ブランドクラウド・叶野雄与社長に聞く「SNS全盛の今、風評被害に遭った場合はどうすればいいですか」

AI技術を活用した対策のアップデートが強み

 ─ 御社は設立12年という比較的新しい会社ですが、設立の経緯を聞かせてください。

 叶野 当社は2013年、ブランドコントロールという社名で現会長の井原正隆が設立しました。もともとは米シアトルにあった会社の一事業のような位置づけでした。

 米国法人はマーケティング全般にかかわる事業を行っていました。その中で、私たちが行っている「ORM(オンライン・レピュテーション・マネジメント)」というインターネット上の誹謗中傷や風評被害、ブランディングの対策にAIの活用で講じていく部門を、日本法人として立ち上げたのです。

 17年に東証プライムに上場しているアジアでナンバーワンのPR会社、ベクトルの傘下に入り、22年に今の社名となりました。

 ─ 叶野さんが入社した経緯を教えてください。

 叶野 慶應義塾大学の学生だった時、アルバイト先で井原と知り合ったことがきっかけです。理工学部でAI周りや自然言語処理を学んでいましたので、事業に親近感があったのです。

 その縁で入社し、井原が会長に退いたタイミングの23年5月、私が社長に就任しました。

 ─ 事業の柱は何になりますか。

 叶野 大きく分けると、「風評被害クラウド」と「ブランドリフティング」の2つになります。

 ─ 風評被害クラウドとはどういった内容になりますか。

 叶野 インターネット上のネガティブで悪質な情報や誤った風評情報を見えにくくする、周辺に眠っているポジティブで正しい情報をAIで解析し、検索結果の上の方に押し上げていくことで相対的にネガティブ情報を下の方へ落としていく、という施策になります。

 ひとことで言うと、誤解を招き得るネガティブな情報をユーザーの目に見えにくくする施策です。

 ─ その施策にAIを活用することが御社の特徴と言えるのですね。

 叶野 全てをAIで行っているわけではありませんが、特に基本的な核となる分析の部分や情報の整理・収集をAIで行っています。プラスアルファとなる対策の部分ではエンジニアや人の手を介している部分もあります。

 ─ 顧客は大手と中小企業、どちらが多いですか。

 叶野 ほぼ同じくらいです。これまで大手企業の経営者はネット上のネガティブ情報を重視しない方も多かったのですが、大手飲食チェーン店で炎上した事案があり、さらに似たような例が起きるようになると、風評被害対策を重視されるようになってきました。

 SNSの投稿1件によって株価の時価総額が減少したり、採用にも大きな影響が出たりした例もありましたので、対策の重要性を理解していただけるようになりました。

 ─ 御社と同様のサービスを提供する企業は他にもありますか。

 叶野 いくつかあります。中には上場している企業や上場企業の傘下に入っているところもあります。

 ただ、そうした企業は、ほぼ人力で対策を行っておられるようです。そのため、プラットフォーマーの技術が進化するにつれ対策ができなくなったり成果が出なくなったりするケースが増えています。モニタリングだけ、リスクが出現しているかどうかを人の目で監視するだけ、というコンサルが多いのが実態です。

 変化する状況に対応して正しい情報で上書きして、AIを活用しながら対策にまで落とし込んでいるところは、国内では私たち以外にはほぼないと言えるでしょう。

 ─ もう少し具体的に教えていただけますか。

 叶野 対策は常にアップデートしていかなくてはなりませんが、他社は人力を主力にしているようなので、グーグルの検索表示だけでもアップデートに付いていけなくなってしまっています。また、インスタグラムやX、TikTokなどのSNSもカバーする必要もあります。さらにはChatGPTといった生成AIなど、カバーする範囲がどんどん広がっているので、キャッチアップできていないのではないでしょうか。

 ─ 他社はなぜ真似することができないのですか。

 叶野 アップデートされる情報を解析し続けるAI技術を持っているのが弊社の強みの一つかと存じます。私たちはその技術開発に10年以上リソースをかけてきました。こうしたノウハウを蓄積している企業はないのです。

 ─ 海外ではどうですか。

 叶野 米国のサイバーセキュリティ大手ノートンが買収した企業が当社と競合します。当社と同程度の技術力があって一定の評価を得られています。

 私たちの顧客は、米国、フランス、ドイツ、インド、サウジアラビアなどに広がっています。今はエンジニアの単価が上がってきていますし、円安の影響もあるので、海外展開していく上で、私たちの方に優位性があると思っています。

ネット上に半永久的に残る 「デジタルタトゥー」

 ─ 風評対策というと、被害に遭ってからの対策だけでなく、普段からどう備えておくかが大事だと思います。モニタリングも含めて対策のポイントを聞かせてください。

 叶野 私たちの仕事は、インシデントが発生してからの相談、対策が全体の約2割で、残りの8割は顕在化してきているリスクの大炎上を未然に防ぐ危機管理になります。

 大きな事件、事故は無くても、いわゆる「デジタルタトゥー」に気を配らなくてはなりません。これは消すことのできない、インターネット上に「半永久的」に残る情報のことです。それによって商機を逸してしまうというケースもあるので、健康診断のような、平時のリスク管理も提案させていただいております。

 ─ 何か具体的な成果でお話しできる事例はありますか。

 叶野 会社名やサービス名、社長名などで検索した時、当該企業は気づいていなかったネガティブ情報、誤情報がユーザーの目に触れてしまっているというリスクレポートを提出しました。対策を依頼され、新しい情報に上書きすることで採用効率が向上したと感謝していただいたケースがありました。

