先日、日本人男子高校生2名がミャンマーで特殊詐欺事件に関連したとして保護され、同様の勧誘が10件確認されたことが警察庁より報告され、少年関連の治安・教育に携わる関係者に激震をもたらした。特殊詐欺を行う犯罪組織は若者をターゲットとしており、彼らを犯罪から守るための対策が急務となっている。
そんな中、LINEヤフーは静岡大学の塩田真吾 准教授と共同で中学生・高校生向けの「闇バイト」対策教材を開発。この教材をベースに3月14日、市川市立第二中学校の1・2年生を対象に公開授業を行った。本稿では、その模様をお届けする。
学生たちを守るために「闇バイト」対策教材とは
ミャンマーでの事件に限らず2024年の年末、日本中で「闇バイト」を発信源とする強盗事件が多発したことは記憶に新しく、社会問題化しつつある。それら特殊詐欺で、SNSが頻繁に利用されており、LINEヤフーは、その対策のため2025年1月に総務省の官民連携プロジェクト「DIGITAL POSITIVE ACTION」へ参画を表明しネットリテラシーの啓蒙活動を行ってきた。
その一方で、静岡大学 教育学部 塩田真吾准教授とLINEみらい財団と連携し、中学生・高校生を対象とした闇バイト対策教材の開発を進めてきた。今回、教材「『間バイト』を自分ごととして考えてみよう~間バイトに注意!あなたを犯罪に巻き込む手口~」が完成、3月18日に無償公開を行うことを発表した。同教材を活用し、市川市立第二中学校の1・2年生を対象に作成した教材を活用した公開授業が行われた。
講師を務めたのは開発にも参加したLINEヤフー サステナビリティ推進統括本部 西尾勇気氏。公開授業は2年2組においてワークショップ形式で実施、他の教室はオンラインでの受講となった。授業は最初に「闇バイト」とは何かについて討論することから始まった。生徒がそれぞれ意見を持ち寄った後、講師である西尾氏が「闇バイト」について解説した。
同氏は「闇バイト」の定義について「法律を守っていない怪しいアルバイト」と説明した。法律面については、労働基準法の定める労働時間や給与、安全が守られず、問題が起きた時、誰にも助けを求められないと説明した。
3つのワークで「闇バイト」について討論
西尾氏は、最初に自分が「闇バイト」を受けてしまうかどうかの質問を行った。これは今回の教材で最も重視される「闇バイト」を「自分ごと」として捉えてもらうことを狙ってのこと。「絶対にどんなことがあってもやらない」と答えた生徒に対して、「絶対といいますが、実は闇バイトを受けてしまうような状況を想像できていないだけでは?」と指摘し、「今回の授業はその想像力を高めるためのもの」と授業の趣旨を説明した。その後、グループとなって互いにテーマをもとに討論する形で授業が進められた。
授業は第1のワーク「お金が必要になる時は?」に移り、各グループで討論が行われた。討論では、まとまった金銭が必要な事例と理由が記載された表を叩き台にゲームの課金や友達との旅行など、各自必要となる理由を語り合い、どうしても必要になった時の対処法などについて話し合った。
次の第2のワーク「『募集する側』の立場で考えてみよう」では、立場を変えて募集する側として「自分が受けてしまう」ような募集コメントの作成を行った。このワークの目的は、加害者サイドの手口を知ることで、自分がだまされているかもしれないという「もしかしたら」の意識を養うことだ。
第3のワークは「誰に相談すればよいのか」。これは、「闇バイト」に巻き込まれた場合の対処法についての学習となる。「学校の先輩から荷物受取バイトの勧誘があり、その過程で怪しい匿名アプリのインストールや学生証の提出をもとめられ、実際に受け取りに行ったら、荷物の内容がキャッシュカードだった」という参考事例に従って、ワークは進められた。
それぞれの段階で、誰に相談するのかについて意見の交換が行われた。西尾氏は、SMSやメール、LINEのオープンチャットやトーク、LINE公式アカウント上での「闇バイト」の勧誘手口について解説を行った。
「闇バイト」の募集を受けてしまった場合の対処法として、1対1での対話は行わず、LINEでは「設定」メニュー内の「通報」をタップして、事例を選択して通報を行うこと、警察の相談専用電話「#9110」、または近くの警察署に相談することが紹介された。
