
首相の石破茂は商品券配布問題の発覚で追い込まれたかにみえたが、歴代政権での慣習だった疑いが濃厚になると、自民党内の「石破おろし」の機運は後退した。野党の追及も寸止めにとどまり、「石破のままの方が参院選を戦いやすい」という本音が露骨だ。海外では米大統領トランプの暴風が吹き荒れる中、日本に大きな直撃はなく、世界でも珍しい「平常運転」が政界で続く。しかしトランプは予測不能で油断禁物。八方塞がりの石破は、物価高の「強力な対策」で血路を開こうともがいている。
朝日新聞への反問
「第何条の、どの条文をおっしゃっておられますか?」
石破がこう問い返したのは朝日新聞の記者。場所は首相公邸。日時は3月13日の午後11時半ごろだ。その前の午後8時ごろ、朝日新聞はウェブサイトで一報を放った。「首相が3月3日に公邸で新人議員15人と会食する前に、事務所関係者が各議員の事務所に商品券10万円分を届けていた」との内容で、永田町は騒然となっていた。
一報から3時間あまり。石破は不自然なほどの満面の笑みで記者団の前に現れた。その上で商品券を届けたことを認め、「会食のお土産代わりに、(新人の)ご家族への労いなどの観点から、私自身の私費、ポケットマネーで用意したもので、法律に抵触をするものではございません」と言い切った。
「政治資金規正法に抵触しないのか」と質問の先陣を切ったのは朝日の記者。それに対する石破の反問が冒頭の発言だ。朝日の記者は「いったん取り下げます」と撤収し、しばらく後に「21条の2で『何人も公職の候補者の政治活動に関して寄付をしてはならない』としている」と問い直した。石破は「これは『政治活動』ではございません」との一言で応じた。
石破は当初、翌14日朝に取材に応じる予定だったが、「早く対応した方が良い」との助言が殺到し、異例の深夜取材が急遽設定された。さらに異例だったのは、秘書官が質疑を打ち切らず、10分あまりやりとりが続いたことだ。通常は首相が一言話すか、数問の質問を数分間だけ応じた後で秘書官が「終わります」と宣告して首相がすぐに立ち去る。だがこの夜だけは、秘書官がわざわざ「他にまだ当たってない方おられませんね?」と確認するほど。この問題を「政権の危機」と位置づけ、石破なりに最大限の対応をしたわけだ。
翌朝の在京各紙は軒並み1面で扱い、翌日も1面扱いが続いた。さらにその週末に行われた朝日、毎日、読売の世論調査での内閣支持率は、朝日26%(前回比14ポイント減)、毎日23%(同7減)、読売31%(同8減)と急落した。
猛烈な逆風を感じた石破は国会答弁では「反問」を封印。「判断の誤り」「深く反省している」と平身低頭を続けた。19日の参院予算委員会では印象的な答弁も。「長年(議員を)やっていて、人付き合いが悪いの、ケチだのと散々言われ、そのことを気にする部分が私自身相当にあったんだろうと思う」と漏らした。
もとは派閥の慣行
商品券を配るのは、もともとは派閥の中での慣行だった。派閥全盛期の「三角大福中」時代は「角栄さんからポンッと封筒を渡され、中を見ると100万円の札束だった」といったエピソードが語られるが、リクルート事件後の金権批判を経て、そんな光景は消滅した。
代わって登場したのが、銘菓などのお土産を入れた紙袋の底に10万~数十万円分の商品券を詰めた封筒を忍ばせて渡す、という手法だ。派閥の「次期領袖」を狙うベテラン議員が派内の中堅や若手を食事に誘って結束を固める際に多用されたという。
では、石破はなぜ失敗したのか。まずは時世を読み誤っていた。この時期に慣例とはいえ、商品券を配布したことが発覚したらどうなるか。想像力がなかった。公明党代表・斎藤鉄夫のこの問題での第一声が「耳を疑った」となるのもむべなるかな。
配布先への考えも浅すぎた。相手は昨秋初当選した新人議員15人。自民党には現在、麻生派以外の派閥が存在しない。商品券を押しつけられたときに「黙って受け取っておけ」と教える胆力のある「教育係」もいない。
新人15人は初めて見る「首相からの商品券」に動揺した。互いに「もらった?」と探り合い、1人が「返した」と言い出すと雪崩を打って返却した。自民党内では「前幹事長・茂木敏充に近い新人がリークした」「野党議員の秘書経験者を使っている事務所から漏れた」などの情報が流れているが、そもそもこんなドタバタを繰り広げてマスコミに漏れないわけがない。
自民のベテラン秘書は石破をせせら笑った。「慣れてないんだよ。そもそも石破と新人は初対面のようなもの。そんな関係で商品券を渡すなんてあり得ない」。
だが、ほどなくして石破の公邸会食だけでなく、岸田政権や安倍政権でも現職首相側から党所属議員へ商品券が渡されていたことが報道されるようになった。すると自民党内で「すわ! 退陣か」と動き始めていた議員たちも息を潜め始める。
