
トップ人事にも影響が……
銀行への信頼で成り立っていた「貸金庫ビジネス」は、今後どうなるのか─。
2024年10月に三菱UFJ銀行で発覚した元行員による貸金庫からの顧客資産の窃盗事件が銀行業界を揺さぶっている。
同行の練馬支店(統合した旧江古田支店を含む)、玉川支店で店頭業務責任者、支店長代理を務めていた40代の元女性行員による窃盗で、被害に遭ったのは顧客約70名、被害総額は約17億円相当に上る。
貸金庫を開けるには、顧客が持つ鍵と、銀行鍵の両方が必要だが、三菱UFJ銀のケースでは顧客が鍵を紛失した時に備えて支店に保管されていた予備鍵を、元行員が悪用した。
再発防止策として、予備鍵を本部に集約した他、貸金庫内防犯カメラの増設、映像分析システムの導入、複数人によるチェック体制とした他、人事を固定化しないことも打ち出した。
さらに、貸金庫ビジネスの今後について「現状維持から撤退まで」(執行役員カスタマーサービス推進部長の向井理人氏)、幅広く検討していくとしている。
この貸金庫事件は業界人事、さらには三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の人事にも影を落とした。
25年2月13日、全国銀行協会は、現会長の福留朗裕氏(三井住友銀行頭取)の後任に三菱UFJ銀行頭取の半沢淳一氏が内定したことを発表した。
だが、11年以降、就任の前年末には内定していたことを考えるとかなり遅いタイミング。貸金庫事件の影響でずれ込んだ形。福留氏は半沢氏について「不祥事案から得た教訓を業界活動に生かしていただくことを期待している」と話した。
さらには当初、MUFGのトップ人事も24年内には発表されるという観測が強く、社長には半沢氏の昇格就任が有力視されてきたが、未だに発表されていない。
24年6月にグループ内での「ファイアーウォール規制違反」を受けて金融庁から業務改善命令が出たため、MUFG社長の亀澤宏規氏、半沢氏ら経営陣は報酬減額の処分を受けた。
そこに来て、今回の貸金庫事件で金融庁から報告徴求命令を受け、半沢氏は再び報酬減額処分を受けることになり、同年度内に2度の処分となった。
それでも、MUFG社長の本命は半沢氏で揺るがないという声は強い。ただ、その発表時期には様々な見方がある。4月に半沢氏は全銀協会長に就任するため、その後の5月、決算時期に社長交代を発表するか、6月、株主総会で取締役として再任された後に発表するという説が取り沙汰される。
いずれにせよ、当初のトップ人事発表よりも期をまたいでずれ込むことで、銀行頭取や役員、その下に連なる部長の人事も遅れることになり、そのことが今後のMUFGの秩序に微妙な影響を与える可能性がある。
三菱UFJの貸金庫事件が明らかになって以降、銀行業界に対しては「他にも同種の事案があるのではないか」という疑念がつきまとっていた。
24年末の段階で金融庁は、過去5年のうち、貸金庫に絡む着服事案の届け出が三菱UFJ銀以外に2件あったと説明。
そのうちの1件として明らかになったのが、みずほ銀行の事案。同行によると、16年1月頃から19年6月にかけて、広尾支店(東京)の女性元行員が顧客2人の貸金庫から合計6600万円の現金を窃盗した。窃盗した現金は衣服などの購入や旅行に使われていたという。
当時、被害に遭った顧客に対しては、みずほ銀行が全額を補償するとともに元行員を19年10月に懲戒解雇した。同行はこの事案について、警察の捜査に協力すると同時に金融庁に報告したが、「公表を望まないお客様がいたため」(みずほ銀関係者)対外的に公表してこなかった。
なお、この元行員は21年2月に、顧客から融資の申し込みがあったと見せかけて、みずほ銀の現金を窃取したとして、窃盗の容疑で警視庁に逮捕された。みずほ銀は当時、元行員を刑事告訴するとともに、逮捕や告訴についても公表している。
そもそも、足元で貸金庫への注目は高まっていた。貸金庫には、有価証券や貴金属が保管されていることがほとんどだが、近年は地震など災害の増加、さらには「闇バイト」による強盗事件の頻発もあって自宅に大事なものを置きたくないという人が増えていたのだ。
みずほ銀も三菱UFJ銀も、事案を受けて、管理強化などの再発防止策を実行。地方銀行なども続々対策に乗り出している。ただ、三菱UFJ銀、みずほ銀と相次いで明らかになった窃盗によって、業界として貸金庫ビジネスをどうするか、検討する必要に迫られている。各行で店舗の統廃合や軽量化が進む中、貸金庫を設置できなくなるという現実的な課題もある。
貸金庫では原則、現金を取り扱わないことになっているが、預けた資産の中身は契約者にしかわからない仕組みのため、今回明らかになったように現金も保管されている「グレーゾーン」だったことも問題視されている。
純粋に大事な資産として現金を保管している顧客が大半だと見られるものの、マネーローンダリング(資金洗浄)に使われるリスクがあるとすれば、これも貸金庫のあり方見直しの大きな論点。21年には世界のマネロン対策を調査するFATF(金融活動作業部会)の審査結果でも実質「不合格」を突きつけられている。
悪意を持った個人の犯罪に、組織としてどう向き合うかは非常に難しい課題。改めて信用・信頼が基本の銀行経営の原点を見つめ直す時だと言える。