ローランド・ベルガー パートナーの小野塚征志氏は、「DXで重要なのはX」だと言う。DXのD、すなわちデジタル化はDXの目的ではなく手段でしかない。目指すべきなのはX、つまりデジタル技術を活用してビジネスモデルを変革することなのだ。
11月26日~27日に開催された「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+ EXPO 2024 Nov. for Leaders DX FRONTLINE いま何を変革するのか」に同氏が登壇。デジタル活用によって収益を上げている新たなビジネスモデルの実例を紹介しながら、DXを利益につなげていくための考え方について解説した。
コーポレートとインダストリアルの変革こそが本来のDX
講演冒頭で小野塚氏は、DXの4つの進化形態について説明した。最初の段階であるDX 1.0はデジタイゼーション、つまりデジタル化によって業務を効率化する。そしてDX 2.0のデジタライゼーションでビジネスモデルを変革する。一般的にはここまでがDXとして考えられることが多いが、実はその先のDX 3.0、DX 4.0こそが本来の意味でのDXになると同氏は強調する。
特定の事業だけでなく、企業全体のビジネスモデルを変革するコーポレートトランスフォーメーションがDX 3.0だ。例えば自動車メーカーがモビリティ・アズ・ア・サービスとして移動手段を提供するなど、提供する価値を変革することがこれにあたる。さらに、1つの企業だけでなく業界や社会全体を変革して便利で豊かな社会にしようというのがDX 4.0のインダストリアルトランスフォーメーションだ。例えば誰もがどこでも自動車や電動スクーターのシェアリングサービスを使えるようになれば、必要な時に必要な移動手段を利用できるようになり、社会全体での利便性が向上することになる。
DXが進んだ未来に向け、重要になる4つのポイント
ではDXが進んだ未来に向けて重要なポイントになるのは何か。小野塚氏は「場の創造」「非効率の解消」「需給拡大」「収益機会の拡張」の4つを挙げた。
モノやサービスの取引の新たな場を創造する
場の創造とは、モノやサービスの取引の場として新たな場を創造することを指す。アメリカのSNSの企業であるPatientsLikeMeがその一例で、難病患者が同様の病歴の患者などとマッチングができ、薬の副作用などの情報交換ができるサービスを提供している。人数が少ない難病患者向けのSNSでは広告収入を得るのは難しいが、SNSで得られたデータを本人同意のうえで匿名化し、製薬会社や研究機関に提供することで収益を得ている。
中国の満幇(マンバン)という企業は、トラックと荷主のマッチングサービスを提供しているが、手数料をとっていない。その代わりにトラックの運用状況などのデータを取得している。データからドライバーの実績が分かるため、優良ドライバーに対して車両買い替えの際に同社のローンを有利な条件で利用できるようにしたり、料率の良い自動車保険を提供したりして、自社サービスにドライバーを囲い込んでいるわけだ。
デジタルで非効率を解消する
デジタルで効率化した新たなプラットフォームも利益を生み始めている。例えば、海外送金の非効率を解消したのが欧州のWiseだ。海外の銀行に送金する場合、中継銀行を何回パスするか分からないため、手数料も着金にかかる日数も事前には不明なことが多い。そこでWiseは、まず世界中の銀行に口座をつくり、ある程度の資金を置いた。そして例えば日本のA銀行からドイツのB銀行への送金依頼があれば、まず日本のA銀行でWiseの口座に入金してもらい、受け取り側はB銀行のWiseの口座からお金を下せるようにした。いわば送金せずに送金できる仕組みをつくったのである。
生花売買の非効率を解消したのが日本のCAVINだ。生花は通常、まず農家から卸売業者へと渡り、卸売業者が市場にのせる。それを仲卸が買い、仲卸が保存しているものを花屋が買い付けて店頭で売る。多くのプロセスを経るため生花の鮮度は落ち、廃棄ロスも生じる。そこでCAVINは、農家が登録した生花を花屋がアプリで直接注文できるようにした。注文を受けるとすぐに宅配便にのせるため、到着も早い。従来のようにまとめて配送したほうが生花1本あたりのコストは安くなるが、途中のプロセスのそれぞれの場所で取引があったり冷蔵保存されたりしているため、トータルではコストを下げることができるのだという。
