少子高齢化による人手不足が社会問題になっている昨今、ビルメンテナンス業界もその例外ではない。ビルメンテナンス業は清掃業、警備業、設備管理業の3つに大別することができるが、「それぞれの業種ごとに事業者の属性に違いがあり、人手不足に対する課題や取り組みも大きく異なる」と話すのは、ザイマックス不動産総合研究所 主任研究員の山田賢一氏だ。
2月27日に開催された「TECH+セミナー ビルメンテナンス 2025 Feb. デジタル化による業務効率化戦略」に同氏が登壇。「ビルメンテナンス業界の実態と課題を知る」と題し、調査結果を基に人手不足の原因について考察すると共に、解消に向けたヒントを業種別に示した。
ビルメンテナンス業界を取り巻く3つの環境変化
ザイマックスグループは、不動産マネジメントサービスの提供を軸に、建物に関するさまざまなサービスを手掛けている。山田氏が所属するザイマックス不動産総合研究所はグループにおけるシンクタンクの役割を担っており、不動産市場や建物の運営・管理などについてのリサーチを実施している。
講演の冒頭、同氏は現在のビルメンテナンス業界を取り巻く環境について、さまざまな調査結果を基に解説した。
まず挙げられたのは、オフィスビルの高齢化である。「オフィスピラミッド2025」によると、東京23区の場合、賃貸のオフィスビルの平均築年数は34.6年だという。バブル期に建てられたビルが多く、とくに中小規模のビルでは築年数20年以上のビルが80%以上を占めているそうだ。
次に、オフィスビルのエネルギー単価の上昇がある。電気、ガス、熱のエネルギー消費量や単価を定点調査したところ、エネルギー消費量は年々下がっているものの、エネルギー単価はアップダウンが激しい傾向が見られたという。特に2022年以降は大きく上昇し、2011年を100とした場合、2023年は170、2024年は153と非常に高い数字となった。山田氏はこの傾向について、「今後も読みづらく、不透明」だと話す。
さらに、ザイマックス不動産総合研究所の調査では、就業者の需要と供給のギャップが2040年時点で約1000万人になると推計。そのうち8割以上が現場で働くノンデスクワーカーだとみている。
「ビルメンテナンス業界もこのノンデスクワーカー層のなかに含まれており、人手不足はますます深刻化していくでしょう」(山田氏)
9割の事業者が人手不足を実感
続いて山田氏はビルメンテナンス業を主に行う企業を対象に、2024年6月に実施した定量調査の結果を示した。
ビルメンテナンス事業者の属性としては、清掃業を主にしている事業者が多く、従業員規模は中小が半数前後を占める。受託施設数は清掃業、設備管理業では100施設以上を受け持つ事業者が多いが、警備業は50施設未満が7割を占める。
雇用者に目を向けると、清掃業では非正規雇用者の割合が相対的に多く、設備管理業では少ない。清掃業では女性の割合が多いものの、警備業、設備管理業では少ない。65歳以上の割合が5割以上だと回答した事業者は清掃業、警備業では50%を超えている。
このような状況で、「9割以上の事業者が人手不足だと回答している」と山田氏は言う。その要因は回答の多い順に、「賃金水準」「職業に対するイメージ」「他業種・同業他社との人材獲得競争」となっている。
もちろん、事業者は手をこまねいているわけではない。既存社員の離職防止のための施策として、「従業員の賃金アップ」や「賃金以外の労働条件の改善」などに取り組んでいる企業も増えている。しかし、属性や雇用状況の異なる清掃業、警備業、設備管理業に対し、一括りでの対策で人手不足解消につなげることは難しい。
人手不足の要因と、解消のためのヒントとは
山田氏は定量調査から明らかになった実情と、ザイマックスグループ内の事業者にヒアリングした定性調査の結果も踏まえ、清掃業、警備業、設備管理業それぞれの人手不足の概況と要因、解消の方向性についてさらに詳しく語った。
清掃業の場合
ザイマックス不動産総合研究所では定性調査結果から、清掃業の人手不足の概況を現在は「大変厳しい」、将来の見込みも「大変厳しい」と見立てている。山田氏は「3つの業種のなかでも、とくにひっ迫している」と話す。
「高度なスキルが必要ない分、他社・他業種に移りやすく定着率が低いという特徴があります。1年間でほぼ全てのメンバーが入れ替わってしまう事業者も少なくありません」(山田氏)
また、清掃業を端的に表す言葉として同氏が挙げたのが「都心、早朝、短時間」である。オフィスビルは都心に集中しており、ビルオーナーの多くはテナントの業務開始時間前までの清掃を希望する。その結果、朝6時~9時に業務が集中し、長時間の業務ができないのだ。そのような状況下で、とくにコロナ禍終息後、清掃業の主力であったシニア層の女性が、通いやすい郊外の飲食業などに流出しているという。
