企業は「選ぶ側」から「選ばれる側」へ——。日本の労働市場が大きな転換期を迎えるなか、転職サイト「ビズリーチ」を展開するビズリーチが新たな一手を打った。2025年1月、同社は蓄積してきたデータと生成AI技術を駆使し、企業内の人材活用を革新する「社内版ビズリーチ」の提供を開始したのである。270万人以上の求職者データと、累計3万社以上への提供実績を持つビズリーチで培ったノウハウを、社内の人材開発に応用する試みだ。1月28日に開催されたオンラインイベント「TECH+ summit DX day for Executive 2025 Jan. イノベーションで切り拓く新市場」でビズリーチの創業者であり、ビジョナル 代表取締役社長の南壮一郎氏は「転職だけでなく、社内での活躍機会を広げることで、一人ひとりが生き生きと働ける世界を実現したい」と、その狙いを語った。
ビズリーチの進化とAI活用
ビズリーチは、2009年に創業したダイレクトリクルーティングプラットフォームとして、企業と求職者を直接結び付けるサービスを提供してきた。南氏は、「ビズリーチの最大の特長は、企業と求職者を直接つなぐことで、転職市場にイノベーションをもたらしたこと」だと述べ、その16年間の歩みを振り返った。現在では270万人以上の求職者と累計3万社以上の企業が利用するまでに至っている。
近年、ビズリーチがとくに注力してきたのは、AI技術を活用したマッチング機会の向上だ。同氏は「求職者のレジュメと企業の求人内容の質を高め、いかに迅速かつ正確にマッチング機会を向上させるかが、プラットフォームの価値を最大化する鍵」だと強調した。
具体的には、生成AI技術を活用し、求職者が60秒程度で市場が求める職務経歴書(レジュメ)を作成できる機能「レジュメ自動生成」を開発。これにより、企業からのスカウトが40%も増加したという。
さらに、企業側の求人作成においても、AIを活用した自動生成ツール「求人自動作成」を導入。専門性が高く言語化が難しいポジションの求人を、市場のニーズに合わせて迅速に作成できるようになった。同氏は、「これにより、企業は質の高い求人を迅速に発信できるようになり、求職者とのマッチング機会がさらに高まった」と説明した。
このように同社は近年、AI、とくに生成AIの活用に注力。直近1年間(2023年8月~2024年7月)における国内の生成AI関連特許公開数で1位を達成し、その技術力の高さを示している。
デジタル化がもたらす労働市場の構造変化
南氏は、コロナ禍が企業間の差を可視化する重要な契機となったと指摘。「それまでは比較的ぼんやりしていた働き方の違いや、経営判断の差が働き方に与える影響を捉えきれていなかった」と振り返った。とくに顕著だったのは、デジタル技術を活用するビジネスモデルと従来型のアナログビジネスモデルの差だ。小売業界における実店舗とECプラットフォームの対比がその典型例として挙げられ、デジタル技術で攻めている企業とそうでない企業の競争優位性が、働く人々にとって明確に認識されるようになった。
このような変化は、若い世代を中心に、自社の将来性への関心を高める結果を生んだ。30年後、40年後、さらには50年後の自社のビジネスモデルの行方を考える機会が増え、それが転職市場にも影響を与えている。
実際に日本経済新聞社『2025年度の採用状況調査』においては、企業の採用計画においてキャリア採用が新卒採用を上回る結果となり、同氏はこれを「キャリア採用で組織をつくっていかなければならないという危機感の表れ」と指摘した。
人材流出への危機感と新たな解決策
さらに、企業が直面する深刻な課題として、人材流出の加速がある。南氏は、この背景について興味深い分析を示す。
「社外に出るとさまざまな情報収集を行うことができ、多くの企業からアプローチを受けることで自身のキャリアの可能性を知ることができます。一方で、現在所属している企業ではキャリアの未来が見えづらく、希望のキャリアを築けていないと感じる方が増えているのです」(南氏)
こうした状況に対応するため、同氏は「社内スカウト活動」の重要性を強調する。その本質は、単なる社内でのヘッドハンティングではない。全社員のリアルタイムな職務経歴書と、全ての社内ポジションのジョブディスクリプションを経営側が把握し、それらのデータを活用して社内公募や企業から社員へのダイレクトリクルーティングを活性化させ、社内ポジションと人材の直接的なマッチングを実現することにある。
「社内版ビズリーチ」が実現する新しい価値創造
新サービス「社内版ビズリーチ」の革新性は、既存の人事データとの連携にある。社内に蓄積された過去の職務経歴書、目標設定、評価とフィードバック、その他の人事データを活用し、API連携によって手入力なしで質の高い社内レジュメを自動生成できる。同様に、簡単な入力のみで社内ポジション要件の自動生成もできる。これはビズリーチで培った技術とデータの蓄積があってこそ実現できた機能だという。
さらに南氏は、社内版ビズリーチとビズリーチの融合による新たな可能性も示唆する。例えば、個人の能力をゲームのようにスコアリングし、市場価値を可視化する構想だ。「RPGゲームのように、個人のパワーゲージのようなものがあって、現在の評価や市場価値、さらにはスキルアップによる将来の可能性まで示すことができる」と同氏は未来像を語る。
イノベーションの実践へ向けて
講演の最後に南氏は「イノベーションは誰でも言葉で表現できる。しかし、本当の意味でイノベーションに近づくためには、実際に新しいサービスを使ってみることが重要」だと述べ、社内版ビズリーチの導入を促すとともに、実践の重要性を強調した。
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社内版ビズリーチは、すでに約15社の大手企業が研究開発に参画しており、各社のニーズに応じたカスタマイズも可能だという。ビズリーチで培った転職市場でのノウハウを社内の労働市場に展開することで、南氏は日本の働き方そのものを変革することを目指している。その視線の先には、企業と個人が共に成長できる新たな労働市場の姿が見えている。