
「日本は株主権が強すぎる。グローバルスタンダードとも合っていない」─。M&A分野で企業からの信頼が厚い、弁護士の太田洋氏はこう指摘する。この数年、日本ではアクティビストの活動や、「同意なき買収」が活発化している。背景には経済産業省の「企業買収における行動指針」などが言われるが、それ以前から、日本では「株主権」が強すぎたり、違反に対する規制が弱いということも言われてきた。この時代に経営者はどう対応すべきなのか─。
日本は世界第2位の アクティビスト大国
─ 今、日本の会社経営のあり方は過渡期にあり、アクティビストの活動、M&A(企業の合併・買収)も盛んになっています。優良企業とされる企業でも買収の対象となる時代ですが、現状をどう見ていますか。
太田 データで申し上げると、ブルームバーグの調査で2019年以降、日本におけるアクティビストの株主提案、社長の取締役再任反対といったキャンペーンの数は、昨年に至るまで一貫して、アメリカに次いで第2位なんです。
日本はもはや世界第2位のアクティビスト大国と言っていい。
昨年のキャンペーンの数もアメリカが339件、日本は150件です。日米のGDP(国内総生産)比で見ると、アメリカよりもアクティビストの活動が活発だったとも言えます。
昨年の3位はイギリスで51件でしたから、日本はトリプルスコアで数が多いですね。
─ この要因は何ですか。
太田 様々な要因がありますが、持ち合い解消や国内の機関投資家がドライな議決権行使をするようになったということが挙げられます。
元々、日本は他の先進国と比較しても会社法上株主権が非常に強い国です。今までは持ち合いや国内機関投資家の議決権行使がウェットでしたから、それに守られている部分がありましたが、15年の、「コーポレートガバナンス・コード」策定以来の改革で大きく変わりました。
この2、3年は大幅な円安、中国経済の悪化、習近平政権の締め付けを逃れた富裕層などの中国マネーの国外逃避も起き、さらにはアクティビストの活動が一巡したアメリカに対し、日本は相対的に「ブルーオーシャン」だということで、活動が活発化しています。
それに加えて、2023年8月末に、経済産業省が「企業買収における行動指針」を出して以降、同意なき買収提案、同意なきTOB(株式公開買い付け)が非常に増えています。
─ 非常に早いペースで件数が増えているように思います。
太田 ええ。最近では1カ月に1件のペースにまでなっていて、アクティビストの活動の活発化と、同意なき買収の増加が相互に呼応し合っています。
アクティビストの中には、事前に同意なき買収のターゲットになりそうな企業の株を先回りして買い、それがその企業の株主構成を不安定化させて、同意なき買収への脆弱性を高めます。
その結果、実際に同意なき買収が起こりやすくなる。双方が一種のスパイラルを起こしているという大変な状況になっています。
─ こうした状況を受けて、企業経営者にアドバイスできることはありますか。
太田 アクティビストは当然、利益を上げるために投資活動をしていますから、株価が安い企業をターゲットにします。同意なき買収も、割安だから買収を仕掛けるわけです。割高であれば買収会社の株主から批判されるからです。
逆に言えば、株価が高い企業は対象にはならないということです。身も蓋もない言い方をすれば、一番の特効薬は株価を上げることです。
株価がまだ上がっていなくても、上げるための努力を「見える化」しておく必要があります。
実際にアクティビストが来襲した時でも、機関投資家株主などに現経営陣を支持してもらうことが大事ですから、対話をして、経営陣の「努力」を伝えて納得してもらうことが非常に重要です。
とりわけ、これまで日本の上場企業は、フリーキャッシュフローの使い道をきちんと説明してきていませんでした。
一年間に稼いだフリーキャッシュフローのうち設備投資、研究開発、人的資本、M&Aにそれぞれどれだけの金額を振り向け、当面使う当てのない余剰の金額については株主に還元するといった、「キャッシュフローアロケーション」、「キャピタルアロケーション」の考え方を投資家に対して説明することが重要です。
─ 投資家としては、日本企業に対する不満があったと。
