「利益が伸びやすくなってきた」――グループウェアを手掛けるサイボウズの青野慶久社長は、2月に開いた通期決算発表会でこう強調した。

2024年12月期の売上高は前年同期比16%増の296億円、純利益は前期比42%増の35億円だった。ノーコードで業務アプリが開発できる主力製品「kintone(キントーン)」が好調なことや、2024年11月からのクラウドサービスの価格改定による影響が大きい。

同社は今後、エンタープライズ市場の大規模導入に向けた機能強化や、最先端のAI技術への投資に注力する考えだ。「世界で一番使われるグループウェアメーカー」を目指し、グローバル展開に向けた戦略もさらに本格化させる

一方で、サイボウズが世間から注目されるのは「堅調な業績を実現しているから」だけではない。同社は組織に対する考え方が実にユニークで、先進的な企業文化や働き方を定着させ、それを世の中に発信してきた。

日本経済新聞が2024年5月に発表したプラチナ企業(働きやすさと働きがいを両立している企業)ランキングでは、上場企業約2300社のうち見事サイボウズが首位に輝いた。

だがしかし、青野氏は「従業員が増えたことで、従来の考え方では不都合なことが増えてきた」と打ち明ける。2024年度は、コロナ禍に入社した社員の離職が目立ったという。事業規模や従業員数の拡大に伴い、サイボウズは“よくある大企業”の一社になってしまうのか。

好調な日本事業の背景や今後の事業戦略、組織に対する考え方まで、さまざまな質問を青野氏にぶつけた。

  • 撮影:曳野若菜

    撮影:曳野若菜

サイボウズ株式会社
代表取締役 社長 青野慶久社氏
1971年、愛媛県今治市生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、1997年に愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月、同社の代表取締役社長に就任。社内のワークスタイル変革を推進し、離職率を6分の1に低減するとともに、三児の父として三度の育児休暇を取得。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)などがある。

右肩上がりの業績、自治体でも広がる「kintone」の強み

--2011年にクラウドビジネスに転換してから業績は右肩上がりです。高成長を続けている理由を教えてください。

青野氏:個人的には“高い”成長率だとは思っていないですが、サイボウズらしく着実に成長できているなという実感はあります。

パッケージからクラウドに転換したこと、つまり、売上が積み上がるサブスクリプション型のビジネスモデルに変換したことで、利益が伸びやすくなってきました。

特に、主力製品であるkintoneに関しては、中小企業だけでなく大企業や自治体まで幅広く導入が進んでいて、新型コロナ禍以降で急伸したDX(デジタルトランスフォーメーション)に対する需要が、当社の売上拡大を後押ししてくれています。

  • 主力製品「kintone(キントーン)」の連結売上高推移(提供:サイボウズ)

    主力製品「kintone(キントーン)」の連結売上高推移(提供:サイボウズ)

kintoneの強みは“すべての業種に適用できる”こと。ITやプログラミングの知識がなくてもノーコードで業務アプリを開発できるので、個社特有の業務プロセスとの相性がいいです。ある意味「完成品」ではありません。完成品でないからこそ、自分で使いやすいようにカスタマイズできるのが特徴です。

クラウドサービスの品質や顧客対応にも注力していて、低い解約率を継続できています。従業員の主体性を引き出して「楽しい」と思ってもらえるようなサービス設計を心掛けています。

  • 撮影:曳野若菜

    撮影:曳野若菜

--自治体での導入が広がっていることも印象的です。

青野氏:そうですね。新型コロナ禍前の2019年末時点における自治体のkintone導入数は50未満でしたが、2024年12月末時点では380を超えました。2023年比で100もの自治体が増えました。パートナー企業との協力によって、自治体のデジタル化の支援を強化していることも、自治体において導入が広がっている要因の1つです。

正直言って、新型コロナ禍以前は自治体への営業活動にそこまで注力していませんでした。自治体と大手ITベンダーとのつながりがとても強く、新参者の入る隙がなかったから。

ですが、新型コロナによるパンデミックで、オンライン受付窓口や各種申請フォームといった緊急時に対応するシステムの需要が急増しました。これまでのように「半年かけてシステムを開発しよう」というわけにはいきません。

  • 自治体でのkintone活用は拡大している(提供:サイボウズ)

    自治体でのkintone活用は拡大している(提供:サイボウズ)

神奈川県は2021年に、新型コロナによる医療崩壊を防ぐ「神奈川モデル」の一環として実施する「後方搬送」を円滑にするための基盤として、kintoneを採用しました。容態が回復した患者を重点医療機関から他の医療機関へ転院させる際の調整を効率化し、病床利用率の低下につなげた事例です。

