近年、企業におけるDXの進展に伴うクラウド利用の拡大などでオブザーバビリティ(可観測性)ツールを導入する企業が増加傾向にある。オブザーバビリティとは、システムのメトリクスやイベント、ログ、トレースのデータをリアルタイムに取得し、常にシステム全体の状態把握と改善を可能な状態にすることだ。

今回、オブザーバビリティツールを提供するDatadog CTO & Co-Founder(最高技術責任者兼共同創業者)のAlexis Lê-Quôc(アレクシス・ルクオック)氏と、Datadog Japan 社長兼日本担当ゼネラルマネージャーの正井拓己氏に、同社のIT業界におけるポジションや今後のプロダクト、日本市場に関する話を聞いた。

Alexis Lê-Quôc(アレクシス・ルクオック)

Datadog, Inc. CTO & Co-Founder(最高技術責任者兼共同創業者)


Datadogを設立する前は、Wireless Generation社のオペレーション・ディレクターとして、49州400万人以上の学生にサービスを提供するチームとインフラを構築。また「DevOps」ムーブメントの先駆者として、IBM Research、Neomeo、Orangeでソフトウェアエンジニアとして数年間勤務した経験を持ち、Datadogでは技術的なエレガンスと運用効率に重点を置いている。また、AWS re:Invent、Monitorama、DevOpsDays、Velocity、PyConなど、多くのカンファレンスでクラウドモニタリングやサーバパフォーマンスに関するセッションを行っている。

真摯にユーザーの声に耳を傾けるからこその強み

DatadogのIT業界におけるポジションをどのように考えていますか?SaaS市場の中での立ち位置についても教えてください。

ルクオック氏(以下、敬称略):Datadogは創業以来、急速に成長してきました。多くの企業がクラウドへの移行を行いっている現在、当社のサポートが求められています。創業当初はクラウドインフラ監視サービスやログ管理、APM(Application Performance Monitoring)などを提供し、常にユーザーの声に耳を傾けてプロダクトを充実させてきたと自負しています。

オブザーバビリティ市場におけるポジショニングとしては、10年前は多くのプレイヤーが存在しましたが、現在は集約・統合が進んでいる状況下で当社はリードしている立場です。

オブザーバビリティのみならず、セキュリティにもビジネスを拡大しています。セキュリティに関しては、まだまだやることが多く、競合も多いことからオブザーバビリティと同等のチャンス、オポチュニティがあると考えています。

SaaS(Software as a Service)市場については、コロナ禍で各企業が自社ビジネスの多くがオンラインで行われ、自社のビジネスを正確に管理・運営していくためには“データが必要”ということに気づきました。

  • ルクオック氏

    ルクオック氏

しかし、データを収集して管理することは多くの企業にとって重くのしかかるタスクになっていました。こうしたタスクを外注するため、それを支えるSaaSの市場が進化し、需要が伸びてきたという経緯があります。オブザーバビリティもまさに同じことが言えると思います。

多くの企業では、自社のビジネスに集中するためデータの収集・管理の部分はSaaSに任せるようになったことから、SaaSの市場が発展しました。また、AIは過去5年間を見ても有益であり、精度の高い形で機能させるためにはデータが必要であり、質の高いデータを生成する需要はしばらく続くでしょう。

Datadogと競合他社との違いはどこにありますか?

ルクオック:ユーザーからは、イノベーションとプロダクトリリースのサイクルがともに速いという、好意的なフィードバックをもらっています。

当社としてもR&D(研究開発)に多額の投資を行い、時間と労力、お金をかけています。ユーザーの声に耳を傾けて、どのような課題を抱えているのかを理解し、その課題に沿ったプロダクトを開発・提供していくことフォーカスしています。これは重要なことです。

モニタリングと運用、最適化は満足してもらっており、問題の検知は素早くできます。しかし、問題を検知した場合、修正をしてテストしなければなりません。ユーザーからもテストや修正を含めて、すべてDatadogできた方が良いという声もあり、テストやデプロイ、実行も含まれるようになりました。

セキュリティより先のフェーズとなるユーザーサポートも含まれています。これは、IT部門とビジネス部門に隔たりがあるからです。例えば、ビジネス面で顧客満足度の向上につながっているのか、売り上げや利益に直結しているのかという声がありました。

ビジネス面での成果・効果までを含め、エンドツーエンドの可視化が必要なため、ユーザーサポートも含まれているのです。ユーザーの声に耳を傾けることは重要な原則の1つです。

  • クラウド環境のテストから運用、ユーザーサポートまでエンドツーエンドでのクラウドサービスマネジメントを支援

    クラウド環境のテストから運用、ユーザーサポートまでエンドツーエンドでのクラウドサービスマネジメントを支援

当社のユーザーには金融業界も多くいますし、そうした金融業界でも最終的にエンドカスタマーが提供しているサービスに満足しているのか否か、この点が重要なポイントになります。テクノロジーに投資した際にビジネスの結果に対して、しっかりとしたつながりを見えるようようにすることが肝要であり、ユーザーへの理解を深めることは理にかなっています。

長期ビジョン「Closing the loop」の実現に向けて

Datadogのプロダクトに関して、今後注力していくものはどういったものでしょうか?