太田 機関投資家は、日本の多くの上場企業が、稼いだお金を貯め込むだけで、有効に使っていないのではないかということを気にしています。
きちんと説明をすれば、事情があって自己資本を厚めに持たなければいけない、使う予定があるから、すぐには自社株買いをできないということが、投資家からもわかるわけです。
オープンに対話をし、稼いだキャッシュの使い道について、透明性を上げる必要があるということです。
ダイドーリミテッド問題の教訓とは
─ 太田さんが見ていて、これは教訓にする必要があるという昨今の事例はありますか。
太田 2024年のダイドーリミテッドさんのケースは非常に不幸な事例だったと思います。ダイドーリミテッドさんはアパレル企業ですが、多くの不動産を保有していました。
そこにストラテジックキャピタルが約32%の株式を買い上がって、24年の株主総会では激しい委任状争奪戦を戦って、3名の取締役を送り込んだのです。その旗印は「成長戦略が描けていない」、「中長期的な価値向上の道筋が見えない」というものでした。
その過程で、村上世彰さんのグループが株式を密かに買い上がってきていて、その圧力で、従来予想の20倍という極めて大規模な増配を公表しました。その配当原資を捻出するために、多額の減資と準備金の取り崩しまで必要となる規模です。
このような超高額配当とそれを3年間実施することを公表し、当然株価は暴騰したわけですが、そのタイミングで村上さんのグループもストラテジックキャピタルも1日で保有する全株式を売り抜けました。
総会が終わってわずか1週間後の話です。自分が株主提案をして送り込んだはずの取締役3名まで見捨てて(1名はこの過程で辞任)、全株を売り抜けた。かなり問題です。
アクティビストの存在は、会社の経営にとって良い結果をもたらす場合も多々ありますが、病理現象もかなりあると思っています。このケースは病理現象の典型です。
─ この病理現象を治癒するための方策は?
太田 1つは、様々な意味での会社の地道な努力です。先程申し上げた株価を上げる努力や投資家との対話などを全て実行することが大前提になります。
ですが、日本は諸外国と比較して株主権が非常に強く、例えば、株主提案ができる範囲が非常に広汎です。アメリカやドイツでは、基本的に取締役会の権限に属する業務執行に関する事項については株主提案はできないことになっています。
日本も形の上ではそうなっていますが、問題は、定款変更という形を取れば、業務執行に関する事項でも何でも株主提案や臨時株主総会招集請求ができてしまう点です。
この点、日本は他の先進国と比較してハードルが低く、グローバルスタンダードとも合っていません。それを変えることも必要だと思います。
─ アクティビストが活動しやすい環境になっていると。
太田 ええ。また、法令のエンフォースメント(執行)が不十分な点も見逃せません。例えば5%ルール(大量保有報告規制)も、日本では守られていないことが非常に多い。
それによって「日本版ウルフパック」と呼ばれていますが、日本の仕手筋や中国系投資家などが、本来は共同保有者として開示が必要なのに、連携してステルスで株式を買い上がって、経営権を奪取するような事例が、特に中小型株を中心に目立っています。
なぜ、こういうことが起きるかというと、日本では大量保有報告規制違反について、規制の実効性、エンフォースメントが弱く、摘発されないからです。
日本では小泉改革以降、「事前予防型社会」から「事後責任型社会」に転換しました。それまでは、「護送船団方式」といわれたように、行政指導で、箸の上げ下ろしまで行政が指導していましたが、透明性が低かった。
そこで、行政指導ではなくルールベースで取り組むことで透明性を高めようということになったわけです。
理念は正しいのだと思いますが、日本は全体として性善説の国ですから、証券取引等監視委員会も、大量保有報告書違反などはあまり摘発しませんし、風説の流布のような事例も数多く見受けられます。
事後責任型社会に転換すると、行政の統制が緩む分だけ、当局にルール違反を摘発できるように人員も予算もつけてあげなければいけませんが、それが十分ではなく、レッセフェール(自由放任主義)の「無法地帯」になってしまっているのが実情です。
ROEなどの指標を経営者はどう意識すべきか?