この事例が全国で話題となり、「手頃かつ迅速に求めるアプリが作れる」という点が評価され、東京都や大阪府をはじめとする多くの自治体でkintoneの採用が進んでいきました。最近では、大きな自治体だけでなく、佐賀県小城市や長崎県西海市といったいわゆる地方自治体でもDX基盤としてkintoneを導入するケースが増えている状況ですね。

--好調な増収増益を受け、1株あたり配当金を前期の14円から30円に増配されました。

青野氏:サイボウズは株価よりも配当を重視している会社です。

2005年に初配を実施し、2010年に「単体当期純利益の10%」から「連結当期純利益の50%」を目処とする配当性向に引き上げました。そして、クラウド事業への転換に伴い、2014年に配当方針を再度見直し、クラウド事業の売上総額の10%を配当額とする方針に変更してきた歴史があります。

2015年度の最終業績は赤字でしたが、それでも配当を実施しました。それくらい配当を重視している会社です。

ですが、この5年間はマーケティングへの投資を強化していたこともあり、手元にキャッシュがあまりなかったので、毎年1円ずつの増配となっていました。2022年にリコーが出資してくれたこと(約45億円)や今期の増収増益を受けて、思い切って配当を増やしました。来期はさらに1株あたり配当金を40円に増配する予定です。

  • 2025年12月期 通期業績見通し(提供:サイボウズ)

    2025年12月期 通期業績見通し(提供:サイボウズ)

エンタープライズ市場に本気 「当たり前の存在に」

--2028年12月期の売上高を509億円(2023年度比で2倍)以上にするという目標を掲げていますが、目標達成に向けた事業戦略を教えてください。

青野氏:最も重要なことは、エンタープライズ市場で“勝てるかどうか”ということ。いわゆる大企業に対して、IT基盤としてkintoneをさらに販売できるかどうかが重要です。

東証プライム企業の44%はすでにkintoneを導入していますが、正直言うと部門単位での導入がほとんどで、部門を超えた全社導入をさらに推進していく必要があると考えています。

  • kintoneの導入状況(提供:サイボウズ)

    kintoneの導入状況(提供:サイボウズ)

kintoneはどの部門の担当者でもアプリを作れることが魅力なのに、一部門だけの利用にとどまってしまうのはもったいない。それは、kintoneの良さが十分に発揮されていない状態を意味します。

これまでは「部門単位でもいいからkintoneを使ってみてください」と、種まきのような営業戦略をとってきましたが、今後はその戦略をさらにスケールアップさせていく考えです。そのためには、大企業向けに特化した機能やサポート体制が欠かせません。

--大企業に特化した機能とは?

青野氏:2024年7月には、1000ユーザー以上の大規模利用に対応するため、利用できるアプリ数やスペース数、APIリクエスト数を拡大した「ワイドコース」の提供を開始しました。ポータル拡張やアプリ分析といった大規模利用向けの専用機能も追加しています。阪急阪神不動産やダイドーグループホールディングスなど、kintoneの全社・大規模導入事例は徐々に増えている状況です。

  • 大規模利用に対応するためのkintone「ワイドコース」(提供:サイボウズ)

    大規模利用に対応するためのkintone「ワイドコース」(提供:サイボウズ)

また、kintoneの活用用途も拡大していく必要があると考えています。2024年11月には、kintoneの検索機能とRAG(検索拡張技術)を組み合わせた「kintone AIアシスタント(仮称)」のβ版を発表しました。kintoneのデータを生成AIと組み合わせて検索できるようになります。

例えば、「製造業の企業にSFA(営業支援システム)の提案をするので、参考になる過去の案件とその概要を教えてください」と質問すれば、AIがkintone上にある複数のアプリの情報を参照し、情報元となるアプリ情報とともに答えてくれます。これにより、今まで以上に効率的なデータ活用が可能になるでしょう。2025年度中の提供を目指して開発を進めているところです。

  • 「kintone AIアシスタント(仮称)」の利用イメージ(提供:サイボウズ)

    「kintone AIアシスタント(仮称)」の利用イメージ(提供:サイボウズ)

大きなチャレンジですが、大企業での全社・大規模導入が広がれば「4年後に売上を509億円以上にする」という目標は達成不可能ではないはずです。

--大企業に向けた戦略に舵を切っている印象ですが、中小企業に対する戦略についてはいかがでしょうか。

青野氏:大企業向けの戦略にシフトチェンジしたわけではありません。零細・中小企業に対して、もう一度私たちなりの挑戦をしてみたいと考えています。

おかげさまでkintoneの契約数は3万7000社を超え(2024年12月末時点)、月あたり約730社もの企業がkintoneを契約してくれている状況です。ですが、中小企業は国内に330万社以上あります。「サイボウズは中小企業に強い」とよく言われますが、正直まだまだだなと……。