西尾氏は、「とにかく巻き込まれた場合は、誰かに相談することが大事、何かおかしいと思ったら家族に、脅された場合は即警察に連絡すること」と指導する。また、「『闇バイト』は自身が加害者になってしまうケースも多いので警察に相談するのは勇気が必要だが警察サイドはそれを考慮に入れた専門の相談窓口を用意しているので気兼ねなく利用できる」ことを語り、授業は終了となった。
担任の先生は、生徒に対し、「『闇バイト』はよく話題に上る内容だが、今回の授業で他人ごとではなく自身の生徒の問題として理解することができた。みなさんはまだ小さな大人なので何か困ったら1人で囲い込まず、大人を頼ってください」と語った。
学生からは「LINEで公式アカウントからあやしいメールを受けたことがあります。今回の授業でいろいろ話を聞けたので対処できそうです」「自分はやってしまうと思った。誘惑の手口がわかったので、とにかく家族に相談したい」といった意見が出ていた。
講師の西尾氏は、「身近にあふれる情報を常に『もしかしたら』という視点でみられるようになってもらえたら」と、今回の授業を受けた学生の今後の成長への期待について話していた。
「闇バイト」対策教材で自分事として捉えてもらう
教材の開発に携わった塩田真吾准教授は、教材開発の経緯とポイントについてオンラインで説明を行った。教材「『闇バイト』を自分ごととして考えてみよう~闇バイトに注意!あなたを犯罪に巻き込む手口~」は、授業用スライドとワークシート、指導者用ガイドブックで構成され、「『闇バイト』を『自分ごと』として捉えさせる」「闇バイトを見極めるための知見を増やす」「『おかしいな』と思ったときにどう対応すればよいかを考えさせる」の3つをまとめた内容となっている。
塩田氏は「闇バイト」の現状について、警察庁発表のデータを引用し、現在、少年が特殊詐欺事件で現金の授受の仲介を行う「受け子」役のターゲットとされていることに言及。「受け子」となった経緯について、約半数にあたる46.9%がSNSを通して応募した事実より、身近なコミュニケーションツールであるSNSが特殊詐欺に積極的に利用されていることも指摘した。
塩田氏は、静岡大学の学生115人を対象とした調査結果も紹介した。大学生の約3割が闇バイトの求人をSNSで見たことがあり、その求人が「闇バイト」であるかの判断について約53%が見極められるか自信がないと回答している点に注目しており、より早い中学生・高校生の段階から特殊詐欺学習を行うことが必要だとして作成したと語った。
塩田氏は教材開発にあたって一番重視したポイントは、「自分も特殊詐欺にまきこまれるかもしれない」ということをいかに学生自身に自覚させることができるかだったという。同氏は「自分は絶対に大丈夫」「自分ならなんとかなる」といった態度は、単に自身が巻き込まれた状況を想像できていないからであると指摘。
さらに、塩田氏は自覚を促すため自分が金銭を必要とする状況等を考えさせることが重要だと語った。こうした状況で保護者や指導者が思わず使ってしまう常套句「気をつけなさい」はそういった思考を助長するので使用は控え、いかに「闇バイト」を自身にも起こりうる問題として考えさせるかが重要だと塩田氏は強調していた。
教材は無償公開、講師も派遣し「闇バイト」教育を全国に
今後の、教材は3月18日にWebサイト「闇バイト防止教育一“闇バイト“を自分ごととして考える」で、無償でダウンロードできるようにする。
あわせて、LINE未来財団のITモラル教材「GIGAワークブック」に教材を追加し、自治体や学校での利用促進を図っていくという。
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「GIGAワークブック 2025版」(公式Webサイト)
さらに、LINEヤフーの社員による中学校・高校で無償のオンラン講義を実施し、今年6月より随時学校で実施していく計画だ。受付は3月18日より開始する。
SNSは現在、学生から老人まで全世代が利用するコミュニケーションツールとして普及が進み、その効果や影響力についてはいまさら論ずるまでもないだろう。そして、今回その効能の影の部分ともいえるフェイクニュースや犯罪への利用などのデメリット部分が「闇バイト」としてクローズアップされることになった。
この「闇バイト」問題にどう対処するか、特に思春期にあたる中高生への対処は急務で今後、特殊犯罪以外でも対策が求められてくるのは想像に難くない。その第一歩としてLINEヤフーのITリテラシー活動の今後の展開に注目していきたい。