では、どのような解消の道筋があるのか。山田氏が解消の方向性として示したものの1つが、「勤務条件の見直し」だ。コロナ禍を経て、オフィスワーカーの働き方は多様化している。それに合わせ、清掃もテナントの就業時間内に行うといった柔軟性のある働き方をしていくことが必要だという。また、「長時間の仕事の創出」も重要なキーだ。長時間働ければ、生活基盤となる安定した職を求める正規雇用希望者へのアプローチも可能になる。さらに昇給やキャリアアップといった道筋を示すなど、さまざまな働き方に対する雇用パターンを用意し、「働き手の間口を広げることが大切」だと同氏はまとめた。
警備業の場合
警備業の現況は「やや厳しい」、将来的には「厳しい」と見立てられている。従来、警備業は定年退職前後のシニア男性の受け入れ間口として機能してきたが、近年はシニア層の奪い合いが激化しているという。
加えて、非正規雇用が中心であることから、生涯の仕事として選ばれづらく、50歳以下の若い世代に訴求できていないという課題もある。
また、清掃業とは真逆に、8時間勤務、9時間拘束がデフォルトになっている長時間の勤務形態も人手不足の要因の1つだ。
事業者側は「警備空調服(空冷グッズ)導入などによる快適・安全な装備品の充実」や「短時間勤務を望む従業員のニーズに合わせた業務の創出」といった対策を採っているが、山田氏は「収入に対して危険度が釣り合わないというイメージを持たれている場合もある。また、労働環境の快適性の低さも人手不足の要因」だと指摘する。
そこで考えられる人手不足解消の方向性として同氏が挙げたのが、「人材の裾野を広げること」だ。長時間勤務の雇用形態を見直す、控室や食事場所などの労働環境の快適性を高めることで、女性も働きやすい環境をつくるなどの対策が考えられる。
また、警備業は「ほかの2つと比べると、デジタル化が進めやすい」と山田氏は言う。警備ロボットや監視カメラによるリモート警備を導入することも、警備業における人手不足解消の一手となるだろう。
「(デジタル化などにより)結果的に、安全で快適で好待遇な仕事に変えていく好循環が生み出せれば、若い世代や女性にも訴求できるようになるのではないかと考えています」(山田氏)
設備管理業の場合
設備管理業の現況は「あまり厳しくない」ものの、将来は「厳しい」というのがザイマックス不動産総合研究所の見立てだ。その要因について山田氏は、「清掃や警備に比べると具体的な仕事内容がイメージしづらい。対人スキルが必要な点も、人によっては就業の障壁となっている場合もある」と説明する。
設備管理業の場合、業務を担うために必要な資格取得を求められる場合も多く、事業者側では「資格取得の奨励・技術大会の開催、参加」を人手不足解消の対策として挙げるところが多いという。
一方で、資格が必要な専門性だけでなく、コミュニケーション能力や事務処理能力も求められるため、「そもそもの就業のハードルが高いことがネックになっている」と同氏は考察する。
また、専門性が高いがゆえ、人材の育成に一定の時間がかかる。本来であれば、若年層の管理候補者を育てていくべきだが、「30代以下の採用は厳しい状態」だと指摘した。
そこで山田氏は人手不足解消に向け、2つの道筋を示した。1つは、仕事の内容や魅力の認知を高める取り組みの実施である。専門性を磨き、キャリアアップしながら安定して働ける仕事であることが認知されれば、就業希望者も増加するだろうというわけだ。
もう1つは「タスクの細分化・組み合わせ」である。就業者に求められる専門性が高いことが就業の間口を狭めている可能性があるため、同氏は「資格が必要な業務とそうでない業務を分解し、それぞれ雇用する」、あるいは「機械化と並行して、人にしかできない作業を難易度別に細分化し、効率的に人員を配置する」ことを推奨した。
生産性向上のため、デジタル化を推進
講演の最後に山田氏は、「ビルメンテナンス業界の人手不足を解決し得る万能な施策は現状、残念ながら存在しない」とした上で、「ビルメンテナンス事業の生産性を向上させていくためには、デジタル化による業務効率化戦略の推進が必要不可欠な時代になってきている」と述べた。
「変化のスピードが速い時代において、デジタル化の波に乗り遅れないアクションプランの策定が必要になってきています。さらに人手不足対策をブラッシュアップさせていけるよう、本講演が少しでも参考になれば幸いです」(山田氏)