─ セブン&アイ・ホールディングスのように日本を代表する、時価総額の高い企業でも買収提案を受ける時代ですね。
太田 アクティビストの動きを見ると、24年8月5日に日経平均がクラッシュした時に、大幅に日本株を買い越していて、時価総額が兆円レベルの会社にもかなりアクティビストが入っています。
現在では時価総額が1兆円を超えるような企業もアクティビストや同意なき買収のターゲットとなり得る時代になったということだと思います。
それらのターゲットになることを防ぐには、株価を高めること、そのためには利益を上げることです。利益が上がるまで時間を要する場合には、先程申し上げた通り、経営の透明性を高め、機関投資家の納得を得ることが重要になります。
また、株価も利益もすぐには上がらないという企業もあるとは思いますが、機関投資家の中には、中長期で株式を保有しているところも多いですし、個人でも、中長期目線の方は、目先の利益が出ていなくても構造改革などで先々に可能性があるのならば、現在の経営方針を信頼してしばらく待とうというスタンスになりますので、やはり株主との対話が重要になります。
─ ROE(株主資本利益率)、PER(株価収益率)、PBR(株価純資産倍率)などは、企業が意識すべき指標だと言えますか。
太田 統計的に、ROEが8%を超えると、PBRが1以上になってきます。ROEを上げることはPBR1倍割れを回避する近道です。
この「PBR1倍」だけが独り歩きしてしまっていますが、東証の要請の本旨は、上場会社はもっと資本コストを意識した経営をして欲しいという点にあります。
コーポレートガバナンス・コードが策定されて以降、経営者の中に資本コストへの意識がかなり浸透していると思います。それ以前は、ROEや資本コストといってもピンと来ないという日本の経営者も多かったと思いますが、今ではそういう経営者はいないでしょう。
─ 経営者の意識は変わったと。いずれにせよ、市場との対話が重要だと言えますね。
太田 はい。すぐに株価などが上げられないとすれば、それが一番の近道です。
株式を自分が保有しているという意識で考えるとわかるはずですが、今は株価が低くとも、将来上がってくる道筋が見えるのであればまだ我慢できると思います。
しかし、上がる道筋も見えないのであれば文句を言われても仕方がないということです。
─ 昨年、上場を廃止した企業が100社近くに上りましたが、これをどう見ますか。
太田 ここ数年、アメリカでもイギリスでも上場企業数は減り続けています。日本だけが増え続けていて、最近ようやく減少に転じたようです。
問われているのは、経営の重心をどこに置くかです。
もう少し公共の利益に軸足を置いた経営をしたいので、ROEには囚われたくないという考えを持つ経営者がいてもおかしくありませんし、資本コストは、あくまで投資家が要求する投資利回りの話ですから、非公開化すると、その軛から逃れられます。そう考えると、株式非公開化はもっと増えてもおかしくありません。
日本の状況を考えると、上場企業数が減少に転じるのは、ある意味当然です。エクイティ・ファイナンスをするわけでも、社債を発行して市場から資金を集めるわけでもない場合には、上場はリスクでしかありません。
サステナビリティ開示の拡充など、上場コストも上がっていますから、上場している意味があるのか、会社を取り巻くステークホルダー全体の利益に鑑みれば非公開化した方が良いのではないかということを、今や真剣に考えなければいけないのではないかと思います。
資金調達の手段も多様化していますから、上場していなくとも、資金調達は十分できる時代になっています。
─ 上場する意味が問われる時代ですね。
太田 上場を目指すスタートアップ企業は、もう少し力を蓄えてから上場した方がいい場合もあるでしょうから、既に上場しているのであれば、上場はゴールではなく、そこからさらに成長することが大事だという意識を強く持つことが大事なのだと思います。