
アメリカをどう見るか
ー 世界では分断・対立が激化し、国内でも若者の闇バイトや殺傷事件が起こり混沌としています。こういった状況をどう考えればいいでしょうか。
茂木 そうした事件が多いということは、社会が病みつつあるということが言えますね。そういう問題が積み重なっていくと、社会不安につながり、ポピュリズム(大衆迎合主義)が台頭する土壌ができてきます。現に、ヨーロッパやアメリカではそういう傾向が出てきていて、国民は強いリーダーを求め改革を期待するという動きが出てきます。
歴史的にいえば、その象徴的な人物としてドイツ元首相のヒトラーがいますが、ヒトラーのように国民に選挙で選ばれた人が独裁化していったこともあるわけです。今の世の中を見ていると、歴史は繰り返すというような雰囲気も感じますね。
ー 茂木さんは米・コロンビア大学にも留学され、アメリカ市場を開拓してアメリカ事情にも精通しておられます。アメリカもまた大きく変化していますが、戦後われわれは強い国だ、民主主義のお手本だと思って来たわけですが、80年が経ち状況も随分と大きく変わってきました。
茂木 いまアメリカも揺れています。中間層が喪失してしまったということが非常に問題になっているのです。私がアメリカに留学した頃(1950年代)は、非常に中間層が厚い感じがしました。
例えば、当時わたしのような留学生を、複数の一般家庭の方々が週末に家に招待してくれていましてね。こちらも喜んで行くわけです。金曜日の学校が終わると寮に迎えに来てくれて、金曜日と土曜日の夜は泊まらせてもらい、日曜日の夕飯が終わるとまた寮に送ってくれました。
わたしが行ったのはニューヨーク州の隣、ニュージャージーで、ジョージワシントンブリッジを渡って30分ぐらいの場所でした。
ー どんな家庭でしたか。
茂木 中産階級のご家庭で豊かさを感じましたね。また、地方公務員のお宅にお邪魔しましたが、奥様は専業主婦で教会のボランティアなど地域の仕事をしていて、こどもは3人ぐらいいました。
また別のお宅では、自動車会社の組み立て工場で働いていたご主人が、働いている現場の見学に招いてくれたりしました。当時はこういう家庭が多く、みな生活が安定していたわけです。それが、いまは自動車産業などの製造業の現場がアメリカから海外に出ていってしまった。そうすると仕事がなくなって今度はサービス産業のほうに移る。そのサービス産業の給料は製造業ほど高くないので中産階級だった人が没落してしまうということが起きました。
ー 翻ってそのころから60年経った今、アメリカは依然として世界GDPの26%を占めて世界一の経済大国ですが、新興国の台頭もありアメリカは国力が相対的に低下しており、焦りや葛藤が出てきているとも言われます。
茂木 他の国も豊かになっていますから、当然と言えば当然の流れかもしれません。しかし、私どもの工場があるウィスコンシン州などにいくと、まだ昔のアメリカの雰囲気が残っています。ですから都市部を除くとそこまでアメリカが大きく変わったとは思えませんが、中産階級が縮小してしまい、格差が生まれたということは言えるでしょうね。
ー 先日トランプ氏が二度目の大統領に就任しました。このことについてはどう総括されますか。
茂木 トランプ氏についてはいろいろなことが言われて彼自身の発言も物議をかもしていますが、心配しすぎることはないのではないでしょうか。
ー 具体的には関税をかけると言っていますが、ここはどう見ればいいでしょうか。
茂木 関税の問題については実施するかもしれませんが、一度落ち着いてから、周りのスタッフたちといろいろ検討して最終決定すると思います。あまりにも無茶なことはしないのではと期待しています。大げさに心配する必要はないと思います。
ー それと、自身の発言で株価変動が起きるとなれば、マーケットのことは十分留意するだろうという見方もあります。
茂木 ええ。トランプ氏もビジネスマンですからね。マーケットや市場原理については相当理解があると思うんですね。ですから、そこまでおかしなことはしないと思います。一度大統領を務めているわけですしね。
ただ、あのような大げさなことをいう人は日本人には少ないと思います。しかし、昔のアメリカ人にはあのようなタイプの人も結構いましたからね。最近はあまりいませんけれど。ですからそれほどびっくりする話ではないと思います。
日本に来られた時にわたしもお会いして握手もしましたが、そんなに変わった人という感じもしませんでした。政治家だからあのようなおおげさな表現やパフォーマンスをしているのではないでしょうか。われわれとしては、率直に意見交換すればいいのだと思います。
ー AI関連企業がすり寄っているというような見方もメディア報道では見られますが、この辺りはどう見ますか。
茂木 あれだけのリーダーシップのある人ですから、トランプ氏に期待するという人たちは当然いるのではないでしょうか。何か変革をしようとか大きなことを起こそうというときには、人々があのような態度の政治家に期待を寄せる傾向があります。
ー そういう流れが生まれていますね。やるべきことをやり、基本軸をしっかり持つのが大事ということですね。
茂木 はい。率直にいろいろな意見をいって、自分たちのやるべきことを淡々とやって対応していくことが大切です。構え過ぎるとかえっておかしいことになると思います。
世界の中でとるべき 日本の立ち位置は
ー そういう中で、茂木さんは日本生産性本部の会長として令和国民会議(以下、令和臨調)でも様々な発言をされてきましたが、日本の立ち位置とやるべきことについて話してくれませんか。
