将来展望を描けない日本郵政、「郵政民営化」の原点とは何だったか?

 旧郵政省出身の 「生え抜き」が就任へ

「外部に打診したが火中の栗を拾う形にはならなかった。外から見ると、かなり温度の高い栗と思われたということ」─こう話すのは日本郵政社長の増田寛也氏。

 日本郵政の今後、そして郵政民営化の先行きに暗雲が立ち込めている。2025年3月28日に日本郵政と、子会社の日本郵便は社長交代を発表。日本郵政社長には常務執行役の根岸一行氏、日本郵便社長には常務執行役の小池信也氏がそれぞれ昇格。両氏とも、旧郵政省出身でいわば「生え抜き」。

 今、日本郵政グループでは現場での不祥事が相次ぐ。それに加えて、自民党の「郵政族」議員が全特(全国郵便局長会)の要望も受けて、郵便局網の維持のために財政支援を行うことなどを掲げた郵政民営化法の改正案を検討している。これはまさに郵政民営化の時計の針を逆に回そうという動き。

 そもそも、郵政民営化とは何だったか。1つは資金の流れを「官から民へ」に変え、日本経済を効率化、活性化させること、そしてもう1つは、郵便、郵便貯金、簡易生命保険という郵政3事業の収益性を高めて「将来の国民負担を回避」するという狙いがあった。

 郵便は人口減、デジタル化の進展が見通されていたこともあり、縮小の懸念が当時から強くあった。そして郵便貯金、簡易生命保険ともに、国の力を背景にした巨大金融事業は、銀行など民間金融機関と公平な競争条件にないという問題意識も強くあった。それだけに、郵政民営化法では「できるだけ早期に」、このゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の株式を完全売却することが謳われた。

 小泉純一郎政権は、この郵政民営化を旗印に解散総選挙を行った。国民投票のような選挙に勝ち、民営化の流れをつくった。今の自民党議員の動きは、国会の手続きだけで、この選挙を経た「民意」を覆そうというものだと言える。日本郵政、所管官庁の総務省ともに、この動きに強く反発する様子は見えない。

 確かに、小泉政権時の郵政民営化議論の中では、金融2社の株式完全売却は打ち出されたものの、日本郵便のみが傘下に残る日本郵政の将来像をどう描くかについては具体的に示されておらず、日本郵政経営陣に課された課題であり続けてきた。

 その中では、例えばM&A(企業の合併・買収)を駆使した新たな分野への挑戦や、不動産事業の強化、他社との提携などが打ち出されてきたが、収益に貢献している事業は多くない。

 先細りが見通されている郵便事業をある程度維持しながら、将来の新たな収益の柱を探る取り組みは、増田体制では十分にできてきたとは言い難い。

 これは、後を引き継ぐ日本郵政次期社長の根岸氏が背負う大きな命題となる。

 根岸氏は1971年3月神奈川県生まれ。94年東京大学経済学部卒業後、郵政省(現総務省)入省。17年執行役員、19年常務執行役。経営企画部長などを歴任し、23年からは東海支社長を務めてきた。「今回の指名は郵便局を始めとして、現場に近い感覚を経営に生かせるということだと理解している」と根岸氏。

 増田氏はトップ人事に関して、一昨年までは民間からの登用を模索し、メガバンク頭取経験者や、JR各社などの人材に打診してきたようだが、いろよい返答は得られなかった。この経緯が冒頭の増田氏の「火中の栗」発言につながっている。そこで昨年から内部人材の登用にシフト、人選を進めてきた。

 根岸氏の評は「郵便の企画のエース」。人柄についても評判がいい。だが、特に旧官庁は今も先輩後輩のしがらみは多く、根岸氏より年齢が上の旧郵政省の先輩達は様々なところにいる。この壁をどう超えるかが問われる。また、郵便一筋で来たために、持ち株会社社長としてゆうちょ、かんぽのノウハウがないことを懸念する声もある。

 今後、日本郵政はどのような成長戦略を描くのか。根岸氏は「自治体との連携をきっかけにしたい」と話し、約2万4000局の郵便局網の活用を念頭に新事業を生むことに意欲を見せる。これは、これまで増田氏が進めてきた、他社や自治体との協業を進める戦略「共創プラットフォーム」の考え方に則っている。

 ただ、この戦略は前述の自民党議員達が考える郵便局網維持につながるようにも見える。今、日本郵政、日本郵便には郵政法でユニバーサルサービス(全国どこでも利用ができ、国民が生活するうえで基本的なサービス)が義務付けられている。過疎地域の利用者にとっては重要なインフラである一方、上場企業としては経営の重荷でもある。この問題を次期経営陣はどう考えていくか。

 また、金融2社も、国の資本が入っていることで民間金融機関との競争条件が公平でないということで「上乗せ規制」が課されているが、日本郵政が株式を売却すれば、それに応じて規制が緩和される。また、日本郵政としても金融2社株式の売却で得られる兆円単位の資金を生かして、M&Aなどで成長を模索することが必要となる。

 JRやNTT、JTなど民営化した国の事業は数ある。国の資本が残り続けている企業もあるが、全般的に当初目指したように経営は効率化、収益性も向上していると言っていい。

 日本郵政グループは道半ばで、グランドデザインを描けていない。このまま国の関与が続く中途半端な存在であり続けるのか。民営化の原点を追求し、政治とも対峙しながら効率化の道を探ることができるのか。日本郵政経営陣の覚悟が問われる。