ルクオック:最近、発表した長期ビジョンで「Closing the loop(クロージング・ザ・ループ)」というものがあります。これまでのオブザーバビリティに関するプロダクト提供で、ユーザーのシステム環境における問題カ所の可視化はできるようになりました。

しかし、ユーザーのシステム環境で問題が発生した場合、当社が変更や修正を行うことはなく、あくまでもオブザーバビリティの情報にもとづいてユーザー自身が問題の修正・改善を図るという形でした。こうしたことから、ソフトウェアやインフラの複雑性が増す中で、当社としても積極的な役割が求められていると感じています。

そのような状況下において、ユーザーが特に考えなくても、こちらから問題軽減・解決のための策を提案するなど、“ループを閉じる”ということができるのではないかと考えました。

このためにはエンドツーエンドの視認性がもちろん必要ですし、企業側で投資したテクノロジーで行った判断がビジネスにどのようにつながり、結果を出しているのかということを把握することがポイントになってきます。

従来はClosing the loopを達成することは難しいと考えられていましたが、AI技術の台頭で現実味が増しています。つまり、単なるオブザーバビリティだと問題の内容、発生カ所までの把握にとどまってしまいますが、さらに踏み込んで問題が発生したときに対処するためのステップを提案するようなものです。

問題の軽減だけでなく、手順も提示し、許可されるのであれば当社が対処してレポートを提出するという部分まで可能になれば、究極的なClosing the loopになると思います。やはり、当社として最終的にはユーザーの助けになりたいと考えており、Closing the loopが実現する可能性があると楽観視しているとともに、野心的でありたいと思っていますが、常に謙虚な姿勢も必要です。

  • 「Closing the loop」の概要

    「Closing the loop」の概要

この一環として、昨年に生成AIベースのアシスタント「Bits」を発表し、現在はデザインパートナーと開発に取り組んでいます。まだGA(一般提供)にはなっていませんが、クオリティの高いものを提供したいと考えており、当社の高い品質基準を満たして初めてGAとして提供します。

全社的な今後の成長戦略について教えてください。

ルクオック:2つの軸があります。1つは目標の指針として、米国におけるクラウド領域のトップ3ベンダーの売上高と当社の売上高を比較しています。

トップベンダーの売上高に対して、当社の売上高は1%程度です。ということは、当社のサービスを利用していない企業が多く存在し、これは大きな成長のポテンシャルがある証です。

もう1つの軸は、すでにDatadogの基本的なサービスを利用している企業に対しても、まだまだ多くのプロダクトを紹介できますし、セキュリティのプロダクトも提供しています。今後、アナリティクスのプロダクトも提供していくため成長の余地は大きくあります。

そのため成長を維持できるとともに、成長のポテンシャルについては心配していません。現状ではトップベンダーの売上高に対して1%の売上高ですが、将来的に10%の達成は容易であり、それぐらいのチャンスがあると感じています。

ポテンシャルがあるからこそ、日本市場に投資

最後に日本市場について、どのように考えていますか?また、日本市場に対する期待について教えてください。

ルクオック:有望な市場だと感じています。これまでも日本市場に対して投資を行っており、昨年には新オフィスやデータセンターを開設しています。獲得できるお客様が多く存在し、そのポテンシャルを感じているからこそ、大きな投資を行いました。

また、日本でのデータセンター開設に伴う投資判断に際し、アジア各国の市場における需要の規模も評価しました。その結果、日本は強い需要があると考え、データセンターを開設しています。

日本の主要なお客さまと話をしましたが、まだまだ獲得できるという確認を持っています。日本初のユーザーは10年ほど前になりますが、非常に順調なペースでビジネスも成長し、顧客を獲得できています。

データセンターの開設も追い風になり、加速度的に今後も獲得できると思います。グローバルで見ても米国、欧州、日本は3つの主要な市場であり、洗練されてクラウドに対する、さまざまなチャンスがあるため、これからも成長できるでしょう。

正井氏:日本法人としては恵まれた環境で日本の市場でビジネスをしています。“恵まれた環境”というのは、米国本社が日本市場に対して先行投資を戦略的に行っているため、新しいユーザーを迎え入れることができています。

  • 正井氏

    正井氏

ユーザーに関しては、数年前からDatadogの利用をスタートし、最初は1つのシステムや部門での使われ方でした。しかし、現在はさまざまなシステム・部門で使われています。

一方で、当社の製品も創業当初はインフラ、ログ、APMの3つが製品の核でしたが、昨今では新しい機能も提供し、既存のユーザー間で使われ方が多様化してきています。もちろん、日本法人としての努力も必要ですが、DatadogはR&Dに積極的な投資を行い、多くの新機能を毎年リリースしています。

一番心がけているのは、日本市場に対する投資をはじめとしたコミットメントを、いかに日本のお客さまの価値に変換して提供することができるのかということです。

今後はDatadogを採用してもらう業界を広げるとともに、今年からミッドマーケットの企業を担当するセールスチームを立ち上げています。また、パートナーエコシステムが日本市場においてビジネスを拡大するうえでは不可欠なため、重要な戦略として取り組んでいます。