14億人と世界一の人口を抱えるインド。IT大国としても業界内外で認知されており、米国ビックテック企業のCEOでインド出身者としては、IBMのアービン・クリシュナ氏、Microsoftのサティア・ナデラ氏、Googleなどを傘下に持つAlphabetのスンダー・ピチャイ氏など、数多く輩出している。

インドの大手IT企業であるHCL Technologiesはこのほど、同国の首都デリー近郊に位置する産業都市・ノイダにおいて本社のプレスツアーを開催。日本市場に対するプレゼンスの強化に乗り出しており、本稿では同社のビジネスについて紹介する。

  • HCL Technologiesの本社

    HCL Technologiesの本社

インドのIT巨人、HCL Technologiesとは

まず、HCL Technologies President, Growth MarketsのSwapan Johri(スワパン・ジョーリ)氏がインドのIT市場について説明した。同国ではIT関連のプロジェクトの売上高は3000億米ドルにのぼり、外資系企業の拠点数は1800超、IT事業者の雇用者数は600万人に達している。

  • HCL Technologies President, Growth MarketsのSwapan Johri(スワパン・ジョーリ)氏

    HCL Technologies President, Growth MarketsのSwapan Johri(スワパン・ジョーリ)氏

同氏は「当初、インドのIT業界はグローバル企業のサポート役という立場で労働力を提供していましたが、昨今ではインドから発信するイノベーションが増加しています。そのため、多くの外資系企業では単なる拠点をインドに置いていましたが、イノベーションセンターを設けることもあり、人材も豊富に抱えています」と述べた。

インドのIT業界は、立ち上がり始めの1970年~1990年代に小規模から始まり、そのうちの一部企業が大規模に成長。実際、2024年のグローバルにおけるITサービス企業トップ10の3社がインド企業であり、そのうちの1社がHCL Technologiesとなっている。

同社の主な事業領域は、アジャイルなビジネスモデルを実現する包括的なサービス群でグローバル企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)をスケールアップを支援する「ITサービス」、無形資産中心の企業や有形資産中心の企業、サービス主導型企業に対して製品やプラットフォームの市場投入までの時間短縮を研究開発などの面からサポートする「エンジニアリング、R&Dサービス」、データアナリティクスやサイバーセキュリティなど7分野のソリューション開発、マーケティング、販売を支援する「HCLソフトウェア」の3つを柱としている。

  • HCL Technologiesにおける3つの主要事業

    HCL Technologiesにおける3つの主要事業

これらに加えて、セキュアで拡張性があり、測定可能なビジネスインパクトをもたらすフルスタックのAIソリューションを備える。こうした、同社のサービスは米国をはじめとしたビッグテック企業との戦略的なパートナーエコシステムにより提供されている。

  • 大手IT企業とパートナーエコシステムを構築している

    大手IT企業とパートナーエコシステムを構築している

「技術やエンジニアリングが成り立ちのベースにある」

HCL Technologiesは1976年に創業者のShiv Nadar氏が設立。当初の社名はHindustan Computers Limited(ヒンディスタン・コンピュータース・リミテッド)であり、これを略して現在の“HCL”となっている。

直近のの年間売上高(2023年12月~2024年12月)は138億ドル(日本円で約1兆9872億円)、グローバル60カ国において事業を展開しており、従業員数は22万人、今年度の売上高は150億ドルを見込んでいる。同社では重要な要素として「People」「Culture」「Engineering」の3つを掲げている。

  • HCL Technologiesの概要

    HCL Technologiesの概要

ノイダの本社は、東京ドーム6個分の敷地にサイバーセキュリティやAI、AIoTなどの研究棟、顧客企業のオフショア開発を行うデリバリーセンターをはじめ、計6棟の建物が整備されている。

  • 眼下に見下ろすHCL Technologiesの本社

    眼下に見下ろすHCL Technologiesの本社

また、グローバルにおいてはオフショア開発を担う220のデリバリーセンター、70のラボ、20のニアショア開発施設を持ち、世界各地の顧客を支えている。

  • グローバルのデリバリー規模

    グローバルのデリバリー規模

創業者であるNadar氏はテクノロジーをインドの人々にも届けること、従業員が必要なトレーニングが受けられること、そして活躍できることを主なビジョンとして事業をスタートさせた。

1978年にIBMに先駆けてインド国産の8ビットコンピューターを開発し、1993年にはインド政府の大規模プロジェクトを手がけることになった。これを契機にデジタル事業の拡大が始まり、その一例がインド証券取引所のデジタル化だ。この実績をもとにソフトウェアカンパニーとして事業展開するために1999年にHCL Technologiesに社名を変更した。

