「もはやリアルとECという区別は意味をなさない」。顧客は実店舗で商品を確認し、スマートフォンで価格を比較し、最終的にはECで購入する。あるいは、オンラインで商品を検討し、実店舗で購入する。チャネルの境界線が曖昧になるなか、小売業界は大きな転換点を迎えている。求められているのは、単なるデジタル化ではない。顧客体験を軸とした、より本質的な変革だ。

11月12日~14日に開催されたウェビナー「DCSオンライン×TECH+セミナー 2024 Nov. リテールDX リアルとECの融合で実現する顧客体験価値向上の最新トレンド」において、サンドラッグ 執行役員の田丸知加氏は、今後の小売業界に求められる変革の方向性として「ユニファイドコマース」という概念を提示した。

明確なカスタマーバリュープロポジションを設定する

田丸氏は2003年にアマゾンジャパンに入社し、エクセルでのやり取りが中心だった黎明期から16年間、デジタル化やオートメーションなどを推進してきた。その後、セブンアンドアイホールディングスのデジタル戦略企画部長、西友での楽天西友ネットスーパー新規事業開発を経て、2021年11月にサンドラッグの執行役員に就任。既存システムのリプレイスから組織改革、業務改革まで幅広い変革を手がけている。

「アマゾンでは『品揃え』『低価格』『利便性』の3本柱を中心に事業を展開していた。これは、『プライス』『セレクション』『コンビニエンス』というかたりでグローバルでのカスタマーバリュープロポジションとしても掲げられていたもの」だと、同氏はアマゾン在籍時の状況を振り返る。

「リアル店舗でもこのカスタマーバリュープロポジションの考え方は重要です。今や消費者はアマゾンで価格を確認してから購入を決める時代。小売企業である以上、お客さまにとって価値のある価格で必要な商品を提供し、便利に買い物ができる環境を整えることは必須です。チャネルに関係なく、明確なカスタマーバリュープロポジションを確立し、それを実現する仕組みをつくることが求められています」(田丸氏)

多様化する顧客ニーズとそれに伴う課題

小売企業が直面する課題の第一は、多様化する顧客ニーズの理解だ。品揃えや決済方法、価格設定など、顧客の要望は多岐にわたる。「欲しい商品がない店舗には行かない、使いたい決済方法がないと選ばれない、価格が高ければ他の店で購入する。こうした潜在的なニーズを理解し、変化に合わせて対応していく必要がある」と田丸氏は説明する。

第二の課題は、ニーズを理解するためのデータ不足だ。顧客の属性や購買履歴だけでは把握しづらい潜在的なニーズの掘り起こしには、多角的なデータ収集が必要となる。しかし、小売業単体でそれを実現するのは難しく、仕組みづくりに苦心している企業が多い。

第三は、システムの複雑性の問題だ。「既存システムが古く、改修に膨大なコストがかかるうえ、新しいシステムを追加するたびに継ぎ接ぎ状態になってしまうことへの懸念がある。例えばAIチャットのような新機能を導入しようとしても、既存システムとの統合が大きな課題となってしまう」と同氏は指摘する。

そして第四が人材不足だ。データとシステムが整備されても、それらを効果的に活用できる人材の確保が困難な状況が続いている。

「顧客中心思考」の重要性

こうした課題に対応するには、経営判断における「顧客中心思考が不可欠である」と田丸氏は強調する。

「顧客の変化は非常に早く、それに追いつこうとすると売上至上主義では難しくなります。経営判断の指標に顧客中心の評価を組み込む必要があるのです」(田丸氏)

そのためには、自社の購買データだけでなく、関連する商材やサービスまでを包括的に把握し、顧客の声を基に顧客体験を常にアップデートしていく必要がある。そして、顧客1人1人の体験を測定・レビューする。このサイクルを素早く回していくことが重要だという。

「ユニファイドコマース」による、より包括的なアプローチ

こうした課題に対応するため、小売業界ではこれまでオムニチャネル戦略を推進してきた。しかし、チャネル統合だけでは十分な成果を上げることが難しくなってきている。そこで注目を集めているのが、より包括的なアプローチである「ユニファイドコマース」だ。

従来のオムニチャネルが複数の販売チャネルの活用や、リアルとネットの融合を目指す概念だったのに対し、ユニファイドコマースはより包括的なアプローチを特長とする。「オムニチャネルはチャネルに限った話だったが、ユニファイドコマースは、バックエンドのシステムや組織、経営までを一体的に統合することを意味する」と田丸氏は説明した。

  • ユニファイドコマースのイメージ図

例えば、リアル店舗とECサイトでばらばらだった商品情報を一元化し、カスタマーサービスも組織とシステムの両面で統合する。同氏は「システムが分散していると、AIなど新しい技術を導入する際にも個別対応が必要になる。統合することで、コストを抑制しながらスピーディな対応が可能」だとそのメリットを語る。

北米では2024年のテーマとしてユニファイドコマースを掲げる大手企業も現れており、人口減少や人手不足への対応策としても注目を集めているそうだ。

4つのフェーズで改革を同時進行で進める

田丸氏は、ユニファイドコマースの実現に向けて、4つのフェーズで改革を現在進行形で進めている。まず現状整理のフェーズでは、データや運用の現状把握、実現したいサービスに対する課題の洗い出しを行う。

次の基盤構築フェーズでは、ID統合やデータモデル、データベース、サービスの設計を実施。その後のチャネル拡充・統合フェーズで新サービスを追加し、最終的に商品・価格・利便性の最適化を図る。現在は、これらのフェーズを並行して進めている状況だという。

  • ユニファイドコマースの実現に向けた4つのフェーズ

「特に注力しているのが、ファーストパーティデータを活用したリアル店舗の拡大です。サイトでの店舗検索や商品閲覧、お気に入り店舗の登録など、デジタル上で得られる情報を地域単位で分析し、出店戦略に活用しています」(田丸氏)

ユニファイドコマースは経営課題を解決する手段

「ユニファイドコマースは単なるID統合の話ではなく、経営課題を解決する1つの手法である。多様化する顧客購買行動、無数のチャネルに対応するため、サイロ化された組織やシステムの統合が成功へのカギとなる」と田丸氏は強調する。また、「顧客に熱心なファンになっていただくことは重要だが、実際には複数の店舗やECサイトを使い分けるのが一般的である。そうした多面的な理解に基づき、価格や品揃え、利便性を最適化し、最終的な売上利益の拡大につなげていく必要がある」と述べ、包括的なアプローチの重要性を訴えた。

リテールDXは、もはや単なるデジタル化やチャネル統合の枠を超え、企業の持続的成長のための経営戦略そのものとなっている。「チャネルという概念自体が消失しつつある今、重要なのは顧客起点での変革。リアルとデジタルの違いではなく、いかに顧客に価値を届けられるかが問われている」という田丸氏の言葉が、小売業の未来を示唆している。