[4兆円投資]消費地から輸出拠点に インドを拠点にスズキが描く世界市場戦略

ホンダを超える生産台数

「(インドは)引き続き最も力を入れる最重要市場。モビリティーにまだ手の届かない10億人にアプローチしたい」─。スズキ社長の鈴木俊宏氏は語る。

 インドで成功している企業の代名詞として語られるスズキ。1982年に同社がインド政府と合弁会社「マルチ・ウドヨグ(現マルチ・スズキ)」を設立し、翌年には小型車「アルト」がベースの「マルチ・800」の製造を開始。価格は20万ルピー。当時、インドで最安ということもあって爆発的にヒットした。

 それから約四十余年。同社は2031年3月期を最終年度とする新たな中期経営計画で、インドを軸に4兆円を投じることを表明。インドを現地需要とアフリカ向けなどの輸出拠点とし、現在の7割増に当たる年400万台生産体制を構築する。

 鈴木氏は「何が何でも30年に400万台(規模)にするのではなく、市場の状況を見ながら適切なタイミングで達成したい」と機動的に取り組む意欲を示すが、400万台という規模は足元の自社の年間販売台数約316万台を超え、ホンダや日産自動車を上回る規模となる。

 いまスズキは独り勝ちの状態だ。他社が米・中市場で苦しむ中、稼ぎ頭のインドと日本国内が堅調で25年3月期の業績予想も唯一、上方修正。「稼ぐ力を上げていく収益改善の効果が徐々に表れ始めている」(同)

 その中でインドはスズキにとって屋台骨になっている。24年3月期第3四半期時点で売上高と営業利益の約4割、販売台数の6割弱(約134万台)をインドが占めるからだ。所得が低かった頃から、いち早くインドに進出し、他社が主力とする米国や中国からは四輪車販売で撤退するなど選択と集中を進めた。

 そのインドが今では消費地のみならず生産拠点にもなっている。24年に日本で発売したSUV(多目的スポーツ車)「フロンクス」や発表から僅か4日後に約5万台を受注したことで一時受注停止になった「ジムニーノマド」はインドで生産し、日本に逆輸入している。もはや「インド生産車の品質は日本製と同等」と同社の開発担当者は語る。

インド人への教育と人材交流

 文化や商習慣が日本と大きく異なるインドで、なぜ品質を担保できているのか。それは徹底した教育と人材交流があるからだ。進出当初は「決まった時間に集まって作業をするという感覚もなかった」(マルチ・スズキ元首脳)。そのため映像を流し、「クルマをオートメーションでつくることがどういうことかをビジュアルで説明した」(同)。

 もちろん反発もあったようだ。元首脳によれば「マネージャーとワーカーが一緒に昼食をとるという文化もなかった」が、半ば強引に実行。「会社のビジョンなどを説明し、会社という『同じ船に乗っている』という感覚を持ってもらった」。組合対応にも苦労があったが、長い時間をかけて方向性を合わせた。

 その後、採用に力を入れる。インドの大学院からインターンシップを積極的に受け入れ、インド工科大学の卒業生も直接採用。「ステップアップできる基準を提示することで、インドの人々の士気向上を図った」(同)。今ではマルチ・スズキの取締役の3分の1はインド人だ。

 クルマづくりでも日本のものづくりの思想を植え込んできた。スズキの静岡にある工場には約4000人が勤務しているが、そのうちの約200人はインド人。企業内転勤でマルチ・スズキのエンジニアが1年半から2年かけて静岡の工場で設計などに携わって帰国する。今では25年夏から販売を始める予定の同社初の量産型EV(電気自動車)がインド製になるほどだ。

インドで生産されるスズキ初の量産EV「eビターラ」

 そのインドを一大生産拠点にするスズキがインド製のクルマの輸出先として見据えるのが「顧客ニーズがインドと似ている」(鈴木氏)というアフリカや中東などだ。鈴木氏は「インド1カ国に集中する割合は低くしていきたい」と語っており、リスク分散も図ろうとしている。

 インドで盤石に見えるスズキだが、徐々にシェアは落としている。1990年代に7割近くあったシェアは、最近では4割程度に。SUVへの対応が遅れたことで、韓国の現代・起亜自動車やインドのタタ・モーターズ、マヒンドラ&マヒンドラなどの攻勢を受けているからだ。しかもEVに関しては、タタが市場の6割超(約6.7万台)を占めており、独走状態が続く。

 インドは昨年末に逝去した相談役・鈴木修氏が開拓した市場。80年代に自動車産業の誘致を目指していたインド政府の使節が訪日した際、日本の自動車メーカー各社に面会を求めた。

「他社メーカーでは部課長クラスが面会にくる中、唯一、経営トップが訪れ、彼らの話に耳を傾けた」(関係者)のが修氏。その精神が今も脈づいている。

 スズキは小型・軽量なクルマづくりを得意とする。EVでも使われ方を徹底的に分析して電池をできるだけ積まない、ストロングハイブリッドのような複雑なシステムが必要となる場合は、無理に自社開発せず、提携先のトヨタ自動車の協力を仰ぐ。

 今後はBYDなどの中国EVのインド進出も活発化する。その中でカリスマ経営から脱却し、鈴木氏が強調する「チームスズキ」という集団経営体制に移行したスズキ。同社のクルマづくりの肝である「小・少・軽・短・美」を生かして〝次なるインド〟を開拓できるかどうかが勝負となる。

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