近年、データやAIの活用がますます活発化している。そこで不可欠なのがデータマネジメントだ。TECH+とデータ横丁は全6回のオンラインイベント「金融業界のデータマネジメント最前線」を開催。11月19日の第2回には三菱UFJフィナンシャル・グループ デジタル戦略統括部 副部長 データマネジメント担当の藤咲雄司氏が登壇し、「データマネジメント態勢構築の軌跡」として、これまでの取り組みと学びを共有した。
効率化から始める、データ活用最初の一歩
三菱UFJフィナンシャル・グループのデジタル戦略統括部は、コンサルティング、AI・BI、データマネジメント、人材・総括、事業開発という5つの機能から成る。藤咲氏が担当するデータマネジメントグループは、ITアーキテクト、データエンジニア、データガバナンスの3つのチームに分かれている。それぞれの担当は、ITアーキテクトがレイクハウス基盤「OCEAN」などの基盤整備と機能拡充を、データエンジニアがデータモデル設計やデータ整備・提供を、データガバナンスがデータガバナンス態勢の企画・立案・構築をする体制となっている。
同組織は2014年にCDO(チーフ・データ・オフィサー)職を設け、2019年にAmazon Web Services(AWS)上にレイクハウス基盤「OCEAN」を構築した。藤咲氏はその後の2021年、CDOの補佐として現職に就いている。
「利活用を目的に、レガシーな情報系システムを中心に、データのレイクハウスへの移植・整備を推進。また、利活用の加速に合わせ、データモデルの再設計・統廃合、マスターデータ整備も同時並行で推進。人的資源・体制もまた段階的に強化している最中です」(藤咲氏)
同氏は、三菱UFJフィナンシャル・グループのデータ活用に関する取り組みの流れを、データ利活用の前夜(2019年~2020年)、BI推進の幕開け(2021年)、データ利活用の浸透(2022年)、データ整備・データマネジメント・データ標準化(2023年)、データ戦略・AIに対するデータマネジメントの挑戦(2024年~)に分けて説明。その軌跡をエピソード化して解説した。
最初のエピソードは「データ基盤はホントに要るの?」と題して2019年~2020年にかけてのデータ基盤構築を語るところから始まった。基盤インフラをつくったものの、その必要性・有用性を示すために「まだ試行錯誤していた」と同氏はこの頃を振り返る。BIツールとしてTableauを選定し、まずはそのメリットを経営層やユーザーに見せるというところからスタートした。
2021年はBI推進の幕開け。BIツールによる可視化の良さが伝わっても、「(実際に使うには)データが集まっていない・データが汚い」と言われるという壁にぶち当たったそうだ。「データの問題もあるが、それ以上にBI活用スキルの問題ではないか」と考えた藤咲氏は、現場でExcelを使ってデータ分析をしている社員へのアプローチを行うことを決めた。データリテラシーが高いExcelユーザーに対しBI活用をサポートしていると、次第に「こんなデータが見たい」「こんなことはできる?」といった相談が来るようになった。この要望に対して数日でプロトタイプを作成して提供するということを繰り返し、“仲間”を増やしていった。
「データ活用の最初の一歩として、効率化から始めることは悪くありません。効率化で成果を上げることで、収益化のチャンスを見出そうとしている感度の高い社員に出会えるはずですし、そういった人はデータ利活用に積極的なはずです」(藤咲氏)
BIツールのスキルをExcelレベルに
2022年はいよいよデータ利活用の浸透というフェーズが始まった。
BIの利用が現場で進んでくるにつれ、BIを習得したメンバーの異動によりBIスキルが継承されないという課題が出てきていた。そこで藤咲氏が考えたのは、「BIのスキルを(誰でも使えて誰が異動しても困らない)Excelと同じレベルにすること」である。そこで、BIツールを学べる「寺子屋」を用意、他の部署からの“留学”を受け入れた。そこでは、各部署から選抜されたメンバーが、業務上のデータ活用の課題を持ってくれば、講師陣がその解決方法を教えるというかたちを取った。この取り組みが奏功し、2022年6月には480人だったBIユーザーの数が1年半後(2023年12月)には7600人と大幅に増加した。
ここでのポイントは、「我々のリソース制約もあったが、全部署にアナウンスするのではなく、リテラシーが高そうな部署から声をかけた」ことだと藤咲氏は話す。そうすることで、「うちも参加したい」とそれ以外の部署を間接的に動かすことにもつながったそうだ。
