データ活用を進めているのは企業だけではない。金融庁でもデータ活用を重要なテーマに据え、取り組みを進めている。金融業界のデータマネジメントに特化したセミナー「金融業界のデータマネジメント最前線」(主催:TECH+、データ横丁)の第5回が1月14日に開催され、金融庁 総合政策局 マクロ・データ分析参事官 兼 データ分析室長 兼 チーフ・データ・オフィサー(CDO)の宮本孝男氏が登壇。「データを活用したリスク管理とガバナンス強化」と題し、講演した。
アプローチは「定期的・網羅的」から「リスクベースのモニタリング」へ
宮本氏は2002年に金融庁に入庁。以来、銀行監督や国際交渉などさまざまな分野で経験を積んできた。その経験を背景に2023年に現職に就き、マクロ・データ分析参事官としての役割に加え、データ分析室長、CDOも兼務している。約45名のチームを4つのユニットに分けて統括している立場だ。
この日、同氏は「金融庁におけるデータ活用の取り組み」、「個社の視点と今後の展望」の2つをテーマに講演を進めた。
データ活用の取り組みではまず、金融行政のアプローチの変化に触れた。これまでのアプローチは「定期的に網羅的に全てを実地検査する」であったのに対し、2024事務年度の金融行政方針で打ち出したものは「リスクベースのモニタリング」というアプローチとなった。同時に、ビッグデータ、AI、機械学習に代表されるようなデータの蓄積・処理の技術が発展していることを受け、金融庁もデータの活用に注力することが方針に明記されているという。同氏の役職であるCDO職の設置もその流れにあるそうだ。
CDOの業務では、データ・インフラの整備やデータ人材育成、データ分析といった狭義のCDO的な業務に加え、経済市場動向を把握してマーケットインテリジェンスを幹部に届ける業務、マクロ経済や金融システム全体のリスクを分析するマクロプルーデンスの業務など、「金融機関および金融システムのモニタリングに必要な機能も一体運用している」と話す。
「以前は、庁内にバラバラに機能があり、データ・インフラ整備のチームが独立していましたが、一体運用することでデータの取り組みにおいて、ミスマッチがなくなり、スムーズになりました」(宮本氏)
高粒度データの活用とガバナンスの確立
宮本氏は金融庁におけるデータ基盤の在り方についても説明した。同庁ではこれまで「集約型データ」としてまとまったデータを取得してデータ基盤に載せていた。現在は新基盤を用意し、債務者、債務明細などの「高粒度データ」の取得を試験運用している。新基盤を用いた高粒度データの収集は、2025年3月期に本格運用が始まる予定だ。このほか、内外の企業の財務データ、金融市場のマクロ・データ、地理データといった外部データについても、拡充している。このような基盤とデータにより、プルーデンスの業務を本格化していくという。
ここで重要になるのが、データガバナンスだ。金融庁にとっては新しい取り組みであり、ゼロベースで議論した結果、「Need to Know」の原則に基づき、必要な人に必要な範囲でデータアクセスを認める仕組みを構築。最初は「慎重、保守的、安全性重視で狭い範囲に取る」というアプローチを採用した。
ただこれでは「データは収集するが誰も使わない」という事態になりかねない。今後は利便性や利用促進のために、個別の事例を積み重ねながら、徐々にルールを改正していく柔軟な運用を行っていくという。
分析結果を積極公開するようになった理由とは
データ人材育成については、マクロ・データ分析参事官室をインキュベーター/マザー工場のような場所とし、集中的に人材を育成している。具体的には、データやAIに興味がある潜在的人材の発掘や、データ系留学からの帰国者の優先配置、外部データ系人材の積極採用などを進めている。また、アカデミアとの連携も強化し、合計3名のアドバイザーを任命しているそうだ。
データ分析能力を強化するために、「トライアル&エラーを含めた実践でアウトプットまで到達させる」と宮本氏は説明する。持ち回りの自主ゼミのようなスタイルでの週次チームミーティング、教授のゼミのような月次の参事相談などを重ねている。Excelで進めるやり方を変えるために、データ分析参事官室の職員が実践的なコツやノウハウを伝授する「Data Analysis Knowledge Square(DAKS)」、検討したテーマを庁内で発表・議論する「Data Analysis Study Hour(DASH)」などのプログラムも用意した。
成果を公表して業務に導入するという点では、「FSA Analytical Notes」として、実施したデータ分析をまとめて公表している。これまで、「2024年8月上旬の日本株市場の急激な相場変動に関する分析」「高速取引行為が市場流動性や市場変動の大きさに与える影響に関する分析」などの分析を公開してきた。これについて同氏は、「これまでデータ分析の結果を公表することに慎重だった」と認めたうえで、「完璧さを求めるより、取り組んだ事例は積極的に公表するという路線に転換した」と説明した。
そこには次のような狙いがある。分析を公表することで関係者の理解が深まる。分析担当者は達成感や充実感が向上する。さらには、金融庁でのデータ分析の取り組みを対外的に訴求できることから内外からの人材確保にもつながる。このような好循環を生み出すことで、さらに取り組みを加速できるためだ。
「これまでのカルチャーを変えることができたのではないかと考えています」(宮本氏)
このようなアプローチや体制の下で実施してきた分析事例も紹介した。その1つが、イベント発生時の影響のモニタリングだ。取引や出資関係のある企業ネットワークを可視化するアプリを構築、銀行の融資データを組み合わせることで企業のクレジットイベントが他の企業に波及し得る伝播ルートやその影響を把握するというものである。
このほか、気候変動などの新たな課題として、帝国データバンクの信用調査報告書から「エンジン」に関連する企業を抽出し、EV化など政策の変更や消費者の嗜好が変化した場合に影響を受ける可能性が高い融資の地域間差異を推計するといった事例も紹介した。
官民協力により日本のベストな在り方を模索
宮本氏は最後に、個社の視点と今後の展望について、自らの考えを示した。
金融業界は絶えず変化しており、このところの傾向として、銀行、保険、証券、ノンバンクなどに加えて、気候変動、FinTechなどのデジタル金融、サイバー、アウトソースやクラウドといった「非伝統的な金融」が入り込んできている。また、競争領域と非競争領域の境界も変化し続けている。
このような状況でデータ活用に取り組むことになるが、そこで避けて通れないのが規制だ。同氏は「国際規制をどうつくっていくのかが重要になる」と言う。そのうえで、これまでの経験から、国際規制の策定プロセスにおいては「普遍的に通用する考え方」を示し合わせた後に、「各国の利害、政治的な調整」と「水準調整」が組み合わさると説明した。
この過程で重要なのが官民の協力だ。「当局だけで単独でやっていても、なかなか良い知恵は出てこない」との認識から、緊張関係を保ちながらも、建設的な対話を進めていく必要性を訴えた。
「データ時代において、日本のベストな在り方を考えていく必要があるのです」(宮本氏)