、政権内で「天祐」とみられているのがトランプ関税だ。世界各国に一律に相互関税を課し、日本にも24%、自動車や鉄、アルミニウム製品には25%もの追加関税を課す措置が本来、日本にとっていいことであるはずがない。
しかし、3月に発覚した石破による自民党新人議員への商品券10万円配布問題は結果的に雲散霧消した。経済再生担当相の赤沢亮正が米側と交渉しているが、今のところ目立った前進はない一方で大きな失点もない。
ただ、今後の先行きは楽観できない。米大統領のトランプは4月に訪米した赤沢と面会した際、「日本との関税協議は最優先だ」と述べた。これはリップサービスだったのだろう。トランプ政権は5月8日、英国との間で関税に関する合意に達した。各国の中で初めてだった。
英国が米製品に対する関税率を5.1%から1.8%に引き下げ、農産品の一部の市場開放や航空機の購入を決めた一方、米国は英国製自動車の関税を27.5%から10万台までは10%に引き下げる内容だ。鉄鋼の25%の関税は撤廃される。
先を越された形の日本は大豆やトウモロコシの輸入拡大などで打開を図ろうとするが、英国とは事情が全く異なる。2024年の統計で、米国の対日貿易赤字が685億ドル(10兆1000億円)であるのに対し、対英では119億ドル(1兆7500億円)の貿易黒字となっている。自動車の対米輸出は11万台の英国に対し、日本は137万台に上る。対英の10%の相互関税は原則残ったままだ。
米国にとって貿易黒字の英国でさえ、譲歩を迫られたことになる。「不当な貿易赤字」を憎むトランプにとって、英国と日本では枠組みが根本的に異なり、英国が日本の先例になるとは限らない。
主導権発揮の気配なし
日本政府はトランプ政権と貿易上で敵対するカナダや欧州連合(EU)諸国とも連携しながら妥結を目指すが、日本には米国との2国間関係のみならず、世界の自由貿易を守る砦としての役割も期待される。
自らが長く主導してきた自由貿易体制を崩壊させかねない米国に対し、石破がリーダーシップを発揮する気配はない。EUでは関税問題に加え、ロシアの侵略を受けるウクライナへの支援にトランプが否定的なこともあり、EU全体での安全保障の再構築も含めた結束がはかられつつある。
かたや、米国最大の貿易赤字国で、トランプが最も敵視する中国はロシアに加え、東南アジア諸国との連携を画策する。中国国家主席の習近平は4月中旬、ベトナムなど東南アジア3カ国を歴訪し、関税に関し対米の盟主たらんとする行動を示した。石破も直後の4月末にベトナムとフィリピンを訪れたが、「自由貿易体制の維持の重要性」を確認した程度だった。
第1次トランプ政権で渡り合った元首相・安倍晋三の当時の側近は「もし、いま安倍首相だったならば、率先して米国を含め各国を訪ね歩き、トランプとの仲介役を果たしただろう」と振り返る。外交にたけた安倍と同等の役割を石破に期待することは無理な話である。ウクライナ情勢もしかり。自由主義国のリーダーとしての役割を果たそうとする面影は石破にはない。
政局の6~7月
それでも日本政府は当面、6月15~17日にカナダ・カナナスキスで行われる先進7カ国首脳会議(G7サミット)に石破が出席する機会を捉えてトランプと日米首脳会談を行い、大枠で合意することを目指す。
トランプは4月の関税発動直後、相互関税分について90日間は停止すると発表した。日本への24%の関税も現在は10%にとどまるが、この関税猶予措置の期限は7月8日となる。遅くともここが交渉の期限となりそうだ。
問題はそのときの日本の政治状況だ。対米関税交渉は政治日程と密接に重なっている。
開会中の通常国会の会期末は6月22日で、参院選を控え会期の延長は難しい。参院選の日程は国会の閉会日と関連して決まるためで、公選法の規定などから参院選は7月3日告示・20日投開票の日程が想定されている。6月22日は東京都議選の投開票日でもある。
不確定要因となるのが、衆院の解散の有無だ。6月22日の通常国会閉会直前に野党が内閣不信任決議案を衆院に提出した場合、野党各党の「造反」がなければ可決されることになる。
可決された場合、憲法69条の規定により、10日以内に衆院を解散しない限り、内閣総辞職をしなければならない。先述の通り、石破はやめるつもりがなく、その場合は衆院解散を決断することになる。
現行憲法での内閣不信任決議可決は過去4回ある。1948年と53年の吉田茂内閣、80年の大平正芳内閣、93年の宮沢喜一内閣で、いずれも解散を選択した。総辞職した首相は一人もいないということだ。
このうち大平は今回のように参院選の改選を控えていた時期で、80年6月、史上初の衆参同日選となった。大平は選挙期間中に急死し、自民は「弔い合戦」で衆参ともに圧勝した。48年解散の吉田率いる民主自由党も大勝したが、53年の吉田は過半数に届かず、93年の宮沢は自民を下野させる惨敗だった。
