「地球丸」の運命は・・・ 【私の雑記帳】

新しい国際秩序づくりへ

新しい国際秩序をどう構築していくかー。その命題に向き合う時、現在の『分断・対立』の状況は大変な重荷になる。

 米国のトランプ政権が打ち出す高関税、不法移民対策、減税・規制緩和はプラス・マイナス現象を伴って、世界全体に影響を与えるだけに、その一挙手一投足に世界の関心が集まる。

 トランプ政権の核心は自国第一主義(アメリカ・ファースト)であり、外交・安全保障から経済まで、問題解決はディール(取引)で行うーというもの。

 国益尊重は言ってみれば、どの国にもそれが基本にあるが、トランプ流はとにかく米国の国益を最優先に置き、相手のことなど構っておられるかという姿勢が顕著だ。ゆえに"脅迫"まがいの言葉も飛び出し、品格のない態度にもなる。

 現実世界は、国も企業も個人も、自分一人だけでは生きていけない。"独りよがりの政策"はブーメランとなって必ず自分にハネ返ってくる。

 先の大戦終結(1945)から、今年は80年という節目の年。"地球丸"という一つの船で、共存・共栄をどう図るかという命題をわたしたちは抱えている。

求められる『共感』の思想

 グローバル・サウス(Global South)は新興国を指す言葉として使われるが、最近はグローバル・ノース(Global North)という言葉も耳にするようになった。

 グローバル・サウスに対して、日・米・欧など、経済的に発展した先進国を指す言葉だが、これを地球の"南北対立"として新たな分断・対立へ向かわせるのか、あるいは共存・共栄の道を探るかで、"地球丸"の運命も決まる。

 

モンテ・カセムさんの言葉に

 国際教養大学(秋田県)の理事長・学長を務めるモンテ・カセムさん(スリランカ出身)は、共存・共栄の世界を実現していくためには、『共感』と『許す』という価値観が大事と言われる。

『共感』ー。英語でいえば、Empathy(エンパシー)。『協調』、『同調』の意味合いが強いSympathy(シンパシー)とは違い、エンパシーには共生、共につながり合うという意味が込められているように感じられる。

 日本の風土には、このエンパシー(共感)があるとカセムさんは指摘される。日本も"共感の哲学"を基軸に、同じ風土を持つ東南アジアの国々と連携しながら、行動・実践していく時だ。

敵か味方か、ではなく…

 敵か味方か、正と悪かーというように、物事を二つに分け、"分断・対立"の思考で、損得勘定だけで、それこそディール(取引)で生きていくのか。それとも、単独では生きていけないとして、他者とのつながりの中、共に生きていくのか。どちらを選ぶかで、世界の様相はガラリと変わってくる。

 当分の間、自国第一主義が横行し、様々な対立、紛争が生じる可能性がある。過去には、一発の銃弾による暗殺が、世界を巻き込んでの戦争へと発展した第一次世界大戦という歴史もある。

 ここは、"地球丸"に乗る各国リーダーはもちろんのこと、一人ひとりが真剣に考え、行動していかなければならない。

 カセムさんは1947年、スリランカ生まれ。スリランカ大学自然科学部建設学科卒。1974年から一般社団法人『日本地域開発センター』の研究員を務めながら、76年に東京大学大学院工学系研究科(都市工学)を卒業。マレーシアサインズ大学の講師や立命館大学教授も務めた。

 その後、立命館アジア太平洋大学(APU)学長、大学院大学至善館学長などを経て、2021年6月から公立大学法人国際教養大学の理事長・学長に就任し、今日に至っている。

 現実の世界は決して、正義か不正義か、あるいは善か悪かの二極対立の思考で解決されるわけではなく、「グレーゾーンのものが多い」というカセムさんの認識。 「日本の風土には、共感の価値観と(相手を)許すという価値観があります」とカセムさん。  この"許す"という生き方、価値観は日本だけではなく、東南アジアなどにもあると言われる。

ベトナムと米国の関係に…

 カセムさんは最近、台湾、ベトナム、スリランカなどアジア諸国を歴訪し、その感を強くしたと語る。

「ベトナムにしろ、あのベトナム戦争を戦い抜いた国ですが、相手の米国を許すと言うか、共存相手として考えていますね」

 ベトナム戦争ー。1960年代後半、当時の北ベトナム(共産主義)と南ベトナム(資本主義)が対立。米国は南側の後ろ盾となり、軍事的にも支援。戦争は泥沼化し、長期間続いたが、1975年に北側の勝利で終結した。

 軍事大国でもあった米国はなぜ敗れたのかー。戦争終結から約50年が経ち、ベトナムは経済的にも発展し、ASEAN(東南アジア諸国連合)の優等生として成長し続けている国だ。

しなやかに生き抜く

 ベトナムは北方に大国・中国が控えており、歴史的にも争い事が絶えない。しかし、その圧力に屈することもなく、何とか独立を保ってきた。

 中国は"華夷秩序"ということで周辺国を朝貢させ、自分たちが国の中心にあるという冊封体制を取ってきた。ベトナムは一時期、その体制に組み込まれていた。

 余談だが、その昔、8世紀に日本から遣唐使の一員として唐に渡った阿倍仲麻呂は帰国しようとするも、嵐に遭い、中座した。数度の帰国行も嵐に遭い、帰国することができなかった。その阿倍仲麻呂がベトナムに唐の〝大使"として赴任していたという話もある。

 日本とベトナムの関係を振り返る意味で、興味のある話だが、大国といかに接していくかは昔も今も変わらない。

 要は自分の国を守り抜く基本姿勢を持ちつつ、しなやかに強かに生き抜き、相手の存在を認める器量を持つことが大事ということ。

追悼・久水宏之さん

 戦後日本の生き方、また国の基礎を支える経済活動のあり方について、鋭く、かつ本質を衝く指摘をされてきた経済評論家の久水宏之(ひさみず・ひろゆき)さんが1月25日亡くなった。享年93歳。

 久水さんは1931年(昭和6年)生まれ。53年に東大法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行。調査部長などを経て常務取締役に就任。83年退任。

 本誌『財界』でも『これからの日本経済』と称して、1992年から今年1月まで32年余の長きに渡り、連載を担当していただいた。

 2月12日号に"日本の立ち位置"として、日本ほど絆と信頼で結ばれた共同体はないとして、『私と私以外ではなく、私たちという考えが大事』と語ってもらった。絆を大事にされる思想家であった。ご冥福をお祈りしたい。合掌。