NTTドコモグループ(NTTドコモ、NTTコミュニケーションズ、NTTコムウェア)と石川県は2024年11月、令和6年能登半島地震および令和6年奥能登豪雨からの復旧・復興と県内の地域活性化推進を目的とする包括連携協定を締結した。この協定に基づき、NTTドコモとNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)は2025年3月、「能登HAPSパートナープログラム」を始動した。
同プログラムでは石川県能登地域をフィールドとし、HAPS(High Altitude Platform Station:高高度プラットフォーム)を活用したソリューションやさまざまなユースケースの創出を目指す。NTTドコモとNTT Comは、プログラムに参画する企業や自治体、学術機関などと共に、HAPSの特徴である「スマホやIoT機器との直接通信・高速大容量・低遅延」を活用したビジネスモデルやソリューションの検討、実証実験を進める。
このほど、プログラムのキックオフイベントであるセミナーが石川県金沢市とオンラインのハイブリッドで開かれた。
地震・豪雨の経験から「フェーズフリー」なデジタル活用に注力
まずは、石川県副知事 兼 CDO(最高デジタル責任者)の浅野大介氏が、平時と有事の際を区別しない「フェーズフリー」な防災対策の重要性について講演した。
令和6年能登半島地震においては、官民の連携によりデジタルを活用した被災地支援に取り組んだが、導入や活用に時間と手間を要したという。浅野氏は災害対応でデジタル技術を活用する際の最大の教訓は、「平時からのデジタル活用の重要性」だと、指摘した。
そこで石川県は、国や被災市町、民間事業者らが連携し、平時から災害時まで状況にかかわらず活用可能となる、フェーズフリーな「奥能登版デジタルライフライン」の構築を検討開始した。
この奥能登版デジタルライフラインは、石川県が定める創造的復興プランのリーディングプロジェクトに選定されるなど、県が主体的に取り組む姿勢を見せている。また、ドローン航路や自動運転サービス支援道などと並んでデジタルライフライン全国整備計画のアーリーハーベストプロジェクトに選定されており、国としても後押ししている。
その一方で、フェーズフリーなデジタル技術活用を実現するためには、通信環境の確保が不可欠。しかし、能登をはじめとする山間部や人口減少地域においては、不安定な通信が大きな課題となっている。地方におけるデジタルライフラインの実装には、通信基盤の強靭化に加えて、容量や遅延など通信環境の改善も求められる。
能登地域は、令和6年9月に発生した奥能登豪雨の際にも通信途絶の事態に直面している。奥能登豪雨では通信の確保のため、国や通信事業者と県が連携して能登半島地震の対応を教訓としながらStarlink(スターリンク)を設置した。これにより、約3日間で携帯電話が1社以上通じない避難所にStarlinkアンテナの配備を完了できたという。
石川県は現在、奥能登豪雨時に3日間だった通信に支障がある期間を、どれだけ短縮できるのかを課題としている。これに対し県は奥能登4市町と共同で、孤立の恐れのある避難所などにStarlinkおよび非常用電源を整備し、通信基盤の強靭化とデジタルサイネージによる情報発信機能を具備した地域の拠点を14カ所整備するなど、フェーズフリーな通信の確保とデジタル活用につなげる施策を講じている。
浅野氏は「Starlinkは点での通信環境を確保するものであり、面(エリア)での通信確保についても検討が必要」と述べ、HAPSを用いた能登地域の面的なエリアカバーについて前向きな姿勢を見せた。
NTTグループが取り組む宇宙事業の現在地は?
続いて、NTTドコモが同社グループの取り組む宇宙事業と、HAPSに関する取り組みについて紹介した。
宇宙産業は高い成長が期待されている領域であり、日本航空宇宙工業会の試算によると2030年代早期には8兆円規模の市場へと拡大する見込みだ。その内訳は宇宙機器産業が約0.6兆円、宇宙ソリューション産業が約7.4兆円。
そうした中で、NTTグループは宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想の実現に向けた宇宙ビジネス分野の新ブランド「NTT C89(エヌ・ティ・ティ シー・エイティ・ナイン)」を立ち上げ、その注力領域の一つにHAPSを挙げている。
NTTドコモの地上系ネットワークは人口カバー率については99.9%以上であるものの、山岳や島しょ部があるため面積カバー率としては約60%にとどまる。そこで同社は、人工衛星や無人航空機を利用して上空から通信サービスを提供する「非地上系ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Network)」の提供を目指す。
将来的には、GEO(GEostationary Orbit:静止軌道)、LEO(Low Earth Orbit:低軌道)、HAPSの非地上系ネットワークと地上系ネットワークを統合し、独自のマルチレイヤネットワーク構築を実現するという。
NTTドコモはこれまで、山林での作業や大規模イベント時、捜索活動などにNTNを導入することで、安定した通信環境を実現。自動運転やドローンを用いた映像伝送、インフラの自動点検など、具体的なソリューション導入も支えてきた。
同社は災害対策にもNTNを活用している。移動基地局車および船上基地局の活用により被災地の通信の応急復旧を実施したほか、自治体や公的機関へ衛星電話サービス「ワイドスター」およびStarlinkを貸し出し、現地の復旧活動を支援した例があるという。
令和6年能登半島地震の発生時は、土砂崩れや道路の寸断により通信サービスの中断が長期化した。これに対し、同社は移動基地局車・船上基地局の派遣やNTNの配備によって、復旧活動を支援した。
成層圏を滞空して通信やリモートセンシングなどのサービスを提供するHAPSは、GEOやLEOといった衛星と比較して地上との距離が近いため、高速な通信が可能。また、機体に搭載するペイロードを変更することで、柔軟なサービス提供が可能となる。臨時でエリア化が必要となる災害発生時やイベント開催時の活用が期待される。
NTTドコモらは現在、AALTOのHAPS機体「Zephyr」を活用した実証を進めている。NTN推進部室長の井上雅広氏によると、2022年にZephyrを用いて64日間の連続飛行を記録し、2025年にはケニアでHAPSの飛行と通信の実証に成功したという。2026年の日本での商用化に向け、実証を重ねる予定とのことだ。