いわゆる裏金、つまりパーティー券販売のノルマを上回った分のキックバックや還流は、旧安倍派と旧二階派でしか確認されていない。だが、商品券はそれ以上に自民党内に横行していた慣習だ。これを理由に石破を総裁から引きずり下ろしても、新総裁に新たな商品券問題が発覚しては元の木阿弥となる。
そもそも石破おろしに成功したとして、自公で過半数を確保していない衆院で本当に首班指名選挙を勝ち抜けるのか。その確証すらない中、「おろし」に動く胆力と構想力のある人材に欠けている。それが自民党の現状だ。
野党も自民党を笑えない。発覚翌朝、立憲民主党代表の野田佳彦の定例記者会見での冒頭発言は「眠たい」ものだった。「企業団体献金の禁止の議論をしているタイミングで、こういうことをやっていたのかと驚いた」「どう見ても政治活動」「お土産に10万円の商品券は社会通念としてあまりにも多いのではないか」。あまりにもぬるま湯だ。他の野党も同様のぬるさだった。市井との金銭感覚の違いを指摘して明確に退陣を求めたのは共産党程度だった。
「野党も首が寒い」
むしろ「野党も首が寒い」と人の悪い笑みを浮かべる自民党関係者も多い。「国対政治」全盛期、旧社会党の「国対族」が自民党に籠絡されていたとされるが、その構図は現在も続くという。「○○なんて1000万円ぐらいもらってるだろ」といった実名情報を飛ばす心理戦が自民党から野党に仕掛けられている。
内閣不信任決議案の提出にも野党は及び腰だ。提出には衆院議員51人以上が必要で、単一政党では立憲だけがそろえられる。野田はここでも言を左右にする。「まずは究明」「これ(商品券)だけで不信任ではなく、総合的に判断する可能性は否定はしないが、現段階で決めているわけではない」といった具合だ。
立憲幹部はこう解説する。「これまでは会期末のセレモニーで可決しない前提だったから提出できた。少数与党では可決してしまうことを考えないといけない」。要するに石破をおろした後の展望を、野党も自民党と同様に描けていないのだ。誰が首相になるか、全く見通せない。
立憲、日本維新の会、国民民主党の3党間のそれぞれの関係は悪い。維新は最近まで「立憲から野党第1党を奪う」と公言してきた。国民民主と立憲も旧民主という同根ゆえの遺恨が残る。国民民主と維新の関係では、「103万円の壁」の協議の過程で国民民主が「維新のせいでまとまらない」と放言した。
そもそも不信任可決を受け、石破が衆院解散に踏み切る可能性も残る。かつて石破は周辺に「羽田(孜)さんはあの時、解散すべきだった」と漏らしたとされる。少数与党だった1994年の夏、自民党と社会党による不信任可決が必至の情勢で、羽田は採決を待たずに総辞職した。この時を指している。
野党は解散も怖い。参院選の候補者を立てるのにも四苦八苦しており、衆院選に対応する余裕が薄い。参院選前に政権を奪うより、参院選で自公過半数を崩してから政権を獲りたいのが本音だ。「参院選は石破のままの方が戦いやすい」との空気が充満している。
では石破の方から衆参同日選を仕掛ける可能性はあるのか。86年以来、約40年ぶりの大博打だが、当時の情勢や当時の自民党内の人材の厚さと現在を比較すると、基盤が脆弱な石破が決断を押し通せる道筋は見えない。
細い「再評価」の道
各党が様子見を続ける日本政界は「コップの中の嵐」だ。海外では米大統領トランプが常軌を逸した外交を展開し、本物の暴風が吹き荒れている。
ウクライナ大統領のゼレンスキーを満座の中で辱め、デンマークにはグリーンランドを寄越せと吠える。ウクライナ和平を巡る交渉でロシア大統領・プーチンにへつらいながら欧州をさげすむ。米国を中心とした西側同盟網は崩壊寸前だ。
その中で日本は大きな直撃を食らっていない。他国並みの関税を宣告され、日本製鉄によるUSスチール買収計画の進展がみられない程度で済んでいる。ただそれもトランプの関心が日本に向いていないだけのかりそめの平和かもしれない。トランプがNATOに刻んだ亀裂を日米同盟にも入れようとするだけで、東アジアは瞬時に不安定になるだろう。
石破にとっての現状は、内でも外でもへたに動けば一気に事態が悪化しかねない八方塞がりだ。その中でどうにか血路を探る方策が残っているとすれば、自民党が得意としてきた経済対策だろう。
3月25日、石破と斉藤が首相官邸で与党党首同士として面会した後、斉藤はロビーで記者団に次のような「首相の言葉」を紹介した。「コメの値段を下げるよう、流通の目詰まりを点検しなきゃいけない。また、強力な物価高対策を打ち出そう」。予算成立後に実効性のある物価高対策を実施し、「やはり自民党」と再評価を得ることにしか、石破が参院選を乗り切るすべはない。それによって国民の生活が少しでもマシに、ラクになるかどうか。注視すべきはそこである。
いずれにせよ、国際情勢が荒れる中で日本だけが様子見を決めこんでいるわけにはいかない。日本国のリーダーとしての基本軸が求められる局面だ。(敬称略)