茂木 積み残されたいろいろな問題を解決するということがまず一番の課題ですね。ヨーロッパはそれをやらなかったから、いろいろなポピュリズムやポピュリストが出て来ました。
ドイツでも極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)といったポピュリストの政党が第2党になりました。日本はいまのところそういう雰囲気はないのですが、そういう傾向が出て来る可能性はあります。そのようなことが起こらないようにするというのが、令和臨調の発足の趣旨です。ですから、まずは積み残された問題を一つでも二つでも解決することに向けて行動を起こしていくことが必要だと思います。
ー 政治と金の問題も解決していませんね。
茂木 当然それを含めて対応していくべきですね。令和臨調では、志を同じくする政治家とも協力して、課題解決に取り組んでいるところです。大島理森元衆議院議長と野田佳彦元内閣総理大臣が特別顧問を、井上義久公明党常任顧問が顧問をお務めになり、小渕優子衆議院議員を筆頭世話人として、超党派の国会議員が改革の実現に向けて取り組んでいこうという組織がつくられました。この人たちにおおいに期待しています。
ー 野田さんは現役の立憲の代表でバランス感覚がある人物と言われますね。
茂木 はい。野田さんと石破茂総理が議論することをわたしは非常に期待しています。あの2人は、若いときから議論を相当していると思いますので、国会でもおおいに2人の論争をしてもらいたい。
日本は党首同士がとことん議論するということが、今まであまりありませんでした。与党が過半数を持っているからやらなくても済んでしまっていたのです。しかし、今度はやらないと事が進まない状態ですから、国会でおおいに議論されるのを楽しみにしています。
経済人が世界をつなぐ
ー キッコーマンの海外売上が全体に占める比率は7割を越えます。そういう意味で経済人は分断・対立の世の中をつなぐという役割を担っていると思います。
茂木 ええ。今の時代は国境を越えて仕事をしていますから、ビジネスにはそういう役割があるのではないでしょうか。世界の安定というか、平和にビジネスが寄与できるというところはあると。だから、そういう意味で、企業は民主主義や市場ルールに則って仕事をしなければいけないと思います。自分たちの行動が、国と国との関係にも影響するということを認識しながら仕事をしないといけないと思います。
企業は、きちんとしたルールに基づいて仕事をするということ。ルールに従っただけではダメで、マナーに気を付けないといけません。社内でも社員には言っているのですが、ルールを守ってもマナーが悪ければダメですよということです。
ー 日本生産性本部の会長として伺いますが、生産性本部ができたのが1955年(昭和30年)で、今年で70年の節目です。かつて日本はGDP2位でしたが現在は4位となり、1人あたりのGDPでも30番近く、韓国には抜かれた状況です。これはどう持っていけばいいですか。
茂木 国全体で、生産性を高めるということが必要です。生産性を高めるというのはどういう意味かというと、1つは、効率を良くするということ。それ以上に重要なことは、付加価値を高めるということです。
付加価値を高めるために、日本の企業はもっと努力をしなければいけません。付加価値というのは、需要をつくり出すことによって高まるのです。需要を創り出すという意味は、こういうものが欲しいと思ったものをできるようにするということです。それが価値に見合う価格で売れれば付加価値が高まったということです。
ー 需要を自らつくり出すと。
茂木 はい。付加価値が高まるということが、生産性の向上に結び付き、同時にGDPが伸びるということになります。GDPとは何かというと、付加価値の総和ですから、GDPが伸びればいろいろな意味で国全体への分配も進んで来ると。
そうすると従業員の給料も増える。従業員の給料が増えればもちろんハッピーですし、それが消費に回れば経済も伸びていきます。こういう好循環を実現するためのきっかけになるのが、需要をつくり出すということなのです。
ー 戦後、特に小売業界がそうですが、日本はいいものを安くという価値観が伝統的に根強いですね。
茂木 はい。いいものを"安く"ではなく、"適正な価格"で売らないといけません。安いということは、自分で作ったものの価値を壊すことになります。
ー これは、まだまだ浸透していない面もありますか。
茂木 やはりまだ、安く売るのがお客さんのためだと思っている人がいます。
戦後、スーパーマーケットが出て来て、ダイエー創業者の中内功(1922~2005)さんが価格破壊をしたのですが、そのときの中内さんの行いは正しかったと思います。
というのは当時流通の過程に無駄が多かったので、中内さんが無駄を排除することによってコストを下げて、それで値段を下げて消費者に供給しようという考え方だったわけです。これは極めて消費者視点に立った、素晴らしい考えだったと思うんですね。
ただ、現在は、その"安く売る"ということが独り歩きしているところがあると思います。高く売って暴利をむさぼるのはよくないですが、どんなものであっても適正な価格というものはあるわけです。必要以上に安くすることによる影響で、世の中で犠牲になるものが出てきます。小売業界の中にまだそういう文化が残っているとすれば、それは経済成長を妨げてしまうものだと考えます。