通常国会で平日最後の日となる6月20日に衆院が解散した場合、憲法54条の規定により解散から40日以内に衆院選を行わなければならない。投票日が日曜日だとした場合、遅くとも7月27日までに行う必要がある。現行憲法下で解散から投開票日が最速だったのは2021年衆院選の17日間。これを参考にすれば、衆院選の投開票日は7月13日、20日、27日のいずれかになりそうだ。
19年の参院選で当選し、今回改選を迎える参院議員は7月28日に任期が満了する。会期延長がない場合、参院選は公選法の規定により投開票日が7月20日か27日に限られる。数週間の間に国政選挙を相次いで行うことは考えにくく、衆参同日選になるのはほぼ間違いない。中曽根康弘内閣だった1986年以来3度目となり、小選挙区制導入後は初めてとなる。
衆参同日選ということは、衆院の意思として直前に石破政権がノーを突き付けられた状況にある。そこで衆参同日選を選択する勇気が本当に石破にあるか。30%台の低支持率にあえぐ石破政権で衆参同日選に突入することを自民が許容できるのか、という大問題が生じる。
石破がサミットから帰国するのは6月18日頃とみられる。関税交渉で大きな進展がなかった場合、帰国直後に内閣不信任決議案が提出、可決されることにもなり得る。それでも、いまだに自民で「石破おろし」は起きていない。衆目の一致するポスト石破が不在で、少数与党の情勢で誰も火中の栗を拾いたくないようだが、このままでは自民が壊滅的な打撃を受ける可能性さえある。
及び腰の野党
なぜ野党は内閣不信任決議案の提出をためらうのか。内閣支持率が低迷する石破政権相手の衆参同日選ならば一気に政権獲得となるチャンスだが、野党には野党なりの事情がある。
立民代表の野田佳彦は「不信任案提出の構えはあるが、出していいかどうかの判断はよく検討しなければならない」と繰り返す。立民幹部は「内閣不信任決議案を出したところで、国民民主党や日本維新の会が賛同するかどうか分からない」と野田の胸の内を明かす。
国民民主は、決裂したとはいえ自民、公明両党と「年収の壁」の協議を行った関係にある。与党内には参院選で伸長が予想される国民民主を参院選後に与党に引き込み、代表の玉木雄一郎をかついだ「玉木首相」論もくすぶるほどだ。
前首相の岸田文雄は5月9日のCS番組で、玉木について「首相候補の1人だ」と語った。岸田は首相在任中の2022年、党副総裁だった麻生太郎、幹事長だった茂木敏充の主導で玉木率いる国民民主の与党入りを画策したことがある。そのときは「玉木が逃げた」(自民幹部)ために実現しなかったが、当事者の1人だった岸田の今回の発言は思わせぶりだ。
維新に至っては、高校授業料の無償化実現と引き換えに25年度予算に賛成した。最近は立民が国会に提出した選択的夫婦別姓導入のための民法改正案に国民民主と維新は賛同せず、足並みがそろっていない。
特に立民にとって苦い経験となっているのが、昨年10月の衆院選後の首相指名選挙だ。衆院で多数派だった野党は「野田佳彦」で結束できず、第2次石破政権が誕生した。今回も立民が内閣不信任決議案を提出したところで国民民主や維新が賛同する確約はない。
もっとも、立民の深層にあるのは「低迷する石破政権で参院選を戦いたい」(幹部)との思惑だ。ポスト石破が不在とはいえ、参院選直前に首相が自民の別の人物に代われば、就任直後は一定の人気上昇が予想される。01年4月に不人気だった森喜朗から小泉純一郎に首相が代わり、「小泉フィーバー」に沸いた中で自民は6月の都議選、7月の参院選で大勝した。奇しくも今年はほぼ同じ日程で都議選と参院選が行われる。
仮に6月中旬の日米首脳会談か7月上旬の参院選直前に関税問題が合意に達し、多くの国民が納得できる成果が出た場合、自民にとって参院選の追い風になるだろう。
とはいえ、目算通りに行かないのが永田町だ。自民は参院選向けの対策として消費税減税を封印する構えだが、石破が今春の一時期、消費税減税を検討していたことは複数の政府・与党幹部が証言している。ただ、石破を支える自民幹事長の森山裕が強硬に反対。前財務相で総務会長の鈴木俊一、政調会長の小野寺五典も含め党三役全員が反対で、石破は方針転換した。
それでも連立与党の公明は消費減税の必要性を主張しており、自民内でも改選を控える参院選候補を中心に減税圧力がくすぶる。石破はトランプ関税対応とともに国内の政局にも対応しなければならない二正面作戦を強いられており、至難の道が続きそうだ。日本再生に向けて与野党ともに政治家の矜持が問われている。
(敬称略)