BNPパリバ証券チーフエコノミスト・河野龍太郎の『トランプショックにどう立ち向かうか』〈識者はこう見る〉

「『トランプ関税』政策そのものがドル基軸通貨体制を揺るがしている」

 今回の関税政策で重要な点は、おそらく「トランプ大統領後」も自由貿易に戻るわけではなく、後戻りできないということです。

 自由貿易は重要ですが、この四半世紀、行き過ぎが起きていました。米国企業はカナダやメキシコ、中国などに生産拠点をシフトしたわけですが、その国々は法人税の減免、米国よりも緩い労働法制で誘致してきた。

 グローバル企業は、いわば「規制アービトラージ」で経営者や株主はメリットを享受しましたが、先進国の中間層労働者に、そのしわ寄せが来ました。それが今回のトランプ関税政策の動きにつながっています。

 今後の交渉の過程で、極端な高関税はなくなるかもしれませんが、10%の相互関税は残り続ける可能性があります。

 その中で我々が認識すべきは、第1に米国で売るものは米国でつくるという新・地産地消戦略を取らなければならないということ、第2に欧州や中国のように自由貿易を重視するブロックと、米国との間で経済的分断が起きる可能性があることです。

 分断は経済にとどまりません。トランプ政権は欧州の安全保障を担わない姿勢を示し、ロシアに接近していますから、欧州と中国が接近し、安全保障面でも分断が起き得ます。米国と欧州は、多様性やジェンダーなど、文化闘争面でも対立しています。

 その中で日本はCPTPP(環太平洋パートナーシップに関わる包括的及び先進的な協定)やRCEP(地域的な包括的経済連携協定)の旗振りを進める必要があります。

 ただ、前述の行き過ぎた自由貿易の反省の上に立てば、ダメージを受ける中間層以下の人々への包摂的な政策を同時に入れていかなければ、日本でも政治的分断が広がる恐れがあります。

 もう1つ、国際金融システムに関しても、米国が築いた体制に他国がフリーライドしているという不満を持っています。ただ、我々の実感では、米国が基軸通貨という特権を振りかざしているようにも見えます。

 そもそも、なぜ米国の資産価格上昇が続いてきたのか、米国財政の持続可能性が疑われていない理由は何なのか。それは中国などの新興国が経済規模で大きくなっても安全資産を提供できず、結局はドルを持つしかなかったことにあります。

 ただ、他国が一斉にドル基軸通貨体制を必要ないと考えるようになれば、実は米国が厳しくなります。実際、足元で米国の長期金利は急騰しました。

 私は本当に起きたらダメージは大きいけれども、可能性が小さい問題だと考えていましたが、まさに今、ドル基軸通貨体制の「揺らぎ」が懸念され始めているのです。

 トランプは就任前、BRICsの国々に対しドル基軸通貨体制を揺るがすような政策をとるならば100%の関税をかけるという発言をしていました。本人もわかっているのだと思いますが、やり方が悪く、今の状況を招いていると思います。