日本の建設業界の生産性向上が叫ばれるなか、大手ゼネコンはいかにしてデジタル化を推進しているのか。

12月4日に開催されたウェビナー「TECH+セミナー 建設DX 2024 Dec. 建設業のいまとあるべき姿」において、その答えの一端が示された。清水建設 土木企画室 デジタル戦略推進部・柳川正和氏と建設ITジャーナリスト・家入龍太氏による特別対談では、現場の声に耳を傾け、人を中心に据えたDX推進の実像が明らかになった。

  • (左から)インタビュアーを務めた建設ITジャーナリスト・家入龍太氏と、清水建設 土木企画室 デジタル戦略推進部・柳川正和氏

「変えたい」と「できない」の狭間で - 建設現場のDX推進における課題

柳川氏は、建設業界のDX推進における最大の課題として、「今までのやり方で仕事はできている」という現状維持の意識を挙げた。現場の反応として、約半数が変革の必要性を感じながらも、業務の忙しさから実行に移せない状況にあり、実際に改善意識を持って行動に移せているのは1割程度だという。

「2024年問題以降、時間を大切にする現場の意識も変わってきたのではないか」という家入氏の問いかけに対し、柳川氏は「デジタルの力を借りようという機運が高まった」と答えた。しかし、建設業界特有の課題として、工種による差異の大きさがある。橋梁、トンネル、ダムなど、工種によって必要な技術や作業内容が大きく異なるため、ある現場で有効なデジタル技術が別の現場では適さないケースも多い。さらに、現場責任者と若手技術者のあいだでの意識の差や、既存システムとの併用による業務の重複なども、スムーズなDX推進を妨げる要因となっている。

清水建設が挑む、デジタル技術による現場改革

清水建設では、DX推進にあたって「地道な取り組み」を重視している。柳川氏は、本社側からの一方的な技術導入ではなく、現場のニーズや状況を十分に理解したうえで、適切な技術とタイミングでアプローチすることの重要性を強調した。

「改善意識を持っている現場や人を見つけて、一緒にやっていく。これがDX推進の第一歩となります」(柳川氏)

具体的な成功例の1つとして、測量の自動化ツールの導入事例が紹介された。当初は測量作業の効率化のみを目的としていたが、現場での活用が進むにつれ、協力会社の測量成果のチェック作業にも活用されるようになった。従来は外注による測量結果を確認する際、多大な時間と労力を要していたが、自動化ツールを用いることで、簡易的な確認測量が可能となり、業務効率が大幅に向上した事例である。

「これまでITに興味のなかった方が“目覚めた”ということですね」(家入氏)

「本社側の想定を超えた活用方法が見出されました。現場ならではの創意工夫には、常に新たな気付きがあります」(柳川氏)

また、清水建設では、新東名高速道路のインターチェンジ工事におけるICTフル活用や、相鉄線の地下駅建設工事におけるデジタルツイン施工管理など、先進的なプロジェクトも展開している。特にデジタルツインを活用した施工管理では、現場の3次元データを活用し、バーチャル空間でのシミュレーションによる施工計画の立案や、実際の手順の再現、さらにはVRやARを用いた現場確認など、多角的な活用を実現している。これらの技術は、工事関係者間の情報共有だけでなく、地域住民への工事説明にも活用され、コミュニケーションツールとしても効果を発揮している。

さらに、山間部の風力発電施工現場では、通信環境の改善による業務効率化にも取り組んでいる。従来は携帯電話も通じない環境で、現場での作業と事務所での業務が分断されていたが、米スペースXが運用している衛星インターネットアクセスサービス「スターリンク」を導入することで、現場でのリアルタイムな情報共有や事務作業が可能となった。これにより、移動時間の削減や業務の効率化が実現し、若手技術者のモチベーション向上にもつながっているという。家入氏はこの点に「どこでもネットがつながることが、人材採用においても重要な条件になっている」と同意した。

「現場には数多くの課題と、それに対する実践的な知見が蓄積されています。本社側もさまざまな解決策を持ち合わせていますが、現場が直面する課題の本質を十分に理解できていない場合も多いのです。双方向のコミュニケーションを通じた協働が、新たな価値を生み出す鍵となります」(柳川氏)

成功も失敗も、現場発信の情報共有から始まる

社内での情報共有については、社内SNSの活用や事例発表会の開催など、複数の手段を組み合わせて展開している。特筆すべきは、本社側からの説明よりも、現場担当者による事例発表の方が、他の現場への普及効率が高いことが判明し、現在は現場からの発信を重視している点である。

この発見は、柳川氏自身の経験から得られたものだ。当初は本社の担当者として自ら技術説明を行っていたが、現場の技術者による発表の方が、他の現場からの共感を得やすく、導入への関心も高まることが分かった。これを受けて、現場技術者による成功事例の発表を中心とした情報共有の仕組みを構築し、技術の横展開を図っている。

「本社の人間が発表しても『そういう技術があるんだ』という程度の受け止め方しかされません。しかし、現場の誰かが『やってみてこういう効果があった』と発表すると、より身近なこととして受け止めてもらえるのです。これは数年前に気付いた重要なポイントでした」(柳川氏)

また、成功事例だけでなく、失敗事例も積極的に共有することで、同様の失敗を防ぎ、より効果的な導入を可能にしている。失敗事例の共有は、単なる警鐘としてではなく、その原因分析と改善策の検討を含めた学びの機会として位置付けられている。さらに、完璧な導入を目指すのではなく、部分的な効果でも評価し、徐々に改善していく姿勢を重視している。

業界の枠を超えた価値創造に向けて

「建設業に携わる我々は、IT専門家ではない。そのため、DXの推進には外部企業との連携が不可欠である」と柳川氏は語る。清水建設では、社内のDX推進だけでなく、ITベンダーやスタートアップ企業との協業にも積極的に取り組んでいる。その際、建設業界特有の専門用語や業務プロセスを、IT業界の人々にも理解しやすく説明することを心がけているという。柳川氏は、建設業界で当たり前とされている常識が、IT業界では非常識となる場合も多いと指摘し、共通認識を持つためのコミュニケーションの重要性を強調した。

また、協業においては、清水建設側の業務効率化だけでなく、パートナー企業の成長も視野に入れたwin-winの関係構築を目指している。特に、建設現場特有の課題解決に向けた共同開発など、業界全体の発展につながる取り組みを重視しているそうだ。

DXは地道な取り組みの積み重ね

最後に家入氏から、今後の展望について質問が出された。建設業界では、プロジェクトの大型化・長期化が進んでおり、データの一貫した管理と活用がますます重要になっている。清水建設では、設計情報から施工、維持管理に至るまでのデータを統合的に管理・活用する仕組みの構築を目指している。特に注力しているのが、施工、データ連携、施工管理の3つの分野でのオートメーション化だ。国土交通省が提唱する「i-Construction 2.0」の方針に沿いつつ、業界全体での連携を図りながら、生産性向上を目指している。

対談を通じて強調されたのは、DXは技術導入だけでなく、「人」を中心に据えた取り組みであるという点だ。柳川氏は「デジタル技術とは言いつつ、最後は感情を持った人間が仕事をしている」と指摘。技術の導入においても、現場の声に耳を傾け、実務者の視点を重視することの重要性を強調した。

「建設業の時間当たりの付加価値生産性の低さが課題となっていますが、技術力は非常に高いのです。この技術力をITの力で効果的に活用することで、より魅力的な産業への進化を目指しています。DXの推進は派手に見えるが、実際は地道な取り組みの積み重ねであり、現場との密なコミュニケーションと、小さな成功体験の共有が、全体の変革につながっていくのです」(柳川氏)