BIツールのスキルをExcelのような”汎用スキル”にするために、人事部の力も借りた。人事部がBIスキルを重要スキルと認定したことで、新人研修でもBI演習が必須となったほか、資格取得が報奨金給付の対象になった。当時、「リスキル」という言葉が流行し出したこともこの追い風になった。
データマネジメントは苦悩の連続
2023年はデータ整備・データマネジメント・データ標準化のフェーズであったと藤咲氏は振り返る。しかし、全行的にデータの整備をしようとしても、どこから何をすればよいのか分からない、データ管理ルールの策定を検討するも具体化に至らないといった「さまざまな苦悩と迷走があった」という。
データ整備やデータマネジメントについては「海外ではこうやっている」といった情報が入ってきて、その方法を取り入れるかどうかの議論になりがちだが、「データマネジメントは手段にすぎず、データは使うことに意義があるので、どのような状態なら使いやすいのかが最も重要」と藤咲氏は話す。また、データ整備の範囲についても「全てのデータをウォーターフォール的に整備するのが正解なのか」と自問したうえで、「現実的にできる範囲を定め、アジャイル的に進めることが重要」だと強調した。
さらに、「部署やシステムが違うと用語やデータ形式が異なるため、全行的な共通言語としてのマスターデータの整備は容易ではない」と考えた同氏は、まず、さまざまなシステムに分散している顧客情報などを集約し「標準データ」として少しずつ整備するとともに、「標準データの辞書」をつくることに着手。辞書ではデータ項目の定義や仕様、データソース、利用上の注意点などをまとめ、社員が誰でも「標準データ」を利用できるようにした。ユーザーの要望を反映しながら辞書の項目数を増やし、現在は当初目標を上回る260項目の辞書ができている。これにより、本部のさまざまな部署で「標準データ」およびその背景にあるデータマネジメントに対する理解が広まったという。
また、部内では「(データマネジメントの要となる)データスチュワードを設置した方が良いのでは」という声もあるそうだが、藤咲氏は「ポジションそのものの重要性は理解しているが、本格導入するかはまだ悩んでいる」と明かし、導入する場合は先述の寺子屋の経験者の起用も視野に入れていると述べた。
生成AIの“つまづき”ポイントは
このようにして、BIツールの活用を通じてデータを使う意味やインサイトを得ることを体験してもらい、社員のデータに対する意識やスキルを上げていった。
そこに、2024年から新たな挑戦としてAIも加わった。特に生成AIについて、藤咲氏は次のように話す。
「生成AIにあたかも人間と同じように動作してもらうには、OJTを通じて後輩が先輩の仕事を覚えるように、人間はOJTの代わりにノウハウデータを生成AIに伝える必要があります。しかし、多くの人間のノウハウデータは、人間の脳・記憶データベースにしかない。だから生成AIを使いこなせないという壁にぶち当たるのです」(藤咲氏)
それを踏まえたうえで、必要なのは、業務のデジタル化とデータ化だと続けた。そこでデジタル化に取り組むDXチームと、データ・BI・AIチームを統合し、「デジタル戦略統括部」という一つの部署を2024年4月に立ち上げた。
AI活用のためにもデータマネジメントは重要、これについて同氏は「まだまだこれから」だと話す。
「構造化データに比べ、(生成AIでよく用いる)非構造化データのデータガバナンス、データマネジメントをどこまで、どうやるという成功体験を持っている人は、世界を見渡してもほとんどいないのではないでしょうか。我々の挑戦もこれからです、本日参加いただいている皆さんからもコミュニティを通じて学んでいきたいと思います」(藤咲氏)
最後に同氏はこれまでを振り返り、次のように講演を結んだ。
「(データマネジメントは)楽な話ではないと思います。会社やステージにより工夫や苦労は異なるでしょう。ただ、ついつい自社のできていない部分に目がいきがちですが、実は思っているよりはできている部分もあるのではないでしょうか。皆さんも自己評価では謙虚に20点30点とおっしゃるかもしれませんが、偏差値は55~60ぐらいあるかもしれませんよ。(中略)今後もコミュニティなどを活用し意見交換しながら、社会全体でデータマネジメント、データリテラシーを上げていきたいと考えています」(藤咲氏)