 常に顧客の情報をモニタリングして、定期的にリスクに関するインフォメーションを入れておくことも非常に重要です。

ネガティブ情報は3.7倍のスピードで拡散

 ─ 潜在的なリスクにも備えておかなければなりませんね。

 叶野 私たちはAIを使ってリスク監視や分析を行っています。今は目に見えない水面下のずっと下の方に眠っているネガティブな情報が人目に触れる所まで上がってくる、そういった兆候があった場合、即座に察知できるのです。兆候が見えてきたタイミングで「事前にこの部分には手を打ちましょう」といった提案ができますし、顕在化する前に対策を打つことができます。

 たとえば転職サイトには辞めていく人が口コミを書きます。中には何かしら不平不満があってその会社を辞めていくケースも少なくありません。そういった退職者は事実と異なる誇張したネガティブ情報を書き込むことがあります。

 辞めていく人は悪く言いますが、その会社には高い評価、正しい評価もあります。悪い評価を消すことはできませんが、正しい評価をしっかりユーザーに届けていくという対策は打てるのです。

 ─ 競合他社が悪評を流すケースもあるようですね。

 叶野 直接、批判的な情報を流すこともありますが、最近はアフィリエイターを使うケースも多くなってきました。

 たとえば自分のブログやSNSでA社から広告費を得てA社の商品を紹介するのですが、あえて競合するB社のネガティブな情報を流すケースもあるのです。

 ─ ネガティブな情報は拡散しやすい傾向がありますね。

 叶野 人間はポジティブな情報とネガティブな情報があるとき、どうしてもネガティブな方に興味を持ってアクセスしがちです。

 ある研究結果によると、ネガティブ情報の方が3.7倍のスピードで拡散して3倍記憶されるというデータがあります。そうするとプラットフォーマーのアルゴリズムではネガティブ情報が上位に掲載されてしまいます。

 ─ 御社のサービスを受けるのに、どれくらい費用がかかるのですか。

 叶野 顧客によってレンジが広いのですが、平均して月額約94万円です。月に数千万円お支払いいただいている顧客もあれば、対策優先度を絞り月10万円から20万円というところもあります。

 予防的な対策で必要以上にコストをかけても無駄になってしまいますので、顧客の予算感や費用対効果を考えた上でプランを設計させていただいています。

 ─ 風評被害が起きて炎上してしまった場合、沈静化させる技術的な手法は何かありますか。

 叶野 正論で反対しても炎上してしまうこともあります。よりネガティブな情報が拡散されることも少なくありません。真っ向から反論する以外に「スウェイ(sway=話題を転換する)」と呼ばれる手法があります。真っ向から否定するのではなくて、別の話にそらせていく、別のところに話題を持っていく方が賢明なケースもあります。

 ─ 海外にも積極的に事業を展開していると聞いていますが。

 叶野 はい。現在、国内の社員は約70人ですが、海外にエンジニアが約50人います。

 ChatGPTのような最新のAI技術を研究して新しいツールを生み出す部隊をバングラデシュに創設しました。インドに隣接している国なのでITリテラシーの高い人もいますし、市場的にもブルーオーシャンで、我々がパイオニアとして入っていくのも面白いと思っています。

一度消えても再浮上するネガティブ情報

 ─ 昔から怪文書のような誹謗中傷の流布はありましたが、SNS時代、本格的なAIの時代になって、ますます増えていくと言われています。

 叶野 昔は「人の噂も75日」と言われ、一度噂を流されても、いつの間にか消えていきました。しかし、今は「デジタルタトゥー」としてネット上に、半永久的に残る時代です。

 たとえばある女性タレントが起こしてしまった不道徳な事案がありました。当時CM女王と呼ばれていた彼女はすべてのCMから降ろされてしまいました。

 もう10年近く前の話なのですが、似たような事案が起きると、紐づいてヤフーニュースなどでこの事案が再び出てきたりするのです。ここがプラットフォーマーの賢いところでもあるし、怖いところでもあります。

 個人、法人を問わず、1回不祥事を起こすと元通りに社会復帰するには、以前と比べて時間もかかる困難な時代になってきたと言えるでしょう。

 ─ ネガティブな匿名の投稿者に対して、プラットフォーマーの責任についてはどう考えますか。

 叶野 日本でも規制強化が話題に上りますが、言論の自由との兼ね合いもあって非常に難しい問題ですね。

 責任はゼロではないと思いますが、使う側のリテラシーをどう上げていくかが現実的だと思います。

 私たちは、誹謗中傷を受けた場合、被害者がプラットフォーマーに開示請求して投稿者を特定する際の支援も行っていこうとしています。

 裁判では投稿者の賠償責任を認めて賠償金の支払いを命じるケースも出てきており、そうした流れが誹謗中傷に対する抑止力になれば良いと思っています。

 ─ 御社は今後上場を考えていますか。

 叶野 はい。できれば海外で上場したいと考えています。サウジアラビアやUAEなどの中東諸国を念頭に置いています。サウジアラビアは為政者同士のネガティブキャンペーンがあり、その中で誹謗中傷対策をさせていただいた縁もあります。また、サウジアラビアは石油以外の産業に注力したがっています。たとえばIPO市場やeスポーツなどの分野にも注力し始めています。そのIPOに私たちもうまく乗っていければ、グローバルにスケールしやすいと考えています。

 ─ SNS全盛の今、御社の事業は社会的意義も大きいと思います。やりがいを感じていますか。

 叶野 経営者で自社の評判やブランドを気にされる方はどちらかというと年配の方が多いのですが、そういう方々が社員に言えないような悩みや不安をいろいろと打ち明けてくれます。当社はそれを解決する武器を持っています。当社が提供するサービスで問題を解決した時には私たちの存在意義を感じています。