朝の通勤ラッシュに巻き込まれるたびに、電車に揺られながら筆者は思う。「満員電車とは縁遠い地方で働くのも魅力的だな。せめて今日は在宅勤務にすればよかった」と......。

通勤電車の煩わしさからの解放だけでなく、気分のリフレッシュや業務後のプライベート時間の確保など、テレワークには多くのメリットがある。企業にとっても、社員エンゲージメントの向上や多様な人材の確保が期待できるため、テレワークの導入にとどまらず、遠方に住む社員の採用や支援制度の導入に注力している企業も多い。

SB Intuitionsで働く入亮介さんは、東京都内の企業に在籍しながら地方で暮らすという、うらやましくなってしまう働き方を実現している一人だ。入さんは、普段は京都市内で生活しながら、週に1回ほどの頻度で都内オフィスに出社しているという。そこで今回、SB Intuitionsへの入社のきっかけや日々の過ごし方、京都でテレワークをする楽しみやメリットについて話をうかがった。

SB Intuitionsは、ソフトバンクグループでLLM(Large Language Models:大規模言語モデル)開発を手掛ける子会社。入さんは事後学習を行うチームに所属し、プロンプトに基づく最適な出力を目指してインストラクション・チューニングを担当している。データ作成からモデルの学習・評価まで一貫して実施し、LLMの性能向上に取り組む。

  • SB Intuitions Tuningチーム リサーチエンジニア 入亮介さん

    SB Intuitions Tuningチーム リサーチエンジニア 入亮介さん

京都からのリモートワークを始めたきっかけは?

入さんは京都市が出身というわけではない。埼玉県で大学卒業まで育ち、京都大学大学院への進学をきっかけに、京都での生活を開始した。学生時代は物理を専攻していたが、エンジニアを目指してはいなかった。

研究生活で培った数学と物理の知見を生かせると考え、新卒でNTTデータへ入社し再び関東での生活が始まった。データ分析業務からキャリアをスタートし、次第にディープラーニングなどエンジニアリング領域へ活動の場を広げていったそうだ。時期としてはちょうどTransformerが発明され、ディープラーニングにブレイクスルーがもたらされたタイミングだ。

その後にMIXIへ転職し、ロボットに搭載する会話AIの研究に従事。そこでは外部の企業が開発したLLMを使い、あたかもロボットが話しているような語彙や語尾、雰囲気となるようチューニングする業務を担当していた。

すると、次第にLLMそのものに興味を持ち始めたという。他社が作ったLLMをチューニングするのではなく、LLM自体を開発する工程に魅力を感じたそうだ。

入さんは「そうしたタイミングで、言語処理学会などのイベントに大きなブースを出していたのを見て、SB Intuitionsについて知った。選考や面接を通じてSB Intuitionsで働く人の人柄や研究室のような仕事の雰囲気に引かれた。また、執筆した論文の内容も良かった」と、当時を振り返った。

  • SB Intuitions Tuningチーム リサーチエンジニア 入亮介さん

MIXIは2020年から、従業員の多様な働き方を支援するための新しい働き方として、「マーブルワークスタイル」を導入している。この制度はコアタイムを短縮するほか、交通費の支給対象となる交通手段を以前よりも増やすことで、フルリモートワークや遠方からの通勤を可能としている。

入さんはこのマーブルワークスタイルを利用して、大学院生時代を過ごした京都に移住していた。SB Intuitionsへの入社に際しては、「京都は過ごしやすかったので可能なら住み続けたかったが、転職に伴って東京での生活が始まっても仕方がないとは思っていた」とのことだ。

「面接の中で『このまま京都に住み続けられたらいいな』と伝えたところ、その要望が叶い今の生活につながっている」(入さん)

京都での過ごし方と、週1出社を円滑に進めるための工夫

入さんのとある勤務日の生活は以下の通り。8時ごろに起きると、まずはオーディオブックを聞きながら1時間ほどかけて市内を散歩する。小説やビジネス書を聞きながら歩く機会が多く、頭の中を整理する時間に費やしているという。実にうらやましい朝の過ごし方だ。

京都では平安神宮の近くに住んでおり、清水寺の付近を回るコースや、南禅寺から銀閣寺へと抜けるコースなど、いくつかお気に入りのコースがあるそうだ。それから、10時くらいに業務を開始する。

  • 入さんお気に入りの散歩コース
  • 入さんお気に入りの散歩コース

    入さんが撮影したお気に入りの散歩コース

一方、東京のオフィスに出社するのは主に火曜日で、チーム内のミーティングに合わせてスケジュールを調整している。出社日は8時過ぎに家を出ると、新幹線で移動し11時ごろに業務を開始する。対面での打ち合わせや作業を終え、社内メンバーや友人と夕飯に行き、終電までには帰路につく。

ミーティングでは、LLMが入力したプロンプトに従って適切な応答ができるよう、チューニングの進捗をチーム内で共有する。業務で困っていることの相談や、今後の方針の確認など、対面ならではの詳細なコミュニケーションに多くの時間を割いているとのことだ。

週1回ほどの出勤で、コミュニケーションとしては問題ないのだろうか。入さんは「SlackなどチャットツールやZoomを使って日常のコミュニケーションは取れている。関東に住みながら週に1回の出社を続けているメンバーもいるので、気持ちの負担としては関東圏内でテレワークをしているのとあまり変わらない」と話す。

新幹線での移動中は、好きな音楽を聞くほか、ミーティングの振り返りや翌日からの作業の整理、最新技術の論文や記事を読む時間に当てているという。疲れ果てて寝てしまうこともあるそうだ......。

入さんに京都の魅力を聞いてみた。すると、「観光地として有名ではあるが、京都には学生や高齢者が多いため時間がゆったり流れているような気がする。東京と比較して混雑していないが、田舎すぎることもなく非常に過ごしやすい」との返答だった。ちなみに入さんおすすめの京都のお土産は、出町ふたばの「名代豆餅」。

SB Intuitionsでは他にも、仙台に住みながらLLM開発業務に従事している社員もいるとのこと。東北大学で研究しながら、その成果を会社に還元して活躍しているという。

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筆者はこれから満員電車に揺られるたびに思うのだろう、「京都に住んでみたい」と。急に移住する勇気は出ないが、入さんと反対に、普段は東京で勤務しながらたまには京都でワーケーションをしてみるのも良いな、と思いながら、今日も帰宅ラッシュの電車に揺られて帰るのである。

撮影場所:WeWork