久保利英明の【私の一冊】『最高裁判所と憲法 私が考える司法の役割』

「ビジネスと人権」を基本から考える

                                 

 著者は1939年生まれ。元最高裁民事局長、行政局長、人事局長、事務次長、事務総長と司法行政のトップを経て、2002年から2009年まで最高裁判所判事を務めた。日本の司法の最高位を極めた元裁判官である。

 本書は過去に発表した国際人権事件に関する最高裁判決の批判論文の他に、議員定数是正訴訟の問題点について書き下ろした論文が加えられた。さらに、三宅正太郎、田中二郎、三ヶ月章など、法律学を学んだ者なら知っている著名な法律家の知られざるエピソードも収載されている。「ビジネスと人権」を語るための必読書と言えよう。 

 本書は民主政を支える根幹である司法権、特に最高裁の立法権・行政権への「法の支配」の弱点を縦横に剔抉する。著者は本書刊行の背景について「戦後、初めて個人の尊重が主張されて、……できたのが憲法。……そのことが忘れ去られ、『右へならえ』的な動きが出てきて、個人の尊重を言うとバッシングを受ける時代になってきています。だから、もう少し個人の尊重が中心だということにもって行かないと危ないぞという感覚」を指摘する。

 日本の世界における地位の低下、迫り来る国難を思うとき、本書の末尾で著者が述べる「投票価値の平等な選挙権は、民主政を支える住民の重要な権利である。その権利を守るのは司法の役割である」。「投票価値は原則として1対1であるべきで、不均衡が生じた場合は、真にやむを得ない事情があるかを裁判所が厳密に審査する必要がある」という主張は、都議会議員にも衆参国会議員にも等しく当てはまる。

 私はライフワークとして、いわゆる投票価値の平等を巡る選挙無効訴訟代理人をしている。人権もガバナンスも個人の尊重なくして成り立たない。それを守るのは司法しかあり得ない。立法や行政に対し、腰の引けた司法では民主政を支えられない。今こそ、司法の賢人から学ぶときである。

冨山和彦の【わたしの一冊】 『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』