BNPパリバ証券チーフエコノミスト・河野龍太郎が解説「イノベーションと経済格差」

日本では「イノベーションで成長を高める」というのが常套句だ。ただ、18世紀後半に産業革命が始まった際、最初の100年、恩恵は一部の限られた人に集中し、多くの人の実質賃金は上昇しないどころかむしろ低下して、経済格差が広がった。幅広い人に恩恵が均霑し、実質賃金が上がったのは19世紀後半以降だ。

 1990年代半ば以降のITデジタル革命も同様で、恩恵は一部の人々に集中し、経済格差が広がったのは周知の通りだ。中間的な賃金の仕事は失われ、高い賃金の仕事と低い賃金の仕事に二極化した。中間的な賃金の仕事を失った人が低い賃金の仕事に流れ込むから、低い賃金はさらに低下したのだ。低い賃金の仕事は、重労働できついものが多く、本来、これこそ機械化や自動化されるべきだが、あまりに賃金が低いため、そうはならない。現在のAI革命やリモート技術革命でも、中間的な賃金の仕事の領域で自動化が進んでいる。

 2024年にノーベル経済学賞に選ばれたダロン・アセモグルとサイモン・ジョンソンは、イノベーションには収奪的なものと包摂的なものの二つのタイプがあって、前者は恩恵が一部の人に偏り、むしろ多くの人を苦しめると論じている。大事なのは、イノベーションの方向を包摂的なものに向かわせるという社会の選択だ。筆者は、イノベーションは、時として収奪的であり、それを包摂的なものにすべく、社会が飼いならす必要があると常々考えてきた。

 2月発売の拙著『日本経済の死角』(ちくま新書)で詳しく論じた点だが、イノベーションの本質を考えるには、1万2000年前の農耕牧畜革命を振り返るのが良いだろう。農耕牧畜革命が始まった際、一人当たりの栄養摂取量で見ると、多くの人は狩猟採集生活に比べて改善したわけではない。それ以前の狩猟採集生活の下で、人類は1日数時間の労働を行い、比較的自由かつ平等な社会生活を営んでいた。数時間働いた後は、食べて飲んで、歌って踊って暮らしていたのだ。

 農耕牧畜革命後、食料産出量は急上昇した。多くの人々は長時間、働かされることになったが、恩恵の殆どは支配層が収奪し、栄養摂取量はむしろ低下して、生存ギリギリの状況が続き、それは近世が訪れるまで、ほとんど変わらなかったのが実態だ。農耕牧畜革命という人類最初の画期的なイノベーションが起こった際も、結局、恩恵を享受したのは一部の支配層だけであって、多くの人は収奪され、むしろ貧しくなったのである。

 しかし、農耕牧畜革命が起こらなかった方が良いわけではない。支配層の登場は、国家の誕生につながり、産出量を管理するために、文字が生まれ、度量衡制度も生まれ、文明が発達した。

 テクノロジーと経済格差は、常に裏腹の関係にある。イノベーションの方向性を包摂的なものに変える社会の努力が同時に必要だ。