  • 撮影:曳野若菜

    撮影:曳野若菜

多くの企業にとってkintoneが“当たり前の存在”にしていく必要があります。そのためには、これまで実施してきたTVCM放映や地方でのイベント開催といったアプローチでは不十分です。

そこで、力を入れ始めているのが、kintoneで地域産業を“まるごと支援する”こと。ある産業の上流から下流までの業務を、まるごとkintoneで効率化する取り組みです。

例えば、石川県加賀市の伝統産業である「山中漆器」を生産する山中漆器連合協同組合では、あらゆる工程をkintoneで一元管理しています。漆器屋、素地屋、塗師屋、蒔絵屋と、企業の枠を超えて、さまざまな事業者がkintoneで情報共有を行っていて、漆器屋1社あたり月平均約75時間の作業時間の削減を実現している事例です。

それぞれの会社でkintoneを導入するのではなく、1つのkintoneを運命共同体のように活用する。そうすれば、業界全体で効率化が実現でき、kintoneの利用者数の増加にもつながるはずです。私の出身地である愛媛県今治市にも「今治タオル」という産業があります。地域産業をまるごとDXする、こういった事例をどんどん増やしていきたいです。

「チームワークあふれる社会を創る」という当社のミッションを達成するためには、あらゆる規模の企業に対して、製品をさらに提供していく必要があると考えています。

100人100通りの「働き方」から「マッチング」へ

--組織運営に関することも質問させてください。社員数が1000人を超えたサイボウズですが、2024年度の離職率は前年の約2倍(6.92%)と社員の離職が目立っています。

青野氏:会社の規模が大きくなるにつれて、マネジメントの難しさに直面したという背景があります。

コロナ禍の時期に採用を強化しましたが、急激に増えた新しいメンバーに対してマネジメントが行き届かなくなったというケースが少なくありません。また「サイボウズなら働き方を自由に選べる」と、極端な解釈をされるケースも増えてしまった。

社内でも、個人的な希望を実現できることが前提のようにとらえられ、マネージャーがメンバーとのコミュニケーションに苦慮する場面が出てきました。

  • 社員数と離職率の推移(提供:サイボウズ)

    社員数と離職率の推移(提供:サイボウズ)

そこで勘違いを生まないようにするために、昨年の8月にこれまで使ってきた「100人100通りの働き方」という表現をやめ、「100人100通りのマッチング」という表現に変えました。100人100通りの働き方ではなくマッチング。すべての希望を受け入れるのではなく、個々人が希望する働き方と、チームから求められる役割と合致した場合にマッチングが成立するという考え方です。

本質的には以前と何も変わっていないのですが、そうした認識の齟齬が離職率の増加につながった一つの要因だと感じています。

--リモートワークか出社か。働く場所についてはどのように考えていますか。

青野氏:出社なのかリモートなのか。それぞれの企業にそれぞれの方針があっていいと思います。重要なことは「その働き方で、従業員の満足度と生産性が上がっているかどうか」ということ。一方的に決めていることなら、だれかが犠牲になってしまう。

社員と対話しながら納得のいく結論に至ったのならいいですが、誰かが思いつきで決めているだけなら、会社も社員も不幸になってしまう可能性が高いと考えています。

個人的にはリモートワークは圧倒的に効率が良いと感じています。朝に子供たちを送り出した瞬間から、キンキンに冷えたコーラ片手にフルスロットルで働ける。どう考えても生産性が高いですよね(笑)

  • 撮影:曳野若菜

    撮影:曳野若菜

サイボウズでは働く場所以外にも、制度や仕組みをつくるときには必ず、起案者が説明責任を果たせる結論が出るまで議論しながら決めるようにしています。

--「働きやすさ」と「働きがい」を両立する組織になるためには、どのような考え方が必要でしょうか。

青野氏:「何のために集まっているのか」を、組織のメンバー全員が理解し共感することが重要です。単に集まっている集団ではなく、同じ目的を持っているチームであること。

企業をチームにするのであれば、最終的なゴールを明確にして、それに共感するメンバーだけでチームを構成していく必要があります。極論ですが、どこを目指すのかを知らないまま“何となく”働いているメンバーは必要ありません。

サイボウズの場合は「チームワークあふれる社会を創る」という目的があります。働きやすい会社を作ることが目的ではありません。この最終目的を徹底的に共有しているため、働きがいを感じるメンバーが多いと感じています。

短期的な生産性の向上を追求しないことも重要です。遠い目標に向かっていくためには、チームの生産性だけでなくメンバーの幸福度も追求する必要があります。チームの生産性を上げることばかり考え、個人の幸福に目を向けないでいると、結果的にチームとしての成果を出せないかもしれません。

とてもシンプルなことですが、この基礎となることを怠れば組織はつまらなくなるでしょう。

  • 撮影:曳野若菜

    撮影:曳野若菜