そして、2008年にエンタープライズアプリケーションコンサルティング企業であるAXONを買収し、アプリケーション領域を強化。2014年には金融業界の企業とCo-Innovation Labを設立し、代表的な例としてはドイツ銀行と共同でセールスや分析、リサーチ、トランザクション・バンキングなどのサービスにアクセスできる電子サービス「Autobahn」などがある。

2018年にIBMからAppScanやBigFix、Notes/Domino、Sametimeなどのソフトウェアを買収し、2021年には米Forbes誌が選ぶ「World's Best Employers」(世界で最も働きがいのある会社)を受賞している。

  • 時系列で見るHCL Technologiesの変遷

    時系列で見るHCL Technologiesの変遷

Johri氏は「技術やエンジニアリングが成り立ちのベースにあるため、当社の事業はお客さまの問題解決です。単に企業に対して人材を供給するわけではなく、お客さまとなるその企業のために問題を解決します。また、お客さまとの長期的な関係性構築も重視しており、実際に多くの企業と平均10年以上の取引関係にありますし、なかには20年以上の付き合いがあります」と話す。

日本市場では製造業、テック系の顧客を支えるHCL Technologies

次に、日本法人であるエイチシーエル・ジャパン 代表取締役社長の中山雅之氏が日本のビジネス展開について説明に立った。日本法人は1998年に設立し、現在の従業員数は750人、うち650人はエンジニアであり、インドから3000人が顧客サポートにあたっている。

  • エイチシーエル・ジャパンの概要

    エイチシーエル・ジャパンの概要

日本法人のミッションは人材不足に対してデジタル人材を供給するとともに、顧客のビジネスに貢献していくこととし、ビジョンは「日本におけるインドベンダーでNo.1」を掲げ、2028年に売上高1000億円を計画している。

直近では、昨年末にインド本社によるHPE(ヒューレット・パッカード・エンタープライズ)のコミュニケーション・テクノロジー・グループの買収が完了し、同グループが得意とするテレコム関連のポートフォリオが強化されている。

また、5つのバリューとして「Trust」「Localization」「Delivery quality」「Strong solution」「People」を据えている。中山氏は「これらのバリューは2年前に策定し、対顧客、市場、社内に対するメッセージになっています」と述べた。

日本におけるビジネスについて同氏は「エンジニアリングがベースのため日本では製造業やテクノロジー系のお客さまが多くいます。家電や自動車関連、医療技術・ヘルスケア、テレコム、金融関連、ISV・半導体などの企業を支援しています」と説明した。

  • エイチシーエル・ジャパンのポートフォリオ

    エイチシーエル・ジャパンのポートフォリオ

日本企業を手厚くサポートする技術力

実際、昨年6月にオリンパスがインド・テランガナ州ハイデラバードで研究開発戦略の一環で「オフショア・ディベロップメント・センター(ODC)」の活動を開始し、その第1弾としてHCL Technologiesとの戦略的合意にもとづき、オリンパスのイノベーション創出を推進するとともに、研究開発体制の強化に取り組んでいる。

オリンパスとの協業について、中山氏は「これまでもオリンパスさんとは薬事規制の部門で大きなビジネスを展開していましたが、昨年に5年間にわたる大規模な契約を締結しました。これには、新興国向けの内視鏡に関する新規製品開発やハードウェアのデザインなども含まれています」と話す。

  • エイチシーエル・ジャパン 代表取締役社長の中山雅之氏

    エイチシーエル・ジャパン 代表取締役社長の中山雅之氏

同社ではインドへの進出を計画する日本企業のサポートも行っており、現地子会社の設立から運営が安定化するまで支援し、その後は譲渡するプログラムを2023年から提供している。オリンパスもこのプログラムを活用している。

中山氏は「日本法人のミッションは、いかに強いテクノロジーを日本の市場につなぐかです。もちろん、言葉や文化などの問題はありますが、それをどのように橋渡ししていくのかが大きなテーマになっています。こうしたことをスムーズに行い、単純に橋渡しするだけでなく、営業活動なども含めて取り組むことが非常に重要となるため強化しています。HCL Technologies自体は世界60カ国に展開し、オフショア施設も有していることから、日本企業が海外進出する際のサポート体制は万全です」と力を込めていた。

正直な話、恥ずかしながら筆者は今回のプレスツアーに参加するまで同社の存在を知らない状態だった。しかし、実際に現地に赴き、本社やビジネスの話を聞いて、そのスケール感に圧倒されたのは言うまでもない。

最近ではiPhoneの中国依存を軽減したいAppleが以前からインドでの製造強化を図るなど、世界的に見ても熱視線が注がれている。米中対立を軸とした地政学、巨大マーケットと人材を伴う経済的な潜在性などがある。

こうした環境の中、HCL Technologiesは日本企業の裏方、ひいては屋台骨を支えている企業であり、今後日本市場においてプレゼンスが高まっていくのではないかと期待している。