需給を拡大する
従来のようなモノの売買以外に、需給を拡大することも重要なポイントだ。日本のエアークローゼットは洋服のレンタルを行っており、ユーザーが好みやサイズ、チャレンジしたい服のタイプなどを伝えると、それに合う服をコーディネーターが3着選んでくれる仕組みだ。自分で選ばないからこそ新しい服に出会えるという新たな価値を提供している。
AB InBevというビールメーカーは、アフリカでビールを生産している。原料のキャッサバを生産する現地の農家への支払いは従来現金払いだったが、これをデジタル送金に変更し、そのためのツールも提供した。その目的はキャッサバの増産だ。このツールで記録された売上によって実績が証明できるため銀行からの融資が受けやすくなり、それを元手に最新の農機具を買えば収穫量を増やせる。さらにデータからは収穫量も事前に予測できる。生産を計画的に行えるため、農家の利益にもつながっているそうだ。
データで収益機会を拡張する
モノを売るだけではなくデータを取得すれば、収益機会を拡張できる。その例が世界最大級の農業機械メーカー・John Deereだ。同社はトラクターにつけたIoTデバイスで、どこでどう稼働しているかの情報を取得している。中古で流通した機械が別の地域で稼働していることが分かれば、買い替えや補修パーツの提案はその地域で行えば効率的だし、どこの地域にどのパーツを在庫しておくべきかも分かる。またセンサーからの情報では土壌の状態や降水量、収穫状況も把握できる。そのデータを基に農家にアドバイスを送れば、農家は優先的に同社の機械を選ぶことになるし、収穫量の予測データは穀物メジャーや商社に高く売れるのだ。
大企業やスタートアップでなくてもできる事例が、伊勢神宮の近くに店を構える老舗の食堂・商店のゑびやだ。同社はデジタルの活用で来店客数を予測している。周辺のホテルの予約状況や天気、イベントの有無、さらにカメラやセンサーで目の前の伊勢路でどのくらいの観光客が移動しているかを計測して分析することで、ほぼ正確に来店客数を予測できているという。その結果廃棄ロスがなくなり、アルバイトのシフトも効率的になって大きな利益につながった。現在ではEBILABというラボをつくってこのシステムを外販しており、さらに大きな収益を上げているそうだ。
マインドセットのトランスフォーメーションも重要
DXの実現に向けては、マインドセットもトランスフォーメーションすることが重要だ。小野塚氏は、DX時代には価値志向、イノベーター的思考、長期的/俯瞰的な経営判断、アジャイルでの推進、DXによる進化への強い意志といったマインドセットが必要になると述べた。
例えば前述のJohn Deereは価値志向で成功した例だ。農家が求めているのは農機具ではなく収穫量の増加であり、それに応える価値を提供できるように考えたためである。また、良いアイデアがあってもまだ誰もやっていないからと二の足を踏んでいてはライバルに先を越されてしまう。そのためイノベーター的思考が必要になる。そしてDXの成功には時間もかかるため、すぐに利益につながらなくても、長い目で見て俯瞰的に経営判断することが重要だ。その一方で、長期的に考えようとするあまり、調査に時間をかけてばかりいても意味がない。試しにやってみる、実証実験してみるというようなスタンスで、アジャイルで推進していくことも必要になる。
小野塚氏がとくに重要だと言うのがDXによる進化への強い意志だ。これがないのにDXを始めると、単にDXツールを導入してデジタル化しただけで終わってしまう。
「こういう会社になってもっと儲かるようになる、お客さまにもっと選ばれる存在になる。それをDXを通じてやり抜くんだという強い覚悟を持って進めていただけば、結果として新しい利益がどんどん生まれていくのです」(小野塚氏)